12.小間使いの推理(三日目、日中)
小間使いの発言に、猫谷の眉が吊りあがった。
行商人猫谷「ほう、俺の意見に盲点があるとね……。面白い。説明してもらおうじゃないか?」
小間使い葵子「かしこまりました――。仮に、猫谷さまが吸血鬼であり、本日の投票でわたくしたちが判断を誤って将校さまを処刑してしまったとします。その時に、本当にわたくしたち村側は、確実に勝利できるのでしょうか?」
行商人猫谷「それなら、さっき和弥君が説明した通りだ。どう転んでも、吸血鬼側は一歩足らずで、村側が勝利をおさめる。俺は、その事実を考慮した上で、天文家宣言を決意したんだ。もし俺が吸血鬼ならば、このタイミングで天文家を騙ることはあり得ないからな」
小間使い葵子「みなさまは、ある可能性を見落とされております。猫谷さまが吸血鬼で、将校さまが誤って処刑されたとします。果たして鬼たちは今晩、誰を襲うでしょうか?」
書生和弥「当然、吸血鬼たちにとって最も目障りな人物となるから、それは探偵である志乃さんに決まりでしょう?」
小間使い葵子「もしそうなれば、村側が勝利ですよね。でも、そうはなりません。吸血鬼たちの今晩の獲物は、志乃さまではないからです!」
令嬢琴音「ええっ。あんた、女将さんが本当は探偵じゃない、とでもいいたいの?」
小間使い葵子「そんなことは、いっておりません。ただ、探偵である女将さまを殺すより、もっと利益のある人物を殺すであろう、といいたいのです」
書生和弥「誰ですか、志乃さんよりも殺す価値のある人物って?」
小間使い葵子「和弥さま……、それは――あなたです!」
書生和弥「なんですって? おっしゃることがよくわかりませんが……」
小間使い葵子「和弥さま――。今、生き残られている男性には、どなたが見えますでしょうか?」
書生和弥「それは……、僕と猫谷さん、そして、土方中尉です」
小間使い葵子「そうですね。さらに、将校さまは、片想いされているお嬢さまの想い先ではありません……」
書生和弥「確かに、お嬢さまみずから、そう証言なさいましたからね」
小間使い葵子「そして、猫谷さまがもし吸血鬼であらせられれば、当然、お嬢さまのお相手ではあり得ません。つまり、和弥さま……、あなたがお嬢さまの想い先であることになります!」
後家都夜子「その時には、吸血鬼たちが襲う相手は……、まさか、和弥さんが……?」
小間使い葵子「そうです。吸血鬼たちは、探偵である女将さまではなく、和弥さまを襲うことでしょう。すると犠牲者は、和弥さまと、後追いされるお嬢さまのお二人になります。そうなれば生き残りは、猫谷さま、都夜子さま、志乃さま、わたくしの四名となり、この中に吸血鬼二人が紛れておりますから、感染していない村人の数が、オリジナル吸血鬼の数と等しくなり、吸血鬼側が勝利します。
だから、猫谷さんの主張は間違っています。わたくしたち村側は、今日の処刑で将校さまを殺めてしまうと、将校さまが白であった場合には確実に敗北を期してしまうのです!」
小鳥のさえずりみたいな小間使いの声が止んだ時、落雷に打たれたかのように、全員が呆然と立ち尽くしていた。
行商人猫谷「なるほどな――、高椿の坊ちゃんが自慢するわけだ。この小娘、相当な切れ者だな……」
小間使い葵子「結局、わたくしたちに確実に勝利する方法などないのです。わたくしたちは、本日の処刑投票で正しい判断をしなければなりません」
女将志乃「じゃあ、どちらに投票すればいいのよ? 将校さま? 猫谷さん?」
すると、令嬢が小声でつぶやいた。
令嬢琴音「うちは将校さまに投票するわ。理由は申し上げられませんけど……」
土方中尉「ちょっと、待ってくれ! どういうことだ? こんな大事な議論で、理由はないけど、なんて……」
小間使い葵子「将校さま、お嬢さまはある事実を伏せておきたいがために、そのように発言されたのでございましょう」
令嬢琴音「ふん、なかなか抜け目のない娘ね!」と、小間使いのそつない応答に、令嬢はいら立ちを隠さなかった。
書生和弥「僕にはよくわからないけど、結局ここで判断を間違えれば、今晩、殺されてしまうのは僕だということですね」
後家都夜子「わたしは猫谷さんに投票します。やっぱり、ご発言が信用できませんから」
女将志乃「わたしも迷っちゃうなあ……。冷静に見て、どっちもどっちなのよね。都夜子さんは、猫谷さんがあたしたちを欺こうとした、と捉えているけど、あんなに込み入った推論を正確に図り切るなんて、まさに神業――。猫谷さんも悪気はなくて、小間使いの指摘を純粋に見落としていただけかもしれないのよ?」
行商人猫谷「お志乃さん、温かい言葉をありがとう。俺は確かに葵子の指摘した可能性を見落としていた。だけど、俺が天文家であることは、偽りのない事実だ。今日の投票は、絶対に将校に入れてもらいたい!」
小間使い葵子「わたくしは猫谷さまに投じます。将校さまの方が、真実を語られているような気がするからです。でも、確信があるわけではございません」
書生和弥「僕は……、判断することができません。ひょっとしたら、第三者に投票するかもしれません。本当にすみません。もう少し考えさせてください」
女将志乃「もうすぐ、夕暮れになってしまうわね。猫谷さんに投票すると宣言されたのは、将校さんと小間使い、それに都夜子さんね。そして、将校さんに投票するといったのが、猫谷さんと琴音お嬢さまね。ということは、あたしと和弥さんの票しだいで処刑者が決まってしまうのね。さあ、困ったなあ……。あたしも和弥さんと同じで決めかねているのよ」
行商人猫谷「もう、時間だ。みんな、どうか俺を助けてくれ! 俺は本当に天文家なんだ」
土方中尉「余は断じて吸血鬼などではない! みなの者、どうか信じてくれ!」
この時の二人が発した悲しげな訴えは、こだまのように何度も何度も僕の脳裏に焼き付いていた。
こうして、三日目の議論は終了した。いつものごとく、投票は無記名で行われた。そして、その集計結果は――、猫谷が三票、土方が三票、和弥が一票であった。同数のために、猫谷と土方のどちらを処刑するかは、占い(公正なる乱数)で決められることとなった。
運命のいたずらか、当然の報いなのか、三日目の夕刻に処刑されたのは――、行商人猫谷であった!