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『出来損ないの四男は、魔法を仕組みに変える』 ―― 辺境伯家の四男による異世界魔導革命  作者: トトト
◆ 第一部 辺境の灯火 / 第二章 辺境を変える

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10/41

第010話 魔物、来襲

事態は、想像していたより悪かった。

南の村へ着いたとき、避難はまだ半分も終わっていなかった。

教会の鐘が鳴り続ける。

女たちは子どもの手を引き、老人を荷車へ乗せ、東の橋へ向かっていた。家畜を連れ出そうとする者。納屋から麦袋を運び出そうとする者。何を持つべきか決められず、戸口で立ち尽くす者。

恐怖の中で、人は合理的には動かない。

大切なものが多すぎて、何から捨てればよいか分からなくなる。


「荷物を置け!」


ヴェルナの声が村中に響いた。


「人を先に東岸へ渡せ! 歩けない者と子どもを荷車へ! 橋の上では止まるな!」


兵が命令を繰り返す。

それでも、ある男は種籾の袋を手放そうとしなかった。


「これがなきゃ、来年がない!」


「命がなければ来年もない」


俺が言うと、男は歯を食いしばった。


「若様は、屋敷にまだ麦があるから言えるんだ!」


返す言葉がない。

彼にとって、この袋はただの荷物ではない。

冬と、来年と、家族の命だ。


「袋に家の印をつけて、教会の石床へ置いてください」


俺は言った。


「村が守れれば戻れます。守れなければ、東岸へ運んでも魔物に追いつかれます」


男は迷い、やがて袋を抱えて教会へ走った。

ヴェルナがこちらを見る。


「時間を使いすぎです」


「全部捨てろと言っても、隠れて戻ります」


「……次へ」


彼女はそれ以上責めなかった。

西の森から、低い遠吠えが届く。

近い。


「見張りは?」


ヴェルナが叫ぶ。

屋根の上の若者が答えた。


「森の縁! もう見えます!」


俺は村の西端へ目を向けた。

黒い影が木々の間を走っている。

数は、30より多いかもしれない。

避難完了まで、少なくとも四半刻。

兵は11人。


魔法を使えるのはヴェルナと、もう1人の騎士だけだった。

父と兄たちは、それぞれ別の砦と街道へ出ている。

この広い領地で、最も強い者が必要な場所は1つではない。

工房でヴェルナと話した「同時に2つを襲われたら」という仮定が、あまりにも早く現実になった。


---


「西の畑で迎え撃つ」


ヴェルナが命じた。


「村へ入れれば家の間で散る。そうなれば止められない。槍兵は畦に2列。弓は後方。私とローデンが前へ出る」


「11人で?」


「避難まで時間を稼ぐには十分です」


勝つとは言わなかった。

時間を稼ぐ。

その後は?

聞く必要はない。

彼女たちは退路を断たれ、村人が逃げるまで戦う。


「東の橋を落とせば」


「村人が渡り終えた後です」


「兵は戻れない」


「そうならないよう戦います」


また同じだ。

守る者が少ないため、強い者がすべてを背負う。

ヴェルナ自身が、それを最善と信じているわけではない。

ほかに選択肢がないのだ。

俺は馬から降ろされ、教会脇の荷車の陰へ押し込まれた。


「ここから出ないでください」


「解析するには、見える場所が必要です」


「矢も牙も、見るだけで避けてはくれません」


「せめて鐘楼へ」


「却下」


「屋根の上なら、魔物の動きを――」


「ルクス様」


ヴェルナが腰を屈め、俺と目線を合わせた。


「あなたは、死ぬことが仕事ではない」


「あなたもです」


「私には、死ぬ危険を引き受ける責任がある」


「僕にはない?」


「今はありません」


言い切り、彼女は立った。


「生きて、見なさい。私たちがなぜ必要か。あなたの仕組みに何が足りないか」


それは皮肉ではなかった。

自分が倒れる場面まで、俺の学びに変えようとしている。


腹が立った。

同時に、怖かった。

この女は本当に、必要なら死ぬ。


「死なないでください」


ようやく出た言葉は、それだけだった。


「善処します」


ヴェルナは笑わず、西の畑へ歩いた。


---


黒殻狼が森から現れた。

狼と呼ばれているが、前世の狼とは別物だ。

大きさは小牛ほど。

背から脚まで、黒い甲殻が重なっている。

口元には2本の牙。

赤く濁った目。

1頭が地面を蹴るたび、乾いた土が跳ねた。

俺は『解析』を集中する。

表面。

骨格。

筋肉の動き。

マナの流れ。

視界へ情報が押し寄せ、こめかみが痛む。

硬い。

正面の甲殻は槍を弾く。

脇腹も厚い。

だが継ぎ目はある。

前脚の付け根。

顎の下。

目。

後ろ脚の内側。


「前脚の内側が薄い!」


俺は叫んだ。

ヴェルナが振り返らずに手を上げる。

聞こえたという合図だ。

最初の3頭が畑へ入る。


「弓、放て!」


矢が飛ぶ。

2本は甲殻へ当たり、乾いた音を立てて落ちた。

1本が目の近くへ刺さる。

獣が吠え、速度を上げた。

ヴェルナの掌に焔が集まる。

火球が先頭へ直撃し、黒い体を包んだ。

獣は数歩進み、倒れる。

1撃。

圧倒的な力だ。


だが後ろには、5頭、10頭、さらに影が続いている。


もう1人の騎士ローデンも焔を放つ。

2頭目が倒れる。

3頭目は火をかすめ、槍兵の列へ突っ込んだ。


「構え!」


3本の槍が向けられる。

正面の甲殻へ当たり、2本が滑る。

残る1本は肩の継ぎ目へ入った。

獣が体を捻り、槍ごと兵を跳ね飛ばす。


「下がれ!」


ヴェルナが横から斬り込む。

剣にまとった焔が顎の下を裂いた。

黒殻狼が崩れる。

兵が1人、肩を押さえて呻いている。

死んではいない。

だが一度の接触で、戦える人数が1人減った。

これが30回以上続く。

計算するまでもない。

持たない。


---


最初の5頭を倒した時点で、ヴェルナの息は乱れていた。


火球1つの消費が大きい。

敵の甲殻を確実に焼くには、出力を下げられない。

ローデンはもっと苦しい。

6頭目へ放った焔は浅く、獣を怯ませただけだった。


「2列目、前へ!」


疲れた兵と交代する。

だが予備は少ない。

負傷者が増えれば、列を維持できない。

畑の広さも敵に有利だった。

黒殻狼は左右へ散り、兵の外側へ回ろうとする。

ヴェルナが走って塞ぐ。

右で1頭を斬る間に、左から2頭が近づく。

1人の強者がどれほど速くても、体は1つしかない。


「鐘楼! 左から3頭!」


俺は叫ぶ。

見張り役が鐘を2度鳴らす。

左への警告。

ヴェルナが反応し、1頭を焔で止める。

残り2頭へ槍兵が向かう。

合図が役に立った。


だが、その場で決めた音だ。兵の半分は意味を知らず、動きが遅れた。


訓練がない。

役割がない。

共有された合図がない。

個々は勇敢でも、全体が1つになっていない。

俺がヴェルナへ語った防衛の欠点が、目の前に並んでいた。

逆に言えば。

役割と合図を整えれば、今より戦える。

だが、今は準備がない。


「村人の避難、7割!」


橋から伝令が叫ぶ。

あと3割。

西畑の防衛線は、すでに最初の位置から50歩下がっている。


麦の若芽が、兵と魔物の足に踏み潰されていく。

育土杭が折れ、土から火花が散った。

胸が痛んだ。

けれど、畑より人だ。

今は迷うな。


---


1頭が防衛線を抜けた。

負傷した兵の隙間を縫い、村の道へ走る。


「止めろ!」


弓兵が放つ。

矢は背へ弾かれた。

俺のいる荷車へ、黒い獣が向かってくる。

逃げろ。

身体が命じる。

足が動かない。

8歳の身体が、理屈より先に恐怖へ固まった。

牙。

赤い目。

地面を打つ音。

距離が縮まる。


『解析』だけが異様に冷静だった。


右前脚。

踏み込む瞬間、甲殻の継ぎ目が開く。

そこへ衝撃を入れれば、姿勢が崩れる。

だが俺には武器がない。


荷車に積まれていたのは、避難途中で置かれた農具と、テオが兵へ届けさせた火種盤の箱だった。


火種盤。

安全な小さな焔。

1枚で何ができる。

俺は箱を開き、1枚掴んだ。

起動部へ無理に魔力を流す。

俺自身の魔力は少ない。

それでも紋様が補助し、中央に火が灯る。

獣は止まらない。

俺は火種盤を地面へ叩きつけた。

銅板が石へ当たり、曲がる。


安全弁の溝が潰れ、行き場を失った魔力が一瞬だけ逆流した。


ぱん、と乾いた音。

火花。

威力はない。

だが黒殻狼が驚き、顔を背けた。

踏み込みがずれる。

右前脚の継ぎ目が開く。


「そこだ!」


横から槍が入った。

ハンスだった。

避難するはずの老農夫が、納屋の干し草用の長槍を握っている。


穂先が継ぎ目へ刺さる。

浅い。

それでも獣の姿勢が崩れた。

次の瞬間、ヴェルナの焔が横腹へ直撃する。

黒殻狼は俺の目の前で倒れた。

熱と獣臭が押し寄せる。

膝が震えた。


「ここから出るなと言ったはずです!」


ヴェルナが怒鳴る。


「出てません!」


「屁理屈を――」


新しい遠吠えが遮った。

彼女は舌打ちし、前線へ戻る。

ハンスが俺の腕を掴んだ。


「若様、東へ」


「なぜ残ったんです」


「わしの畑だ」


「畑より命です」


「若様がそれを言うか」


返せなかった。

ハンスは倒れた獣と、曲がった火種盤を見た。


「今の音、あいつは嫌がったな」


俺も見る。

火種盤は壊れている。

偶然に近い。

だが、現象には原因がある。

安全弁が潰れ、火と音が瞬間的に放出された。

威力は要らない。

突進を1秒止める。

視線を逸らす。

脚の継ぎ目を開かせる。

その1秒を、槍の1撃へつなぐ。

1人では倒せない。

火種盤だけでも倒せない。

槍だけでも硬い甲殻を抜けない。

だが、順番に重ねれば。


---


「テオとティナは?」


俺は伝令へ尋ねた。


「屋敷の工房です。火種盤を点検していると」


「馬で戻れば、どれくらい」


「半刻以上」


遅い。

前線はそこまで持たない。

今ある火種盤は、箱に12枚。

兵へ予備として運ばれたものらしい。

安全弁を壊す方法なら、現場でもできる。


しかし1枚ずつ石へ叩きつければ、起動のタイミングも方向もばらつく。

使用者の手元で爆ぜる危険もある。

ティナなら、外周へ切れ目を入れ、衝撃が中央へ集まるよう加工するだろう。


俺は曲がった盤を拾い、『解析』した。

破断した線。

逆流した経路。

熱が逃げた方向。

再現できる。

完璧ではない。

だが、応急の型なら。


「金槌と鏨を集めてください。鍛冶場へ」


「若様?」


「火種盤を改造します」


ハンスが眉をひそめる。


「さっきみたいに壊すのか」


「同じ壊れ方をするように作る」


「壊れ方まで作るのか」


「毎回違うほうが危ない」


村の鍛冶場へ走る。

ティナの父親と弟子たちは避難を手伝っていたが、1人だけ若い弟子が残っていた。

俺は銅板へ線を引いた。


「ここを浅く切る。中央は触らない。起動した後、この縁を地面へ当てる」


「そんな急に言われても」


「試す時間はありません」


「爆ぜるんだろ?」


「手元で爆ぜる可能性もあります」


弟子の顔が引きつる。

俺は言葉を続けた。


「だから、使う人には隠さず伝えます。嫌なら持たせない」


無理に使わせれば、恐怖で手を離す。

必要なのは命令だけではない。

危険を理解した上で、自分の役割を選ぶ者だ。

弟子は外の戦闘音を聞いた。


「ティナなら、どう彫る」


「たぶん、もっときれいに」


「だろうな」


「でも今は、あなたしかいません」


彼は一度目を閉じ、鏨を握った。


「線を見せろ」


---


最初の1枚を、鍛冶場の土間で試した。

長い棒の先へ固定し、紐で起動する。

乾いた破裂音。

火花は前方へ飛び、持ち手側にはほとんど来ない。

成功。

2枚目。

音が小さい。

切れ目が深すぎ、魔力が先に抜けた。

失敗。

3枚目。

1枚目より強く爆ぜ、銅片が土壁へ刺さった。

危険。


「駄目だ」


弟子が青ざめる。


「銅片が飛ばないよう、布で包む」


「布が燃える」


「濡らす。上から細い針金で留める」


火と音だけを逃がし、破片を包む。

4枚目。

十分な音。

閃光。

破片なし。


「これを基準にします」


「残り8枚だぞ」


「全部同じに」


時間がない。

それでも、1枚ごとに切れ目を型へ重ねて確認する。

焦りで手順を飛ばせば、使う人の手が飛ぶ。

前線から兵が来た。


「ヴェルナ様より、あと四半刻。避難は9割。負傷者4名」


「死者は」


「まだ、いません」


まだ。

その言葉が重い。

俺は完成した3枚を布袋へ入れた。


「先に持っていきます」


---


前線は村のすぐ手前まで下がっていた。

ヴェルナの鎧には血がついている。

彼女自身のものか、魔物のものか分からない。


ローデンは片膝をつき、魔力切れで焔を出せなくなっていた。

残る黒殻狼は、20頭以上。

倒した数より、残った数のほうが多い。


「何を持ってきた」


ヴェルナが俺の袋を見る。


「爆ぜる火種盤です。足元へ投げれば、火と音で一瞬止められます」


「試したのか」


「4枚。2枚成功、1枚弱すぎ、1枚は破片が飛びました。対策を加えたものは、まだ1枚だけです」


正直に言う。

彼女の目が険しくなる。


「そんなものを兵に持たせろと?」


「今すぐ全員には無理です。まず1枚、盾の後ろから使います」


「失敗すれば」


「使用者が傷つきます」


「却下です」


「このままなら、全員が傷つきます」


「危険を比較して正当化するのですか」


「あなたが、いつもしているように」


言った瞬間、空気が張った。

だが撤回しない。

ヴェルナは守れる村を選ぶ。

兵をどこへ置くか選ぶ。

どの危険を引き受けるか選ぶ。

今、必要なのも同じだ。


「僕に使わせてください」


「論外」


「なら、誰か希望する兵に」


「訓練もない」


「役割は1つです。合図で起動し、前へ投げる。倒す必要はない。足を止めるだけ」


ヴェルナは黒殻狼の群れを見る。

避難完了まで、あとわずか。

橋を落とせば村人は逃げられる。

だが兵は残される。

村も畑も、魔物に蹂躙される。


「一度だけです」


彼女が言った。

盾兵の1人を呼ぶ。


「危険を説明しなさい」


俺は火種盤を見せた。

手元で爆ぜる可能性。

地面へ落とす方向。

起動後は握り続けないこと。

兵は黙って聞き、袋を受け取った。


「やります」


「怖くないのか」


俺が聞くと、兵は笑った。


「怖いですよ。だから、早く終わらせたい」


勇気とは、怖くないことではない。

怖いまま、自分の1つの役割を選ぶことだ。


---


黒殻狼が3頭、並んで突進してきた。


「盾、前!」


兵が構える。


「まだ」


距離を測る。

早すぎれば、驚くだけで勢いを戻す。

遅すぎれば、投げる前に牙が届く。


『解析』で脚の動きを見る。


先頭が次の跳躍へ体を沈める。


「今!」


火種盤が投げられた。

地面へ当たる。

閃光。

破裂音。

3頭のうち2頭が顔を背け、足を乱した。

1頭は止まらない。

ヴェルナが正面へ入り、剣で受け流す。


「槍! 止まった2頭の前脚!」


俺の声に、兵が反応した。

槍が継ぎ目へ入る。

浅い。

だが、片脚を傷つけられた獣は走れない。


ヴェルナが1頭目を斬り、別の騎士が2頭目の喉を突く。

3頭を、これまでより少ない魔力で止めた。

防衛線に、わずかな余裕が生まれる。


「効いた……」


使用した兵が呟く。


「一度だけでは判断できません」


俺は言った。

だが可能性は見えた。

火種盤。

解析した弱点。

槍。

合図。

それぞれは小さい。

組み合わせれば、1頭を倒す工程になる。


「残りは」


ヴェルナが聞く。


「鍛冶場で製作中。あと5枚ほど」


「足りない」


「村に試作と不良品を含めれば、20枚以上あります。テオとティナが持って来られれば」


「屋敷からでは間に合わない」


「2人は工房にいます。こちらへ伝令を出せば、馬で」


ヴェルナは即座に兵を1人選びかけ、止まった。

1人減らせば前線が薄くなる。

どこまでも人が足りない。


「ハンス!」


俺は老農夫を呼ぶ。


「走れる馬は?」


「村長のところに荷馬が1頭」


「屋敷へ行って、テオとティナを連れてきてください。火種盤全部と、鏨、金槌、濡れ布を」


「わしが?」


「道を知っていて、今の危険を見た人が必要です」


ハンスは一瞬だけ迷い、頷いた。


「若様は」


「ここで、次を考えます」


彼は馬へ向かった。


---


避難が完了した。

東の橋から合図の煙が上がる。

村人は川の向こうへ渡った。

橋を落とせば、最低限の命は守れる。

ヴェルナは剣を握り直した。


「ここまでです。兵を退かせ、橋を落とします」


「村を捨てる?」


「守りながら退く。畑も家も失うが、人は残る」


正しい判断だ。

今の戦力なら。

でも、火種盤の効果は見えた。

村には、避難した若者がいる。

槍を持てる者。

畑の狭い道を知る者。

育土杭を使い、手順に従うことを覚えた者。


「橋を落とすまで、もう少し待ってください」


「何をする気です」


「村人を10人だけ戻します」


ヴェルナの目が冷たくなる。


「却下したはずです」


「全員を戦士にするのではありません。役割を3つに分ける。火種盤を投げる人。止まった魔物の弱点へ槍を出す人。道具を運ぶ人」


「死にます」


「広い畑では。だから西の切り通しへ誘います」


村の北西。

両側を土手に挟まれた農道がある。

荷車1台が通れる幅。

群れが一度に入れるのは2、3頭。

30頭の数を、地形で分けられる。


「前はヴェルナ殿と騎士が支える。村人は土手の上と後ろから、自分の1つだけをする」


「訓練は」


「今から最低限を。合図は鐘。間違えにくい3種類だけ」


「成功する保証は」


「ありません」


「失敗した場合は」


「切り通しの後ろに荷車で第二の壁を作る。崩れたら東へ退き、橋を落とす」


完全な賭けではない。

撤退線を残す。

失敗しても、全滅しないようにする。

ヴェルナは俺を睨み続けた。

遠くから馬の蹄が聞こえる。

ハンス。

その後ろに、テオとティナが乗った馬。

布袋を抱えている。

間に合った。

テオの顔は恐怖で強張っている。

ティナも青ざめている。

それでも来た。


「ルクス様!」


「点検は」


「火種盤、動くものが17枚。不良品が6枚!」


「改造の型、作ったわ!」


ティナが金属板を掲げる。

さすがだった。

一度説明しただけで、俺の応急加工より精度の高い型を作っている。

ヴェルナは2人を見た。

次に、川の向こうでこちらを見守る村人たちを見る。


「あなたの言う数とは、子どもまで数に入れるのですか」


「2人は前へ出しません。作る者と、運用する者です」


「それでも戦場です」


「安全な場所は、もうありません」


鐘が鳴る。

前線からの警告。

次の群れが来る。

ヴェルナは目を閉じ、一度だけ深く息を吐いた。


「10人」


「はい」


「志願者だけ。家族に説明する。私の命令でいつでも撤退する。あなたは切り通しの後方から出ない」


「分かりました」


「爆ぜる盤は、1つずつ私が確認する」


「はい」


「死者が出たら」


彼女は言葉を止めた。

責任を問うと言うのかと思った。

だが違った。


「私たちは、その理由を全部記録し、二度と同じ死なせ方をしない」


工房で俺が語った失敗の扱いを、彼女は覚えていた。


「それでも、死者は戻りません」


「ええ」


「だから、出さないように作ります」


「なら見せなさい」


ヴェルナは剣を上げた。


「あなたの仕組みが、剣を持たぬ者を本当に守り手へ変えられるのか」


川の向こうへ伝令が走る。

村の若者たちが、家族と話し始める。

泣いて止める者。

拳を握る者。

こちらへ戻る橋を渡り始める者。

俺は地面へ切り通しの図を描いた。

敵の進路。

荷車の壁。

投擲の位置。

槍の列。

交代の順番。

1人の英雄が戦う図ではない。

誰もが、小さな1つを担当する図だ。

火種盤は17。

槍は9。

志願者は、まだ数えている途中。

敵は20頭以上。

条件は悪い。

時間もない。


それでも、さっきまでなかった選択肢が1つ生まれた。


村を捨てるか。

騎士が死ぬまで耐えるか。

その2つだけではない。

普通の人間が、仕組みと数で抗う。

第三の道。


「テオ。使う順番を番号で書いて」


「はい!」


「ティナ。改造は1枚ずつ。試験済みと未試験を混ぜない」


「分かってる!」


「ヴェルナ殿。切り通しまで敵を引く役を」


「私と騎士3名で行います」


命令が役割へ変わる。

恐怖が手順へ変わる。

ばらばらだった人間が、1つの目的へ並び始める。

俺の数の魔法は、まだ1頭も倒していない。

だが今。

初めて本物の戦場で、起動しようとしていた。

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