15.チェックメイト(四日目、日中)
突然の葵子の告白に、僕たちは呆然とした。なかでも琴音の動揺ぶりは酷いもので、胸元に手を当ててがたがたと震え出した。
令嬢琴音「あんた、気でもちごうたんとちゃうの? いまさら、天文家の告白なんか……。そんなん、誰が信じると思っとんのよ!」
女将志乃「葵子さん――。あなた、ここに来て告白する以上、今までの観測事実を全て話す覚悟なのでしょうね? さあ、おっしゃいなさいよ。あんたの見てきた真実とやらを!」
小間使い葵子「かしこまりました。わたくしが見てきた事実は、洗いざらいお話しいたします。まず、初日の夜ですが、わたくしは女将さまを観測させていただきました。女将さまは大河内さまと探偵であることをめぐって対立されていましたし、天文家として観測するのが賢明だと考えたからです」
女将志乃「はん――、それで、あたしを覗き見した結果は、どうだったのよ?」
小間使い葵子「女将さまは、白でした。そして、その事実は、翌日の議論で、わたくしなりに正直に、みなさまに報告させていただきました」
後家都夜子「もしも、わたくしが天文家であるならば、わたくしは昨晩、吸血鬼を観測してはおりません、という発言ですね?」
小間使い葵子「その通りです。都夜子さま」と、葵子はにっこりと微笑んだ。「――さらに、二日目の夜になると、わたくしは和弥さまを観測いたしました。理由は、やはり、最も白黒をはっきりさせておきたい人物であったからです。そして、結果は――、和弥さまも白でございました!」
書生和弥「おお、そういっていただけると……、ほっといたしました」
女将志乃「和弥さん、喜んでいる暇はないわよ。小間使いの発言が、このあと何か矛盾を露呈するかもしれないのだから……。さあ、続けなさい。次の三日目の夜には、あなたは誰を覗いたのよ?」
令嬢琴音「あんた、まさか、三日目になってみたら感染させられておりまして何も目撃できませんでした、とでもいうんじゃないやろね?」と、令嬢が嫌味を入れた。
小間使い葵子「お嬢さまのお気遣い、骨身にしみますわ。でも、ご安心ください。おそらく、わたくしはまだ感染させられてはおりません。わたくしは、昨晩も、何ごともなく、ある人物の観測に無事成功しております。もしも、わたくしが感染させられていれば、昨晩の観測は失敗に終わったはずです!」
女将志乃「その通りね。もっとも初日から毎晩、確実に死者が出ているんだから、あんたが感染していることは、事実上あり得ないわよね。じゃあ、親愛なる小間使いちゃんは、昨日の観測で、何か大発見でもされたのかしら?」
小間使い葵子「はい、おっしゃる通りでございます。わたくしは、昨晩、とんでもない事実を目撃いたしました!」
平然とした小間使いの応答に、ついに志乃が癇癪を破裂させた。
女将志乃「もったいぶらないで、さっさと話しなさいよ! いったい、あなたは何を目撃したのよ?」
小間使い葵子「昨晩、わたくしは都夜子さまを観測いたしました。そしてわたくしは、はっきりと目撃しました。昨晩、都夜子さまはおそろしい吸血鬼と化して、大空へ飛び立っていきました!」
この驚愕の発言に、一同の視線はいっせいに美しき未亡人に注がれた。
後家都夜子「そんなはずは……。みなさん、信じてくださいませ。わたしは吸血鬼なんかではありません。葵子さんの発言は、真っ赤な嘘です!」
小間使い葵子「いいえ、わたくしははっきりと目撃いたしました。都夜子さまは間違いなく吸血鬼です」
書生和弥「そんな、馬鹿な……? おそらく、都夜子さんは昨晩になって吸血鬼たちから感染させられたのですよ。きっとそうだ……。そうに、違いない!」
思わず僕はのり出して、小間使いに反論していた。しかし、志乃が冷静な口調で僕を制した。
女将志乃「感染吸血鬼は、感染させられた晩に夜空に飛び立つことはないわ。それからね、和弥さん――、お忘れかしら? 昨晩は、夜間に土方将校が亡くなっているのよ!」
まさか、あの清らかな都夜子さんが、吸血鬼だなんて……? 僕の心の底では、嵐が轟々と吹き荒れていた。こんな時こそ、冷静になるんだ。飯村和弥よ――。まるで念仏のように、この台詞を僕は、何度も繰り返し唱え続けた。
小間使い葵子の発言は、極めて信じがたいものである。しかし、彼女がそう発言した事実はしっかりと受け止めなければならない。そして、志乃がいうように、僕たちは何か大切なことを見落としている。これまで起こったあらゆる出来事を矛盾なく説明する真実に到達するためには、複雑に絡み合った糸のほつれを見つけ出し、根本から解いていかねばならない。
さあ、もう一度考えてみよう。初日からのゲーム参加者全員の発言は、全てが記録されている。最初から読み返していけば、手掛かりを探り出すことができるかもしれない。
僕たち村側が、今日処刑すべき人物は誰なのか? 村側に勝利の可能性は、まだ残っているのだろうか?