短編小説「夕立」
水の音が聞こえる前にほんのりとにおいがする、雨が降る前の不思議なにおいが。
その後でざあっと一気に雨が降ってくる、夕立だ。 そのにおいがするとお友達と一緒に屋根のあるところに逃れ、雨が降り終わるのをじっと待っていた。夏の日差しに一日照らされた大地に短時間のシャワータイム、すぐに終わるのは分かっているから。
思った通りすぐに通り過ぎた雨の後、今度は夏の夕方のにおいがしてくる。一体なんだろうあのにおいは、ほこりっぽい、けっしていいにおいではないが、すんっと思わず吸い込みたくなるにおい。
においには「匂い」と「臭い」があり、「匂い」はいい香りで「臭い」は文字通りくさいとだと思うのだが、そのどちらでもありどちらでもないあの独特のにおいがする。
もう少し遊ぶとどこの家でも夕ご飯の時間。また明日ねと約束をして家に帰ると、母がご飯を作りながら夕立のおかげで植木の水やりをせずに済んだというまでが一式のコースだった。
21世紀も四半世紀が過ぎ、私もその分年を取った。子どもは大人になり、大人はもっと大人になった。そして世界も姿を変えてしまった。
「最近は夕立もめっきり降らなくなったわ、おかげで水やりが大変で」
母が電話で思わずこぼす。今もまだ小さな庭にいくつも花を咲かせている母の趣味、水やりは欠かせない。
子どもたちがみんな巣立ち、今は故郷の懐かしい家で父と二人暮らす母は高齢者の仲間入りをしている。毎日の作業となるとそれはやはり大変なのだろう。
「こっちは逆に大雨続きよ。線状降水帯だの記録的降水なんとかだの、今のところ被害は出てないけど心配してるわ」
「そうらしいわね、気をつけてね」
年を取っても親は親らしく、母の電話の半分は気をつけてでできているようだ。
「本当にそっちとこっち、混ぜて半分にしたらちょうどいいのにね」
「本当にね」
私も本心から母の言葉に同意する。全くこのところのお天気は一体どうなってしまったのか。
「夕立が懐かしいわ」
思わず言ったら、
「同じことを思い出してた」
と母も笑う。
子供の頃の夏の思い出、あのにおいとその後に続く水音、夏の夕方のにおい。きっと一揃えで母の中にも蘇ったのだろう。
またあの頃みたいに夕立の日々が戻るのだろうか。それともこのまま枯れた土地と水没した土地のままに分かれてしまうのか。
先のことは分からないが、雨が降っても降らなくても、やはり夏の日には夕立を思い出す。あの雨の音がする前後の独特のにおいと共に。




