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『出来損ないの四男は、魔法を仕組みに変える』 ―― 辺境伯家の四男による異世界魔導革命  作者: トトト
◆ 第一部 辺境の灯火 / 第二章 辺境を変える

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第009話 女騎士ヴェルナ

翌朝、ヴェルナは日の出と同時に納屋へ来た。

騎士団長が視察すると聞けば、従者の2人や3人を連れてくるものだと思っていた。だが彼女は1人だった。


使い込まれた革鎧。

腰には実戦用の長剣。

栗色の髪を後ろで束ね、余計な飾りは1つもない。


20代半ばほどに見える整った顔立ちは、親しみやすさとは無縁だった。


「お待ちしていました、ヴェルナ殿」


俺が挨拶すると、彼女は納屋の中を一度見回した。

机の上の図面。

番号をつけて並べた失敗作。

木箱の麦。

壁に吊した火種盤。

赤い紐を結ばれた不良品。


「片づけなかったのですね」


「見せると決めましたから」


「隠す時間がなかっただけでは?」


「それもあります」


ヴェルナの目が細くなった。

試すような問いだったらしい。

俺の後ろでは、テオが背筋を伸ばしている。ティナは普段通りを装っていたが、鏨を握る指に力が入っていた。


「この2人が協力者です」


「存じています。小姓のテオ。鍛冶屋の娘ティナ」


「娘じゃなくて、職人です」


ティナが反射的に言った。

空気が凍る。

テオが青ざめた。


ヴェルナはティナを頭から足元まで眺め、作業台に置かれた育土杭を手に取った。


「これを作ったのは?」


「あたしです」


「1人で?」


「最初は。今は父さんの弟子にも切るのと磨くのを手伝ってもらっています。最後の紋様と検査は、あたし」


「では、職人という呼び方は正しい」


それだけ言い、ヴェルナは俺へ向き直った。

ティナが目を丸くしている。

この女は身分に甘くない。

だが、成果があるなら平民の少女でも正しく数える。

厄介で、同時に信頼できる種類の人間だと思った。


「説明を」


「どこから?」


「最初から。何を作り、誰に使わせ、何を得て、何を失ったのか。あなたに都合の悪い順番で」


なるほど。

報告の仕方まで指定してきた。


「では失敗から話します」


俺は育土杭の1号を差し出した。


---


1号は種を殺した。

2号は効果が片側へ偏った。

3号は刻みが浅く、ほとんど働かなかった。

毎日起動した試験では、茎だけが伸びて倒れた。


村へ配った後には、早く育てようと朝晩起動した者が出た。

俺は失敗の原因と、加えた対策を順に説明した。

ヴェルナは口を挟まず、時折、短く質問した。


「枯れた種の補償は?」


「屋敷から同量を出す約束です」


「誰の許可で?」


「父上です」


「費用は?」


俺は試験に使った種、鉄、魔石粉、人手を記した紙を渡す。


「不良品を含めれば、今は杭1本あたりこの額です。10本作ると、廃材がこれだけ出ます」


「量産時の見込みは」


「工程を分け、1日7本。改良型は5本です」


「なぜ減った」


「誤操作防止の部品が増えました」


「外せば安くなる」


「使い方を間違えれば畑を損ないます」


「愚かな使い手のために、全員が高い道具を買うのですか」


ティナが何か言おうとした。

俺は手で止める。


「最初から全員が正しく扱える前提なら、手順書も教師も必要ありません。ですが現実には間違えます。被害と対策費を比べれば、今は対策をつけるほうが安い」


「今は?」


「使い手が慣れ、村で点検できるようになれば、簡易型を分ける選択肢もあります」


ヴェルナは、わずかに頷いた。

肯定ではない。

筋が通っていると認めただけだ。

次に火種盤を手に取る。


「これは?」


「魔力の少ない人でも、焔を灯せる道具です」


「武器になる?」


「今のままではなりません」


「なぜ作った」


「魔法を工程へ分け、道具で補えば、血統に恵まれない者でも使えると証明するためです」


「証明して、どうする」


問いが1段深くなる。

便利な火起こしや農具の話をしているのではない。

この女は、その先を聞いている。


「力を必要な場所へ届けます」


「誰の許しで?」


「許しが必要ですか」


その瞬間、ヴェルナの気配が変わった。

剣を抜いたわけではない。

声を荒らげてもいない。

それでも、刃を喉元へ当てられたような緊張が走る。


「必要です」


彼女は静かに言った。


「力とは、持つ者が善良なら便利な道具になるものではない。奪う者、怒る者、追い詰められた者の手にも渡る。あなたは魔法を使えなかった者へ魔法を渡そうとしている。その結果、誰かが傷ついたとき、誰が責任を負うのです」


「僕です」


「8歳の子どもが?」


「発案したのは僕です」


「あなたが首を差し出せば、焼かれた家が戻ると?」


返す言葉が詰まった。

責任を負う。

簡単に口にできる言葉だ。

だが、起きた被害は責任者を罰しても消えない。


前世でも、障害を出した後に責任者が頭を下げる場面を何度も見た。謝罪は必要だ。処分も必要だろう。

けれど、失われたデータも、潰れた取引も、それだけでは戻らない。


「……戻りません」


「ならば、起こさぬ仕組みまで考えなさい」


ヴェルナは火種盤を机へ戻した。


「あなたは子どもだから危険なのではない。自分の頭で解ける問題を、すべて解けると思い始める者が危険なのです」


厳しい。

だが、反論できなかった。

俺は安全弁や誤操作防止を作った。

それで十分だと思いかけていた。


しかし道具が100個、1000個と広がれば、設計外の使い方をする者も出る。


盗まれる。

壊される。

意図的に改造される。

技術の問題だけではなくなる。


「記録します」


「何を」


「誰に渡したか。どこで使っているか。壊れた場合の回収。改造禁止ではなく、改造したものは別に試験する場所を作る。隠れて触らせないために」


「禁止しないのですか」


「禁止だけでは、隠れます」


ヴェルナは俺を見つめた。


「あなたは、人を信用しているのか、していないのか、分かりにくい」


「人は間違えると信用しています」


ティナが吹き出した。

テオも口元を押さえる。

ヴェルナだけは笑わなかった。

けれど、目の硬さがほんの少し緩んだ。


---


「畑を見ます」


工房の査定が終わると、ヴェルナはすぐ村へ向かった。

俺たち3人も同行する。

道中、彼女は農道の幅、井戸の位置、村までの距離を確認していた。

作物より先に地形を見る。

騎士の目だ。


「この道は荷車1台で塞がりますね」


「雨の後は、もっと狭くなります」


テオが答えた。


「森から村へ入る道は?」


「西と南です。北は崖で、東は川」


「見張り台は」


「ありません」


「警鐘は?」


「教会の鐘だけです」


ヴェルナは質問を続ける。

畑の話を見に来たはずなのに、彼女が見ているのは村全体の生存性だった。

ハンスの畑では、育土杭を使った区画と対照区画の差がさらに広がっていた。


葉の色。

茎の太さ。

芽の密度。

農業に詳しくない者でも分かる。


「これが成果ですか」


「途中経過です」


「村では成功だと噂されています」


「まだ収穫していません」


「噂を止めなかった」


「止まりませんでした」


「なら、期待が外れた場合も考えるべきです」


「はい」


ヴェルナはハンスへ向いた。


「この杭を信用しているか」


老農夫は帽子を取り、少し考えた。


「若様を全部信用してるわけじゃありません」


テオが息を呑む。

俺は黙って続きを待った。


「でも、若様は分からんことを分からんと言う。失敗したら種を返すと紙に残した。何より、杭を入れてない畑も一緒に残した。誤魔化す気なら、そんなことはせんでしょう」


「成果より、やり方を信用した?」


「そうかもしれません」


ヴェルナは次に、杭のない区画へ膝をついた。

土を指ですくい、匂いを嗅ぐ。


「差は確かにある」


「収穫量へつながるかは、まだです」


「それでも、村人は次を欲しがる」


「飢えていますから」


「だから危険なのです」


彼女は立ち上がった。


「飢えた者は、希望を慎重に扱えない。明日食べられると言われれば、今日の種まで差し出す。あなたが善意でも、彼らはあなたの言葉を命令として受け取る」


胸に刺さった。

俺は希望する家だけへ配り、村で順番を決めてもらった。

強制していないつもりだった。

だが、領主の息子が目の前に立つだけで、対等ではない。


「では、どうすれば」


「私に答えを求めますか」


「現場を知る人の意見を聞いています」


ヴェルナは一瞬、意外そうな顔をした。


「条件を紙にしなさい。試験であること。収穫を保証しないこと。失敗時の補償。断っても税や扱いを変えないこと。村長だけでなく、参加する家ごとに説明する」


「字が読めない人もいます」


「テオに読ませ、家の印をもらう。第三者を1人立ち会わせる」


「分かりました」


「私も一度確認します」


それは監視だ。

同時に、ヴェルナが責任の一部を引き受けるという意味でもあった。


「ありがとうございます」


「礼は不要です。事故が起きれば、処理するのは私ですから」


徹底して現実的だった。


---


村を歩くうち、ミナがこちらへ駆けてきた。


「テオ兄ちゃん!」


母親が後ろから追い、ヴェルナを見るなり顔を青くした。


「申し訳ございません、騎士様」


ミナを抱き寄せ、地面へ膝をつこうとする。

ヴェルナは、その腕を掴んで止めた。


「子どもを抱いたまま膝をつく必要はない」


「ですが」


「質問に答えて。麦10袋は、何日持った」


母親は戸惑いながら答えた。


「村で薄く分けましたので、10日ほど。今はまた、前と同じくらいです」


「杭を使った畑は」


「前よりよく育っています。でも、まだ食べられません」


「冬までの食糧は?」


母親は俯いた。


「分かりません」


ヴェルナの横顔に感情は見えなかった。

けれど、ミナの細い腕へ一瞬だけ目が止まった。


「備蓄を追加すれば、砦の兵糧が減る」


「父上から聞きました」


俺が言うと、彼女は歩き出した。


「北の砦は、昨年も魔物を2度退けています。兵が飢えれば砦が落ちる。砦が落ちれば、この村だけでなく3つの村が消える」


「だから、今ある分を配るだけでは足りない」


「農法が成功しても、今年の冬には間に合わない」


「早生の蕪と豆を試します。麦より早く収穫できるものを」


「種は」


「屋敷の庭師と相談します」


「輸送は」


「荷車が足りません」


「護衛も必要です」


話すたびに課題が増える。

だが、ヴェルナは否定するために問題を挙げているのではなかった。


成功に必要な条件を、容赦なく洗い出している。

俺は手帳へ書き続けた。

食糧。

種。

荷車。

護衛。

水。

見張り。

1人では見えなかったものが見える。

味方とは、賛成してくれる者のことではない。


失敗する場所を、失敗する前に突きつけてくれる者なのかもしれない。


---


村の西端へ出ると、ヴェルナは足を止めた。

森から続く道が、緩い坂を下って畑へつながっている。


「ここから魔物が来たら、どうする」


「警鐘を鳴らし、屋敷へ知らせます」


「その間、村人は?」


「教会へ集まる?」


テオが自信なさそうに答えた。


「石壁は薄い。大型なら破る」


「川を渡って東へ逃げる」


ティナが言う。


「橋は狭い。荷物を持った者が殺到すれば詰まる」


ヴェルナは俺を見る。


「畑を豊かにする。結構です。人が増え、収穫が増えれば、この村の価値も上がる。そして価値のある場所には、盗賊も魔物も敵兵も来る」


「守りが要る」


「誰が守るのです」


「騎士団が」


「全領で動かせる騎士は47。常時守るべき村と砦は、その倍以上です」


「村ごとに兵を置くのは無理」


「だから私は、守る場所を選ぶ」


ヴェルナの声は冷たく聞こえた。

だが、その選択を何度もしてきた人間の疲れが滲んでいた。


「昨冬、東の小村が魔物に襲われた。知らせが来たとき、私は北の砦にいた。戻るまでに12人死にました」


テオが息を止める。


「あなたの農法が成功すれば、人は希望を持つ。畑を捨てず、村へ残る。そこへ魔物が来たとき、誰が血を流すのです」


ヴェルナが工房を訪れた時から、いずれ突きつけられると分かっていた問いだった。


育土杭は魔物を殺せない。

火種盤も火を灯すだけだ。

俺は、すぐには答えられなかった。

ヴェルナは待たない。


「答えがないなら、あなたのしていることは半分です。生かす仕組みだけ作り、守る責任を他人へ渡している」


「考えています」


「考えている間にも襲撃は来る」


「では、聞かせてください。この村へ魔法を使える騎士を常駐させられますか」


「できません」


「兵を10人は」


「ほかの守りが薄くなる」


「今、2つの村が同時に襲われたら?」


ヴェルナの目が鋭くなる。


「どちらかを捨てます」


「それが現実だと?」


「ええ」


「なら、その現実のほうを変える必要がある」


「8歳のあなたが?」


「年齢で魔物が待ってくれるなら、8歳で構いません」


ティナが小さく息を呑んだ。

テオは不安そうに俺を見る。

ヴェルナの手が剣の柄へ近づく。

威嚇ではない。

染みついた動作だ。


「何を変える」


「守れる人間の数です」


「農民に剣を持たせる?」


「剣だけでは、甲殻のある魔物に勝てません。訓練にも時間がかかる」


「では魔法を教える?」


「血統に恵まれない者が一から術を覚えるのも時間がかかります」


「なら、どうする」


「役割を小さくします」


ヴェルナが眉を寄せた。

俺は地面へ枝で線を引いた。

魔物。

騎士。

村人。


「1人で魔物を倒せる兵を、村ごとに10人作るのは無理です。でも、見張る人。警鐘を鳴らす人。道を塞ぐ人。火と音で足を止める人。止まった相手の弱点へ槍を向ける人。役割を分ければ、必要な才能を下げられる」


「机上の話です」


「今は」


「戦場では、1人が逃げれば列が崩れる」


「逃げても崩れない配置を考える」


「命令が聞こえなければ」


「合図を道具にする」


「敵が想定どおり動かなければ」


「そのとき判断する人が要る。あなたのような」


ヴェルナは黙った。

俺の案は未完成だ。

武器もない。

訓練もない。

それでも、方向は間違っていないと思う。

1人の天才がすべてを守るのではない。

普通の人間が、自分にできる1つを持ち寄る。

農業でやったことを、防衛にも使う。


「弱い者を戦場へ出せば、死者が増える」


「何もできないまま襲われても死にます」


「だからといって、希望だけで武器を持たせるのですか」


「希望ではなく、手順と訓練と道具を渡します」


長い沈黙。

風が麦の若葉を揺らした。


「面白い」


ようやくヴェルナが言った。

褒めてはいない。

危険な仮説を見つけた研究者のような声だった。


「あなたは、戦を知らない。人が恐怖で動けなくなることも、命令1つの遅れで仲間が死ぬことも」


「はい」


「認めるのですね」


「知らないことを知っているふりはしません。だから、あなたが必要です」


彼女の目がわずかに見開かれた。


「私を利用するつもりですか」


「協力してほしいと言っています」


「同じことです」


「では、僕も利用してください。少ない兵で守れる仕組みを作るために」


ヴェルナは笑わなかった。

だが、拒まなかった。


---


屋敷へ戻ったのは夕方だった。

ヴェルナは納屋で、もう一度記録を見た。

今度は育土杭ではなく、火種盤の製造手順を読む。


「同じものを10枚作り、テオがすべて起動した」


「はい」


「出力を上げれば?」


「火が大きくなります。ただし暴発の危険も増える」


「投げられる形にできるか」


俺は顔を上げた。


「何に使うつもりです」


「あなたの考えを試しているだけです。火と音で足を止める役が必要なのでしょう」


彼女は、もう検討を始めている。


「できます。ただし、人を殺せる威力にはしません。持つ側にも危険です」


「魔物の突進を一瞬止めれば十分な場合もある」


「設計してみます」


「まだ作るな」


即座に釘を刺された。


「図面を私に見せる。試験場所は騎士団の演習場。保管数と使用者を記録する。勝手に村へ配らない」


「分かりました」


「それから、村の見張りと避難経路を先に整える。武器よりそちらが先です」


「はい」


「返事だけは素直ですね」


「合理的な指示には従います」


「合理的でないと判断したら?」


「理由を聞きます」


「面倒な子どもだ」


ティナが横で大きく頷いた。


「本当に」


「君はどちらの味方だ」


「道具の味方」


テオが笑った。

ヴェルナの口元も、ほんの少しだけ動いた。

完全な信頼ではない。

彼女はまだ俺を危険物として見ている。


だが、危険だから捨てるのではなく、扱い方を一緒に考える側へ半歩入った。

それで十分だった。


---


扉が乱暴に開いたのは、その直後だった。

兵が1人、息を切らして飛び込んでくる。

泥だらけの外套。

額には血が滲んでいた。


「ヴェルナ様!」


彼女の顔から、わずかな緩みが消える。


「報告」


「西の森の見張りが、魔物の群れを確認。黒殻狼、およそ30。森を抜け、南の村へ向かっています」


テオの顔が真っ白になった。

ティナの鏨が床へ落ちる。

南の村。

ミナがいる。

ハンスの畑がある。

ようやく芽を出した麦がある。


「先触れは」


「出しました。ですが、森の南道を使われれば、到着まで1刻もありません」


「動かせる兵は」


「屋敷に11。巡回隊へ早馬を出しましたが、戻るまで半日は」


ヴェルナは迷わなかった。


「11名を武装。馬を用意。村へ避難を命じる。西道の橋を落とす準備を」


命令が次々に飛ぶ。

さっきまで議論していた女とは別人だった。

1つの判断で人が生き、人が死ぬ場所に立つ指揮官の顔。


俺は壁の火種盤を見た。

畑を育てる仕組み。

火を灯す仕組み。

守る仕組みは、まだ図面にもなっていない。

現実は、こちらの準備を待ってくれなかった。


「ヴェルナ殿。僕も行きます」


「却下します」


即答だった。


「村の地形と人を知っています」


「戦場に子どもを連れていく理由にはならない」


「魔物を『解析』できるかもしれない」


彼女の動きが止まる。


「弱点が見えれば、少ない兵でも――」


「かもしれない、で命は預けられません」


「ここに残っても、村が落ちれば次は屋敷です」


ヴェルナは俺を睨んだ。

俺も逸らさない。

やがて彼女は舌打ちした。


「私の馬から降りない。命令に逆らえば縛って送り返します」


「分かりました」


「テオとティナは残す」


「俺も行きます!」


テオが叫んだ。


「村には、俺の知ってる人が――」


「だから残れ」


ヴェルナの声が鋭く飛ぶ。


「感情で動く者を戦場へ連れていけない」


テオは唇を噛んだ。

俺は彼の肩へ手を置く。


「工房で待っていて。火種盤を全部点検して」


「でも」


「必要になるかもしれない」


それが何を意味するか、テオは察した。

震えながら頷く。


「全部、動くようにします」


ティナは床の鏨を拾った。


「あたしは?」


「不良品を分けて。安全弁を外したとき、どこが壊れるか図にして」


「危ないものを作るの?」


「まだ作らない。考えるだけだ」


ヴェルナが俺を見る。

先ほど交わした約束を守るか確かめる目だった。

俺は頷いた。

勝手には作らない。

だが、必要になれば間に合わせる。


---


馬へ乗せられ、屋敷を出た。

夕陽が西の森を赤く染めている。

南の道を、兵たちの蹄が叩く。


「さっきの話を覚えていますか」


前に座るヴェルナが言った。


「誰が血を流すのか、ですか」


「ええ。今から、その答えを見ます」


「あなたが血を流すつもりでしょう」


「それが私の役目です」


「47人しかいない騎士の1人が、全部を背負う仕組みは弱い」


「今は、その弱い仕組みしかない」


悔しいが、正しい。

俺の構想はまだ紙の上にすらない。

村人は訓練を受けていない。

火種盤は武器ではない。

今すぐ頼れるのは、ヴェルナと11人の兵だけだ。


「なら、今日の生き残り方を考えます」


「できるのですか」


「現場を見なければ分かりません」


「ようやく、少し戦場向きの答えをした」


風の向こうから、教会の鐘が聞こえた。

一度。

2度。

間を空けず、何度も。

祝いでも、時刻を告げる音でもない。

魔物の襲来を知らせる乱打だ。


畑にいた人々が家族の名を呼び、村の東へ走っていくのが見える。


西の森では鳥が一斉に飛び立った。

その下で、木々が揺れている。

1頭や2頭ではない。

群れだ。

ヴェルナが剣を抜く。


「ルクス様」


「はい」


「ここから先は、私の命令に従ってください」


「従います。代わりに、見えたものを全部伝えます」


「それで結構」


馬が速度を上げた。

女騎士ヴェルナ。

現実しか信じない彼女と。

仕組みで現実を変えようとする俺。


半歩だけ始まった協力関係は、その日のうちに、血と命で試されることになった。

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