第一話 四扇蓮と特殊個体【両面宿儺】
くどいと思いますが、これは読み切り的な作品です。なので10話ぐらいで完結します。毎日投稿です。
暗い通路を、一組の男女が歩いていた。
「えっと、なんとか砂だっけか?」
「砂じゃねえ。宿儺だ。両面宿儺とも言うがな」
何やら頓珍漢な事を宣った男に対して、女は簡単な説明を開始する。
両面宿儺とは、伝承に存在する鬼神である。二つの顔を持つが代わりに首が無く、八つの手足を身体から生やした異形の化物。『日本書紀』では人に仇なす怪物として描かれているが、地域によっては英雄のように描かれている事もあるとか。
「まあ、日常で使うような知識じゃねーし、詳しく語る必要は無いだろ」
そう言って、蓮っ葉な口調の女は説明を切り上げた。
「その割には、スラスラと説明してたな」
「大学で日本文学専攻してんだよ」
不名誉なレッテルを貼られない為か、男の疑問に対して女は即座に返答した。
「まあ、兎も角。ここで重要なのは、宿儺の伝承じゃなくて、この先にそれっぽい見た目の化物がいるって事だ」
女はとても真剣な声音で、そんな荒唐無稽な言葉を吐いた。
普通に考えれば、昔話に語られる怪物に類似した存在など、現実に現れる訳が無い。科学が発達した現代において、モンスターや魔法といった幻想は駆逐されているのだから。
「いやー。楽しみだなぁ」
だが、女の話し相手、まだ十代と思われる外見の少年は、女の言葉を一切否定しなかった。
この二人にとって、怪物が現れるというのは共通の認識なのである。唯一違いがあるとすれば、女は常に神経を張り巡らさていて、逆に少年の方は呑気な様子であるという事のみ。怪物が出るという事に関しては、二人は一切疑っていなかった。
そして、それは正しい認識であった。
「ひっ」
ソレを認識した女が、小さな悲鳴を上げる。
暗い通路の先には、大きめの道場程度の広さの大部屋があり、そこにソレはいた。
身の丈は推定五メートル、禍々しい二つの顔を生やし、巨大な武器を携えた四手の鬼神。足こそ四本では無いが、それは最早些事である。この鬼神から放たれる覇気は、伝承に語られる両面宿儺と比べても引けを取らないであろう。
余程腕に自身があろうと、この鬼神を前にすれば形振り構わず逃げだすと確信出来るような、正真正銘の怪物だ。
「……遭遇したパーティーの殆どが壊滅したのも納得だ。何だよあのバケモノ……」
「んー、やっぱり特殊個体っぽいな。通常モンスターだと期待してたんだが」
「あんなバケモンが大量に湧いてたまるか! もしそうなら、アタシは二度とこの階層来ないかんな!」
小声で怒鳴るという器用な事をやってのけた後、女は改めて少年に問い掛けた。
「……本当にやんのか? 引くのもアリだとアタシは思うぞ」
「まっさかぁ。あんな楽しそうな相手、見逃すとか勿体無いねえよ。それともアレか? 俺があっさり殺されるとでも?」
「見た目だけなら100%負けてるかんな?」
両面宿儺と仮称された異形の鬼神は、身の丈にあったサイズの二振りの大鉈と、二本のトゲ棍棒を備えていた。それ等全ては、一目で分かる程の業物であり、伝承に語られる宿儺に相応しき得物であった。
それに対して、少年の格好は酷いものだ。服装は百円ショップで売られてるような安っぽい甚平とサンダル。得物は何処かの土産屋で買ったと思われる木刀のみ。分かりやすい印象を述べるなら、観光地で偶にいる色々と勘違いした修学旅行生だろうか。
女が嘆息するのも仕方ない程に、宿儺と少年の装備の差は歴然としていた。
「はっ。装備の質なんて実力があれば関係無くなんだよ」
だが、少年はその差を鼻で笑って跳ね除ける。
「最強の剣も素人が使えばただの棒キレで、その逆もまた然りだ。達人が使えば、棒キレだって最強の剣になるんだよ。ひのきのぼうで魔王を倒すのが達人だ。散々っぱら見せただろうが」
「……その理屈は未だに納得いかねえんだよなぁ。何で木刀でバッサバッサ斬れんだよ。刃ついてねえだろ」
「ある程度の腕がありゃ、物理法則なんて無視出来るだろ。常識だろうが」
「非常識だバカ」
とんでもない事を言ってのける少年に、女は大きなため息を吐く。
「……無駄だとは思ってたけど、やっぱ言っても聞かねえか」
「当たり前だ。アイツとやり合うために、わざわざ予定を変えてここまで来たんだぞ? ここで止めたらそれこそ無駄足じゃねえか」
「お陰で帰宅時間が遠のいたんだよ。こっち来なければさっさと家に帰れたんだぞ」
「んじゃ、さっさと戦って帰ろうか」
「聞いちゃいねぇなこのバカ……」
女は頭を抱えるが、少年はそれを無視して大部屋へと進んでいく。
「さてさてさて。鬼神のそっくりさんはどれぐらいやんのかねぇ?」
口を孤月に歪めながら、少年は宿儺の前に立つ。
そんな不適な少年を前にして、宿儺の取った行動はシンプルなものだった。
身の程知らずの愚か者を叩き潰す為に、片方のトゲ棍棒を無造作に振り下ろしたのである。
ドンッという衝撃と、轟音があたり一帯を駆け抜ける。地震かと錯覚しそうな程に揺れる大部屋が、その一撃の威力を証明していた。
当然、それを喰らった少年はタダじゃ済まない。肉体は原型をとどめる事なく、床に赤いシミが広がってーー。
「……おいおい。コイツはちっと雑過ぎやしねえか? 挨拶代わりにしたって、こりゃあ流石に無かろうよ。見くびり過ぎだぞクソッタレ」
否。否である。振るわれたトゲ棍棒は、少年の構えた木刀によって容易く防がれていた。
そこには一体どのような術理が働いたのか。貧相な木刀と、少年の細腕で何故鬼神の一撃を受け止める事が出来たのか。
理外の光景を前にして、宿儺の頭の中に一瞬空白が生まれる。それは尋常ならざる状況の中で、致命的な隙だった。
それと同時に、少年が消える。そして次の瞬間には、宿儺は大部屋の壁へと叩きつけられていた。
「ッグァァッ!!?」
遅れてやってきた衝撃と激痛に、堪らず鬼神は絶叫する。
ナニガオキタ。イッタイコノチイサキモノ二、ナニヲサレタ。
やっと追い付いてきた意識をフル回転させ、宿儺は今の状況の把握を行った。
まずは追撃の有無だ。幸いな事に、目の前の小さき者はその場から動いていない。不機嫌そうな表情をしているが、追撃の意思は無いと見ていい。それどころか、悠長に木刀で肩叩きを行っている。嘗められていると思考が沸騰しそうになるが、なんとか堪える。今相対している小さき者は、これまで殺してきた奴らとは異なる次元の実力者だ。故に、短気を起こしてはならない。
さて、次はダメージの確認だ。正体不明の強烈な攻撃だったが、どうやら致命傷を負った訳では無いらしい。恐らく、吹き飛ばしを念頭に入れた攻撃だったのだろう。お陰で、まだまだ身体は動きそうだ。
そして最後に、武装の確認。と言っても、これは確認するまでもない。四手の中には、それぞれ馴染む感触がある。衝撃で砕けてる可能性もあったが、幸いそれも無さそうである。
ふむ。大丈夫そうだ。これなら問題ない。まだ十分戦える。
「終わったか? それならさっさと立てや。待ちくたびれたぞオイ」
まるで宿儺の思考を読んだかのようなタイミングで、少年は宿儺に向け木刀の切っ先を突き付けてきた。クイクイと切っ先を揺らしているあたり、挑発の意図は見え見えだ。
だが、宿儺はその挑発を無視する。攻撃を食らう前ならば兎も角、今の宿儺は少年に対する認識を改めているのだ。目の前の少年は、短慮を起こして勝てるような相手では無い。全身全霊、持てる力と技術の全てを駆使せねばならないような、真の強敵。
故に、宿儺は挑発に乗らない。ただ腰を落とし、四本の得物を構えるに留めた。
「……へぇ」
そんな鬼神の対応に、少年の空気が変わる。先程までの不機嫌そうな表情は何処へやら。今少年の顔に浮かんでいるのは、喜色満面の獰猛な笑みであった。
「良いじゃねえか。ああ、良いじゃねえか! 正直期待外れかなと思ってたが、中々どうして分かってんじゃねえか! 」
歓喜の叫びを上げながら、少年は宿儺に向けていた木刀を下げる。
「悪かったな。挑発なんて無粋な事して。だがまあ、ありゃお前も悪いんだぜ? あんな腑抜けた攻撃されたら、碌な知能も無い畜生かと思っちまうだろ」
理不尽な言葉を吐きながら、少年は木刀を肩へと寝かせた。
少年の態度は、更なる挑発を重ねているとしか思えない程に酷いものだ。だが、化物である宿儺は人間のマナーなど解さない。故に、態度に惑わされる事無く、少年の真意を見抜く事が出来た。
無造作に担がれた木刀から漂う、濃密なまでの死の気配。あの木刀が振るわれる時、そこから無限に等しい剣閃が叩きつけられるという確信。
あの格好は、少年にとって一つの構えなのだ。
「剛はさっきちょびっと見せたから、次は柔の剣技をくれてやる。しっかり堪能してくれや」
少年の言葉に偽りは無いだろう。恐らく今から振るわれるのは、技の極みに達した超常の絶技。自らの命を対価に差し出して漸く堪能出来る、力を信奉する者にとっての御馳走。
無意識の内に、宿儺の二面は笑みを浮かべていた。元より禍々しい二つの顔は、更なる凶相へと進化した。
然もありなん。何せ宿儺は、強大な力の権化たる鬼の神。超常の絶技を前にして、如何して心を落ち着かせられようか。
「お前、やっぱり最高だわ」
鬼神の変化を察した少年は、とても楽しそうな笑みを浮かべる。あっさりと宿儺の変化を見抜いたのは、少年もまた同類だからか。
兎にも角にも、ここに戦の準備は整った。剣気と鬼気。暴力的な二つの気配が最大限に膨れ上がり、
「んじゃ、存分に死合おうか」
戦に魅せられた剣の鬼と、荒ぶる鬼神がぶつかった。
これは、世界中に現れた神秘の孔と、それに挑む者達を中心に繰り広げられる物語。神秘に魅せられ、神秘を殺す事に生きた少年の物語である
やっぱりクズとダメ人間は書いてて楽しいなぁ。




