エッセイ「海と山の街」
波の音が聞こえるほどではないですが、海の見える街の生まれ育ちです。
坂の街でもあり、家を出てすぐではなくても、少し移動すると必ず海を見ることができる、そんな土地に今も変わらず住んでいます。
山と海に囲まれているために、家を出たらもうすぐに坂。坂の途中に住んでいて、平らな土地に住んだことはない。学校の校歌には直接に海ではありませんが、海を挟んだその向こうに見える淡路島が必ず入っていました。
小学校の頃には夏休みになると近所の数家族で集まり、母たちが歩いて海水浴や海の近くにあるプールに連れて行ってくれていました。 今と違って車を持っている人も少なくて、坂道をとことこと歩いて海まで行き、一日歩いて今度は坂道を登って帰るんですから、大変だっただろうなと今なら思うことができますが、当時はもっと毎日のように泳ぎに行きたいなと思ったものです。
一日泳いで帰った夜は、布団に入って横になっても、まだ体が水の中にいるような感じが残ったものです。ずっと波に揺られているような、ずっと波の音を聞いているような、そんな中で気がつけば夢の中。蹴飛ばした布団をかけてもらうのもうれしかった。
そんな生活がずっと続くと思っていたんですが、大人になって泳ぎに行くということはすっかりなくなってしまいました。毎年行きたいなと思いながら、気がつけば夏が終わっているという感じ。泳ぎに行くチャンスがあるとしても、それはスポーツジムだったりして、子どもの頃のゆるゆる波に揺られたり、プールで浮き輪で浮いてたりするようなことはない。泳ぐという概念がすっかり変わってしまったかのよう。
この前海で泳いだのはいつだっただろうかと考えたら、もうずっと前、最後に行った海外旅行でちょこっと水に浸かっただけ。かなり波が激しい海だったので、その後はホテルのプールに戻った記憶があります。それが最後かな。
ちょうど今日のニュースで、
「この40年で海水浴客が4割減」
と聞いて驚きました。
昔は海水浴というと「芋の子を洗う」なんて言われたものですが、すっかり様子が変わってしまったようです。
あまりに暑すぎること、日焼けを嫌がる人が増えたこと、忙しくて時間がない、疲れるなどがその理由らしいですが、せっかくの夏に海に行かないなんてなんだかもったいないなあ。
偉そうに言いながら、私もこの先海に泳ぎに行くチャンスがあるのかどうかは分かりません。例え海に行っても景色を見て、波の音を聞くだけで帰ってくるだけの可能性が高いようにも思います。 ですがこの先もずっと、この山と海に囲まれた土地で生きていくんでしょう。今のところ、どこかに行く予定はないもので。




