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『出来損ないの四男は、魔法を仕組みに変える』 ―― 辺境伯家の四男による異世界魔導革命  作者: トトト
◆ 第二部 王都の盤上 / 第1章 入城

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◆【前日譚】宰相の傷

40年前。

若き日のガレオン・オルディスは血の秩序を信じていなかった。

公爵家の次男として生まれ、王国騎士団の北東方面軍へ送られた彼は貴族というだけで無能な指揮官を何人も見た。

逆に地図を読める農民、兵糧を1粒も無駄にしない荷役人、100人の兵を自然に従わせる平民の古参兵も知っていた。

人の価値は血だけでは決まらない。

22歳の彼は本気でそう考えていた。

だから飢饉が東部を襲ったとき、ガレオンは誰より早く軍倉を開くよう求めた。


「今配れば春まで持ちません」


方面伯は答えた。


「今配らなければ春を見る民が減ります」


「軍の麦は国境を守るためのものだ」


「国境の内側で民が死ねば、何を守る軍です」


若い。

理想家。

戦を知らない公爵家の坊主。

そう嘲られた。

ガレオンは引かなかった。

王都へ早馬を飛ばし、自家の名で商人から麦を買い、領主たちへ年貢の猶予を求めた。


返事が届く前に雪が降った。

◇

最初の村では12人が死んでいた。

病ではない。

食べるものがなく、眠ったまま起きなかった。


ガレオンは自分の部隊の兵糧を半分にし、村へ配った。

兵たちは不満を漏らしたが命令には従った。

配給所の前には長い列ができた。

そこで彼は1人の若い男と出会った。

痩せた頬。

冬なのに薄い上着。

だが目だけは飢えに濁っていなかった。

男は村ごとの人数を書いた木札を持ち、弱い者から先に麦を渡すよう列を整理していた。


「文字が読めるのか」


「教会で少し。数は商家で働いて覚えました」


「名は」


男は答えた。

ガレオンはその名を生涯、口にしなかった。

忘れたからではない。

忘れられないからだ。


「軍の配給は3日分だ。次が来る保証はない」


ガレオンが言うと男は木札を見た。


「3日あれば、南の倉へ使いを出せます」


「あそこは領主の私倉だ。開けない」


「中には、去年の麦があります」


「知っているのか」


「運びましたから」


領主の倉には麦がある。

村人も知っていた。

だが倉は閉じられ、門には兵が立っている。


「力ずくで奪えば盗賊として討たれる」


「では、飢えて死ねと?」


「私が交渉する」


ガレオンはそう約束した。

男は長く彼を見た後、頭を下げた。


「3日、待ちます」


◇

領主は倉を開けなかった。


「種籾です」


「半分でも足りる」


「一度配ればすべて寄越せと言い出す」


「配給を軍が管理します」


「公爵家の若君は、我が領民の歓心を買いたいのですかな」


ガレオンは剣へ手を伸ばしかけた。

だが私倉は法の上で領主の財産だ。

王命もなく没収すれば飢饉の最中に諸侯を敵へ回す。

国境の帝国軍が動けば兵糧のない軍は戦えない。


正しいことをする権限が彼にはなかった。

王都からの返書は届かない。

3日目、村人たちは鍬と斧を持った。

若い男はまだ彼らを止めていた。


「ガレオン様は約束した。もう1日、待て」


だが列の後ろで子どもが倒れた。

母親の叫びが火種になった。


「倉には麦がある!」


誰かが叫んだ。


「俺たちが作った麦だ!」


人々は歩き出した。

最初は門まで行くだけだった。

話を聞けと求めるだけだった。

領主の兵が警告もなく矢を射た。

1人の女が倒れた。

次の瞬間、列は群衆になった。

◇

倉の門は破られた。


ガレオンが騎兵を連れて着いたとき、兵は逃げ、領主館の窓から煙が出ていた。

若い男は倉の前で声を張り上げていた。


「1人1袋だ! 村ごとに並べ! 奪うな!」


誰も聞かなかった。

袋を2つ抱えた男を別の男が殴る。

転んだ老人の上を人が踏み越える。

倉の奥では酒樽が割られ、酔った者たちが領主館へ走っていく。


「騎兵を降ろせ! 剣を抜くな! 盾で道を作れ!」


ガレオンは命じた。

軍が群衆を分け、火の回った館から使用人と子どもを救い出した。

領主は裏門から逃げていた。


その日は死者7人で済んだ。

だが噂は東部全域へ走った。

倉を破れば、麦が得られる。

貴族の兵は飢えた民を斬れない。

平民が貴族に勝った。

事実は7人の死だった。

噂は解放の勝利になった。

◇

蜂起は燎原の火となった。


若い男は村々を回り配給の規則を作ろうとした。

奪った麦を人数で分け、子どもと老人を優先し、春には畑を耕せるよう種籾を残す。

最初の10日、その仕組みは動いた。

11日目、別の指導者が現れた。


「貴族へ麦を納めた者は裏切り者だ」


彼はそう叫び、倉番を処刑した。

13日目、商家が襲われた。

15日目、蜂起へ加わらなかった村が焼かれた。

19日目、最初の若い男は指導部から追われた。


理想を守るための規則は怒りを満たす言葉に負けた。

ガレオンは王都から鎮圧命令を受けた。

命令書には1行しかなかった。


『東部反乱を速やかに平定せよ』


誰を救い、誰を罰し、奪われた麦をどう配るかは書かれていない。


若いガレオンは一晩で命令を作った。

武器を捨てた者には食糧を配る。

殺人と放火に加わった者は捕らえる。

村ごとに降伏の期限を示す。

騎兵は追撃を一里で止める。

降伏者の財産を兵が奪えば、軍法で罰する。

理想ではなく、手順にした。

それでも地獄は止まらなかった。

◇

最後の拠点は石橋のある町だった。


蜂起側は橋へ荷車を積み、女と子どもまで後ろに置いた。

降伏の使者は首を斬られた。


ガレオンは三度、待った。

待つあいだにも町の中で処刑が続いた。

4日目の朝、彼は攻撃を命じた。


盾兵が橋を進み、弓兵が屋根を制圧し、騎兵が浅瀬を渡って側面へ回った。

戦いは一刻で終わった。

雪が赤くなった。

武器を持った者だけを討てという命令は叫び声の中で崩れた。

逃げる者、追う兵、倒れた旗、燃える荷車。


ガレオンは自ら剣を振るい、味方の兵を1人斬った。

降伏した女から袋を奪おうとした兵だった。

それでもすべては救えなかった。

戦の後、彼は死者を数えさせた。

反乱側、426。

軍、73。

町の住民、191。

氏名不明の子ども28。

数字にすれば、紙1枚に収まった。

顔は一生収まらなかった。

◇

地下牢で、あの若い男と再会した。


彼は蜂起側に捕らえられ、処刑を待っていたところを軍に救われた。

頬はこけ、片目が腫れていた。


「あなたの蜂起ではなかったのか」


ガレオンは問うた。


「私が始めました」


「なら、なぜ殺されかけた」


「止めたからです」


男は乾いた声で笑った。


「皆で分ければ皆が生きられると思った。最初はできた。でも、父を兵に殺された者へ、待てと言えなかった。

子を飢えで失った母へ領主の裁判をしようと言えなかった。怒りは麦より公平に配られていました」


「私は、お前たちを斬った」


「知っています」


「私が倉を開けさせていれば起きなかった」


「そうかもしれない。領主が矢を射なければ。王都が早く返事をすれば。冬が来なければ。……理由は、いくらでもあります」


「誰の罪だ」


男は答えなかった。

やがて鉄格子越しにガレオンを見た。


「あなたはこれからも秩序を守るのですか」


「守らねばまた起きる」


「なら、倉を閉じた秩序まで守らないでください」


その言葉がガレオンの最も深い傷になった。


「堤は要る。けれど、堤の内側で人が干からびているなら水を通す道も要る。

私は、堤を壊すことしか考えなかった。あなたは――壊さずに道を作ってください」


男は反乱の首謀者として裁かれた。

ガレオンは助命を求めた。

認められなかった。

処刑の日、男は何も叫ばなかった。

◇

その後、ガレオンは東部の再建を任された。


彼は領主を更迭し、軍倉の放出条件を明文化し、飢饉時の徴税を止める規定を作った。

村ごとの人口と備蓄を記録させ、商人が穀価を吊り上げた場合の上限を定めた。


平民に土地は渡さなかった。

身分も変えなかった。

古い堤を残したまま水を通す穴だけを増やした。

国は静まった。

人々は彼を救国の若き英雄と呼んだ。

ガレオンはその称号を一度も喜ばなかった。

英雄の足元には氏名不明の28人がいる。

それから40年。

彼は血の秩序を守り続けた。

正しいからではない。


一度に壊したとき、誰が最初に死ぬかを知っているからだ。

同時に彼は恐れていた。

いつから自分は堤を守ることと堤の形を変えないことを同じだと思うようになったのか。

辺境から届いた報告書には平民へ力を配る9歳の子どもの名があった。


力を配る。

記録する。

鍵をかける。

失敗を直す。


若い男が最後に求めた


「水を通す道」


にあまりにも似ていた。


だからこそ、ガレオンはルクスを恐れた。

希望だからではない。

もし本物なら自分が40年守った堤の形が唯一ではなかったと証明されるからだ。

老宰相の右手には今も薄い傷が残っている。

あの日、降伏した女を守るため、自軍の兵の剣を受けた傷。

彼はその傷を誰にも見せなかった。

正しさの証ではない。

救えなかった者と守るべきものを間違えるなという、消えない命令だった。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

面白い、続きが見たいと思った方は是非、

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