6-2
ヴィクターは、今日もノルンの元へと足を運ぶ。
恋人になってから、早一ヶ月。
ノルンと一緒にいる何気ない時間が、今のヴィクターにとっては幸せだった。
しかし、立場はわきまえているし、デニスにも今まで通り接しろと言われているから、普段通り、ノルンの部屋へと入る。
「ノルン様。ヴィクターです。失礼します」
部屋の中から返答がないのはいつものことだ。
そのまま部屋に入ると、ノルンはいつものように窓際のスツールに腰掛けていた。
ヴィクターもノルンの傍に置かれたスツールにいつものように腰掛ける。
「おはよう、ノルン」
「おはよう、ヴィクター」
ノルンを呼び捨てで呼ぶのにもだいぶ慣れたヴィクター。
慣れたように挨拶をする。
この部屋でだけ、二人は恋人として接する。
部屋以外ではヴィクターも自分の立場をわきまえて、姫様、と呼ぶようにしている。
「ヴィクター」
「何だい?」
「今日は、空が泣いているわ」
ノルンの視線は窓の外。
今日はあいにくの雨。
「雨は嫌い?」
「……どちらとも言えないけれど……。空が泣いていると、私も悲しい」
ノルンは独特な表現で言った。
「俺は雨が好きだよ」
「どうして?」
ヴィクターの発言に、ノルンが問いかける。
「確かに、憂鬱な気分になったりはするけれど、なんだか色んなもやもやを洗い流してくれるような気がして。一度綺麗にしてくれるなら、次の日が晴れだったら心機一転だと思うから」
「……ヴィクターは、将来詩人になれそうね」
「ノルンの方がなれそうだと思うよ、詩人」
そう言って、ヴィクターが微笑む。
ノルンは、その微笑みを見て、胸がちくりと痛んだ気がした。
自分でも理由はわからない。
――ヴィクターに、大切にされているから、痛いのかしら。
胸の痛みに不安を覚えたノルンは、少し表情を曇らせた。
「ノルン、どうかした?」
すぐに気付いたのか、ヴィクターが問いかける。
「調子が悪いなら、グレイテルさんを呼ぼうか?」
「平気。大丈夫。……ごめんなさい、なんでもないから、気にしないで」
なるべく笑顔を作ろう。
そう思って、無理に笑顔の表情を作る。
「心配しなくて、大丈夫よ、ヴィクター」
「……なら、いいんだけど。もし、何かあったら、俺に言ってね。出来る事なら、なんでもするから」
そう言って、心配そうにノルンの髪を撫でた。
気づかれてはいけない。
けれど、ヴィクターの優しい言葉が、胸に刺さる。
「……ありがとう、ヴィクター」
自ら発した〝ありがとう〟にさえ、胸が苦しくなった。
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