↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『出来損ないの四男は、魔法を仕組みに変える』 ―― 辺境伯家の四男による異世界魔導革命  作者: トトト
◆ 第一部 辺境の灯火 / 第四章 辺境防衛戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/41

◆【幕間】侵攻の大義

軍靴の音が大地を踏み鳴らしていた。

ゲルハルト・フェルゼンは馬上から進軍する500の軍勢を見渡した。

整然と隊列を組んだ、訓練された兵。

その中核には血に選ばれた高位の魔法使いたちが控えている。

焔を雷を業火を操る、選りすぐりの精鋭。

――これが力だ。

血が代々受け継いできた揺るぎない力の結晶だ。

長い地ならしの果てに彼はついにこの日を迎えた。

盗賊による経済封鎖で隣領は十分に痩せ細った。

鉄も塩も尽き、工房とやらも遠からず止まる。

抗う気力すら失いかけた辺境へ今、正規の軍が堂々と進んでいく。

彼の胸に迷いはなかった。

これは侵略ではない。

ゲルハルトはそう固く信じていた。

血の力もない者に力を配り、世界の根を蝕もうとする、危うい芽。

それをまだ小さなうちに焼き払う――これは血の秩序を守るための大義ある戦だった。

弱い王は動かない。

宮廷の貴族は保身に汲々としている。

ならば辺境で血を守ってきた自分がやるしかない。


「私は、正しいことをしている」


彼は口の中で静かに呟いた。

それは誰かに向けた言葉ではなかった。

己の背骨をまっすぐに保つための祈りのようなものだった。

進軍の列には兵だけでなく、徴発した荷車が30台続いていた。

麦。

干し肉。

油。

矢。

魔術師用の触媒。

500人が1日進むだけで、村ひとつ分の食料が消える。

オスカーが馬を寄せた。


「南の荷車が2台遅れております。橋の板が外され、迂回を」


「辺境の小細工か」


「いえ、橋は古く、自然に落ちた可能性も」


ゲルハルトは鼻を鳴らした。

敵の意図か偶然か分からないものを彼は好まない。

剣を向けてくる敵なら斬れる。

だが道のぬかるみや遅れた荷車には血統魔法も命令も効きにくい。


「今夜中に合流させろ。沿道の村から馬を出させる」


「村は空です」


「空?」


「老人も家畜も西へ移しております。穀物庫も、必要な分だけ持ち去られた後で」


焦土にしたわけではない。

井戸は使える。

家も残っている。

しかし軍が奪って食べられる余剰だけがない。


「逃げ足だけは速いらしい」


ゲルハルトは軽く笑った。

彼にはそれが戦の準備には見えなかった。

戦う意志を失い、村を捨てた証拠。


だが副官のハインツは空の村に残された竈を見ていた。

灰はまだ温かい。

住民は恐慌で散ったのではなく、合図に従って同じ時刻に去っている。


「閣下。斥候を増やすべきです」


「理由は」


「敵の動きが見えすぎません。退いた道、捨てた村、隘路。すべて、こちらに見せるため整えられているように思えます」


「平民どもが500の軍を誘うと?」


「四男が指揮を執ったとの報告です」


ゲルハルトの目が細くなった。

ルクス。

魔法を持たない子ども。

盗賊を情報で捕らえ、工房で平民を束ねた異端。


「なおさら、前へ出ねばならぬ」


彼は答えた。


「あの子どもに時間を与えるほど毒は広がる」


慎重論は恐れに見えた。

敵を危険だと認めるほど、早く踏み潰すべきだという結論になる。

その論理の輪の中では立ち止まる答えだけが最初から除かれていた。


ハインツはそれ以上言わず、馬を下げた。

忠実な副官だった。

だから命令には従う。


そして忠実であるがゆえに領主が聞きたくないことを2度は言えなかった。


---


最初の衝突はあっけないほど、彼の描いた通りに運んだ。

ファルケンハイトの焔の隊が正面から迎え撃ちに出てきた。

血気に逸った、若い指揮官。

おそらくはあの家の長兄だろう、とゲルハルトは見た。

焔の才を誇り、血の力を信じきった真っ直ぐな男。

――こういう相手はいちばん御しやすい。

彼は囮の部隊を正面にぶつけさせた。

焔の隊がそれを薙ぎ払おうと前へ出る。

誇り高く、勇ましく。

そしてその側面の茂みにゲルハルトは高位の魔法使いたちをあらかじめ伏せておいた。

――今だ。

伏せていた魔法使いたちが一斉に業火を放った。

無防備な側面を焼かれ、焔の隊はあっという間に崩れた。

誇り高き長兄は辛くも退いたようだがその隊は壊滅同然に打ち減らされた。

ゲルハルトはその光景を丘の上から冷ややかに眺めていた。

満足、というより――当然の帰結を見届けた、という感覚だった。

血の力を正面からぶつけるだけの単純な戦い方。

それはより狡猾により組織された血の前では通用しない。

同じ血の力でもそれを"どう使うか"を知る者が勝つ。

彼は辺境の田舎者にそのことを身をもって教えてやったのだ。


「たわいもない」


彼は呟いた。


「血の力を、まるで、使いこなせておらん」


これで、辺境の焔は折れた。

あとは無防備になった村々を順に呑み込んでいくだけだ。

あの四男の"玩具"とやらがいくつ転がっていようと正規の軍と血の魔法使いの前では児戯にすぎない。

焔1つで、藁束のように焼け落ちる。

ゲルハルトの確信はこの初戦の勝利で、いっそう深まった。


---


だが村の手前まで軍を進めたとき、彼はわずかに眉をひそめた。

敵は村の正面で野戦を挑んでこなかった。

代わりに丘に挟まれた狭い隘路へと後退していた。

そこに何やら急ごしらえの布陣を敷いているらしい。

ゲルハルトはその地形をしばらく検分した。

……追い詰められた鼠が最後に逃げ込む袋小路。

彼はそう解釈した。

焔の隊を失い正面では勝ち目がないと悟った辺境がせめてもの悪あがきに狭い場所へ籠もろうとしている。

哀れなものだ、と。

副官の1人が慎重に進言した。


「閣下。あの隘路、些かこちらの数の利を殺しはしませんか。狭き場所では一度に前へ出られる兵が限られます」


「案ずるな」


ゲルハルトは鷹揚に応えた。


「狭き道こそ我らの精鋭が活きる。烏合の平民がいくら道を塞ごうと血の魔法使いの

業火がまとめて焼き払う。……相手は逃げ場のない袋の鼠だ。

むしろ1箇所に固まってくれたほうが始末は早い」


理屈は通っていた。

狭い場所で、質の高い少数が質の低い多数を捌く。

血の力がいちばん活きる戦い方。

――だがゲルハルトは1つだけ、勘定に入れていなかった。

その狭い地形を"血のいらない仕掛け"が逆に利用しうるという可能性を。

数の利を殺す隘路が同時にこちらの数の利をも殺し、平民の側の"仕組み"を活かす舞台になりうるということを。

彼の頭の中の盤面にはそもそもそんな駒は存在しなかった。

血が力のすべてである世界では地形とは強い者が弱い者を狩るための道具にすぎなかったからだ。

彼はほんの一瞬、敵の後退があまりに整然としていたことに微かな引っかかりを覚えた。

潰走ではなく、まるで――こちらを誘い込むような。

だがその引っかかりを彼はすぐに押しやった。

血を失い、焔を失った辺境にそんな余裕があるはずもない。

あれはただの悪あがきだ。


---


「進め」


ゲルハルトは命じた。


「あの隘路ごと辺境の悪あがきを踏み潰せ。血の秩序に楯突いた報いを思い知らせてやる」


500の軍勢が地響きとともに狭い道へと吸い込まれていく。

ゲルハルトは馬上で、その光景を見つめていた。

もうすぐすべてが終わる。

危うい芽は根ごと焼かれ、世界は正しい形へと戻る。

彼が守ろうとしてきた、血の秩序がまた1つ、証明される。

彼の胸には勝利の確信と大義を果たす者の静かな高揚があった。

私は正しい。

この戦は聖なる秩序を守るための戦いなのだ。

歴史はいずれ、自分を旧き良き世界の守護者として、記すだろう――と。

血の色の夕空の下、フェルゼンの軍は隘路の奥へと進んでいった。

そしてゲルハルト・フェルゼンはまだ、知らなかった。

その隘路の奥で彼を待っていたのが"逃げ場のない鼠"ではなく――彼の信じる世界そのものを根底から書き換える、たった1つの乾いた破裂音だったということを。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

面白い、続きが見たいと思った方は是非、

評価・コメントをいただけますと励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。