17.将校の最期
三日目の夜もすっかり更けていた。辺境の地である鬼夜叉村には、軍部専用の宿舎が設置されている。その一角にある風呂場には、陸軍将校土方晃暉の姿があった。
鍛え抜かれた分厚い大胸筋に、盛り上がった三角筋、上腕二頭筋が生み出す男性的な曲線が、美しいうねりを描いていた。ギリシア彫刻を彷彿とさせる超人的な肉体は、鯨油ランプが発する薄暗いオレンジ色の灯火に照らされて、きらきらと輝いている。
洗面所の壁には、大きな鏡が掛かっている。鏡に向かい、中尉は剃刀を取り出すと、髭を剃り始めた。
それにしても、なぜ、行商人猫谷は、この俺が吸血鬼だ、などという根も葉もない偽りを申し立てたのだろうか。今日の処刑投票では、あやうく殺されるところであった。全く、忌々しいことこの上ない!
怒りのあまり、手元に力が入ったのだろうか。中尉の左顎からひと筋の血が流れ落ちた。
「ちっ……」
悪態を吐いて中尉は、再び、鏡を覗き込む。すると、ベニヤの壁しかないはずの彼の後方に、黒いマントを羽織った人影が、鏡の中にうっすらと映し出されていた。
この瞬間、中尉はみずからの愚かさを痛烈に思い知らされることとなる。その影の主は、彼の想定の範疇に全く属してはいない人物であったのだ!
「そうか――、貴様が鬼であったのか……!」
中尉の無念の断末魔が、人気ない宿舎の構内に、悲しく響きわたった。