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『出来損ないの四男は、魔法を仕組みに変える』 ―― 辺境伯家の四男による異世界魔導革命  作者: トトト
◆ 第一部 辺境の灯火 / 第三章 政敵と情報戦

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◆【幕間】長兄の焔

焔は、嘘をつかない。

ディーク・ファルケンハイトは、幼い頃からそう教えられて育った。


手をかざす。

血の奥に眠る熱を呼び起こす。

掌の上に、橙色の焔が灯る。

できる者と、できない者がいる。

その差は、努力では埋まらない。

血が決める。


焔は、その血の証だった。

ディークが初めて焔を灯したのは、5歳の時だ。

父ヴォルフラムは、無骨な顔をわずかに緩めた。


「よい。お前は、ファルケンハイトの子だ」


その一言が、どれほど誇らしかったか。

焔を灯せぬ者は、この家の子ですらない。

そういう世界の中で、ディークは確かに選ばれた側にいた。

長じてからは、焔の隊を率いた。


魔物の群れを薙ぐ。

砦を脅かす獣を焼く。

隣領の兵を退ける。


痩せた土地。

絶えない脅威。


辺境を守ってきたのは、いつも血に選ばれた一握りの焔だった。

ディークはそれを誇りに思っていた。

誇りというだけではない。

それは、彼という人間の芯だった。


---


ディークが恐れていたのは、平民そのものではない。

命令する者と従う者の境が、曖昧になることだった。

北の砦では、誰が前へ出るかが明確だ。

魔法を持つ者が魔物を焼く。

持たぬ者が矢と食料を運ぶ。

役割は血によって決まり、迷いがない。

迷いがなければ、戦場で人は動く。


ルクスの工房は違う。

平民が工程板へ意見を書く。

失敗を報告する。

貴族の子へ「違う」と言う。

身分ではなく、知っている者の言葉が採用される。

小さな工房の中だけならよい。

それが村へ広がれば。

軍へ広がれば。

家中へ広がれば。

やがて兵が指揮官へ、農夫が領主へ、もっと正しい方法があると口にする。


ディークには、それが自由ではなく、命令の鎖が切れる音に聞こえた。

命令のない軍が崩れる光景を、彼は知っている。

だから秩序を守ろうとする。

その秩序が、飢えた者の声を屋敷へ届かなくしていることには、まだ気づいていなかった。


北の砦から凱旋した日。

当然、家中は彼の武功を称えるはずだった。

だが、屋敷で囁かれていたのは別の話だ。

四男坊が、平民を率いて魔物の群れを退けた。

その噂を聞いた時、ディークは思わず聞き返した。


「四男が?」


ルクス。

焔の一つも灯せぬ、あの出来損ない。

母を早くに亡くし、才の兆しもなく、家の隅で息を潜めていた弟。

それが魔物の群れを退けた。

血の力もない、ただの子供が。


「妙な道具を使ったそうです」


家令は言いにくそうに告げた。


「村の者に持たせ、数で囲んで討ったのだと」


道具。

数。


最初に湧いたのは、嗤い(わら)だった。

血の力を持たぬ者が、玩具でまぐれの手柄を立てた。

それだけのことだ。

焔の前では、児戯にすぎない。

だが、その嗤いは長く続かなかった。


噂は消えない。

日を追うごとに膨らんでいく。


ヴェルナが四男へ力を貸した。

工房を興した。

村人へ次々と妙な道具を配っている。

飢えていた村に、実りの兆しが出ている。

凱旋した英雄の武功を、留守を預かっていた弟の話が覆い隠していく。

ディークは、それが我慢ならなかった。


---


単なる嫉妬ではない。

少なくとも、ディーク自身はそう信じていた。

この世界の秩序は、力を貴族が握るからこそ保たれている。

強い魔法は血に宿る。

強い者が弱い者を守り、導き、治める。

だから平民は年貢を納める。

貴族はその代わりに、命を懸けて領地を守る。

血の力は、特権であると同時に責務だった。

魔物が来れば、真っ先に前へ出る。

それが選ばれた血の側に生まれた者の役目だ。

その均衡が崩れたら、どうなる。

平民が力を持ったら。

魔物を討つ術を。

貴族だけのものであるはずの力を。

彼らは増長する。

年貢を拒み、領主へ牙を剥き、やがて国そのものを乱す。

血が力を握る。

その一本の柱が抜ければ、世界は寄る辺なく崩れていく。

ディークにとって、ルクスの工房は目先の村を救う代わりに、その柱を内側から蝕むものだった。

飢えを減らす。

結構なことだ。

だが、そのためにも抜いてはならない栓がある。

あの四男は、自分が何を壊そうとしているのかも知らず、無邪気に手をかけている。

止めなければならない。

兄として。

次期当主候補として。

ファルケンハイトの血の秩序を守る者として。

そう己へ言い聞かせると、胸の底から別の声が聞こえる。

本当にそうか。

お前は、秩序のために怒っているのか。

才なき弟に追い抜かれることが、ただ怖いのではないか。

ディークはいつも、その声を焔で焼き消した。


---


工房を閉じろ。

平民への道具の配布もやめろ。

ディークはルクスへ命じた。

従うなら目こぼししてやる。

四男の出来心だったことにする。

圧力であると同時に、逃げ道の提示でもあった。

頭を下げれば済む。

古い秩序の内側へ戻れば、全て元通りになる。


だが、弟は頭を下げなかった。

代わりに、北の砦での武功を持ち出した。

焔の隊を動かせば、いくらの費えがかかるか。


糧食。

手当て。

馬の飼料。

負傷者の治療。

手薄になった場所へ回す予備兵。

その間に、南の村が襲われたことも。


ルクスは静かな数字で、ディークの勝利を高くつくものへ書き換えていった。

強い魔法使いを、あちこちへ走らせる。

痩せた辺境には、そのやり方を支え続ける余力がない。

工房の道具で村人自身が時間を稼げれば、焔の隊はより大きな敵へ向けられる。

そう弟は言った。

秩序への脅威が、いつの間にか家の利益と長兄の負担軽減へ姿を変えている。

ディークは背筋に、薄い寒気を覚えた。

弟は剣を持たない。

焔も持たない。

だが、言葉と数字で盤面をひっくり返す。

焔とは全く違う。

それでも、紛れもない力だった。


「口の減らぬ弟だ」


ディークは苦々しく言った。


「まるで宮廷の弁士だな。とても8歳の子供とは思えん」


工房は当面、目こぼしする。

実入りが増えると言うなら、見せてもらう。

彼はそう告げて引いた。

譲歩だった。

認めたくない譲歩。

部屋を出ていく弟の小さな背中を見ながら、ディークは拳を握る。

認めたわけではない。

断じて。


だが、あの弟の言葉には、当主候補として無視できない現実の理があった。

年々痩せていく辺境を、焔だけでは守り切れない。

それを誰より知っているのは、実際に隊を率いて戦ってきた彼自身だ。

二つの声が、内側で争っていた。

古い秩序を守れという信念。

弟の言葉にも一理あるという現実。

二つは噛み合わない。

ただ、静かに軋み続けた。


---


その夜。

ディークは一人、鍛錬場に立った。

掌をかざす。

焔を灯す。

橙色の熱が闇を照らした。

強い。

揺るがない。

美しい。


これこそが力だ。

血が代々受け継いできた、確かな力。

爆ぜる火種盤が生む豆粒ほどの火とは、格が違う。

いずれ証明される。

血の力が、まがい物の仕組みなどより遥かに勝ると。

玩具で村の獣を追い払えても、本物の戦は違う。


統率された正規の軍。

血に選ばれた高位の魔法使い。

その前では、平民の数など焔一つで薙ぎ払われる藁束に等しい。

その時、弟も思い知る。

世界には抜いてはならない栓がある。

家中も改めて理解するはずだ。

ファルケンハイトを守るのは、口の上手い四男の玩具ではない。

この血に宿る焔だ。


掌の焔が大きくなる。

熱風が鍛錬場の砂を撫でた。

壁際に積まれた薪が乾いた音を立てる。

これほどの焔を、ルクスは持たない。

生涯、持つことはない。

その事実へ縋るように、ディークはさらに魔力を注いだ。


「兄上」


入口から声がした。

次兄アルノルトだった。


「夜更けに何をしている」


「鍛錬だ」


「北から戻ったばかりだろう。休んだ方がいい」


「鈍らせる暇はない」


アルノルトは焔を見る。


「ルクスのことか」


焔が揺れた。

ほんの一瞬。

ディークは出力を戻す。


「関係ない」


「そうか」


次兄は追及しなかった。

その沈黙が、かえって腹立たしい。


「あれの玩具が、私の焔に並ぶと思うか」


「並べるものではないだろう」


「逃げるな」


「兄上の焔は、一度に多くの敵を焼ける。ルクスの道具は、一人では扱えない数の場所へ置ける」


「だから、数を集めれば私を越えると?」


「私は、優劣の話をしていない」


「皆がしている」


言葉が先に出た。

アルノルトは何も言わない。

ディークは自分の声に混じったものを聞いた。

怒り。

焦り。

そして、認めたくなかった恐れ。


「北で、私は3日眠らなかった」


ディークは焔を見たまま言う。


「砦の兵糧が尽きかけた。負傷者を下げれば防壁が薄くなる。私が前へ出続けるしかなかった」


「知っている」


「私が倒れれば、砦も落ちた」


「だから、ルクスは兄上だけが倒れない仕組みを作ろうとしているのかもしれない」


焔が消えた。

闇が戻る。


「あれに何が分かる」


「まだ何も分からないだろう」


アルノルトの声は穏やかだった。


「兄上も、私も」


「私は戦場を知っている」


「ルクスは飢えた村を見た」


「同じだと言うのか」


「違うものを見た、と言っている」


ディークは答えなかった。

暗闇の中で、掌だけが熱を残している。

弟の数字を聞いた時と同じ寒気。

自分一人が倒れれば、砦が落ちる。

それは力の証だった。

同時に、仕組みの弱さでもある。

そんな見方を、今までしたことがなかった。


「休め、兄上」


アルノルトはそれだけ言い、鍛錬場を去った。

残されたディークは、もう一度焔を灯す。

先ほどより小さい。

魔力を使いすぎたからだ。

焔は、嘘をつかない。

ならば、この小ささもまた事実だった。

どれほど強い焔でも、燃やし続ければ弱る。

一人の力には、限りがある。

認めるつもりはない。

それでも、その事実だけは焼き消せなかった。


---


翌朝。

北の見張りから報せが届いた。

隣領フェルゼンで、兵が集められている。

商人から武具が買い集められ、国境近くの道で荷車が増えた。

まだ侵攻とは断定できない。

だが、焔と血と正規の軍勢がぶつかる可能性はある。

本物の戦。

ディークは報告書を畳んだ。

そこで証明する。

誰が、この辺境の真の守り手なのか。

血の力の、揺るがぬ格の違いを。


焔は、嘘をつかない。

彼はまだ、心の底からそう信じていた。


だから知らない。

その信念が、遠からず隘路で最も手ひどく裏切られることを。

そして、その先で認めたくないものを認める、長い道が始まることを。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

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