短編小説「ヒーローの飴」
夜店から飛び出した子どもにいきなり体当たりを食らわされた。
「あっ、ボクのライダー!」
足元から悲愴な叫び声がして、見下ろしてみると棒についた黄金色の飴がいくつかの欠片に割れているのが見て取れた。
「すみません!」
まだ若い二十代前半らしい母親と思しき人が、急いで追いかけてきて私に謝ってくれたのは、おそらく全部の出来事を見ていて、私に責任がないと分かったからだろう。
座ったまま粉々になった飴を見て泣きじゃくっている男の子を気にしながらも、
「あの、どこか汚れたりしていませんか」
と、こちらに気遣いをするあたり、きちんとした母親らしい。
「いえ、大丈夫です。それより僕、ケガとかしてませんか?」「あ、はい、大丈夫みたいです」
軽く尻もちをついただけでどこかをぶつけた様子もない。お尻はちょびっと痛かったかも知れないが、運良く転んだ場所になんだか絨毯みたいな敷物があって、多少は衝撃を吸収してくれたみたいだ。被害があったのは飴だけみたい。
それでも泣き続けているのは、転んで驚いたことと、主に飴が壊れたことが原因だろう。
少し先の夜店で売っている色々なキャラの形をしたべっこう飴。ライダーと言っていたところから、今放送中のヒーローだろう。一番大きなかけらになんとなく面影がある。
「ボクのライダー、ボクのライダーがあ!」
あらためてその悲惨なヒーローを認めると、泣きやむどころかわんわんと大泣きに変わる始末だ。
「しょうがないね、自分で割ったんだから」「ボクのライダーがあ!」 母親は割れた飴の入った袋を拾うと男の子に渡そうとしたが、
「ちがうのー!」
とその手を振り払った。もう一度落ちた飴がさらに砕け、元のキャラがなんであったか分からなくなってしまった。
「泣かないの。自分で落としたんだからしょうがないの」「ボクのーボクのー!」
さらに激しく泣くが母親はもう一つ新しいのを買いにいこうと言う気はないようだ。
その気持ちもよく分かる。何しろ高いのだ。たかだか飴の分際で、何かの形をしているというだけでべらぼうに高い。人気のライダーのは800円だった。
高い飴だ、袋に入れた上から惣菜を入れるようなパックに入れて割れにくいようにしてあるが、それでも当たりどころが悪かったら今回のように粉々になることもあるだろう。
おそらく母親はこの子が大好きなこの飴を、高いなと思いながらもせっかくのお祭りだからと奮発して買ってやったのだろう。落とさないようにしなさいとか、大事にしなさいとか言って持たせたんだろうけど、何しろ小さい子だ、自分のヒーローを手にしたうれしさに興奮して飛び出し、私にぶつかってしまったというわけだ。
「ボクのライダーがあ!」
男の子は泣き止む気配がない。母親は困りきった顔をしている。
いっそもう一つ買ってやった方が事は穏便に済むのではないだろうか、高いと言ってもたかが800円だ、なんてことを考えているのかも知れない。 いやいや、お金でどうという問題ではない。そもそもそんなことをしたらこの子のしつけによくないのではないか。これからも自分のミスで何かを壊したら、泣けば買ってもらえる、涙で解決できると思いはしないだろうか、なんてことも考えている可能性もある。
それにこの飴大人気で、今から戻っても多分1時間は並ばないとだめだろう。小さな子を連れて暑い中、そんなことやってられないとは確実に思っているはず。
困りきった母親、泣き続ける男の子。その横で第三者か関係者か分からないような顔でぼーっと立っている私。外から見ると一体なんなんだと思われないだろうかとちょっと現実に戻る。
そして思い立った。
「あの」「あ、あの、すみません!」
困りきってるお母さんが私の声に反応し、気の毒なぐらい眉を下げて謝罪してくる。でもそうじゃないんだなあ。
「よかったら、これ」
私は手持ちのバッグからある物を取りだした。
「ボクのライダー!」 それまで泣きじゃくっていた男の子が立ち上がり、私の手にある黄金色の飴に目を輝かせる。
「よかったらどうぞ」「え! いえ、でもそんな、だめです!」
お母さんは驚いて一生懸命固辞するが、
「いえ、後はもう食べるだけなので、そっちのと交換してください。はい」
私がライダーの飴を手渡すと、男の子は目を輝かせながら受け取って、今度は抱きしめ過ぎて割ってしまわないかと心配するぐらい大切そうに胸に抱えた。
「え、あの、でも……」
お母さんは割れた飴を持ったまま、まだうろうろしているので、
「本当にいいんです、ほらこれ」
と、私はスマホの画面を見せた。
それはいわゆる「ぬい撮り」と言われる写真。そう、私もこの飴が目当てでこの神社の縁日にやってきた。持ってきたぬいぐるみとべっこう飴で何枚も「映え写真」を撮り、すでに何枚かはSNSにアップ済みだ。
「もうやることやっちゃったんで後は食べるだけだったんです。だから、もう割れてるので大丈夫。どうせ噛んじゃいますしね」
そう言ってあははと笑うと、お母さんはやっとホッとしたような顔になり、
「申し訳ありません、ありがとうございます」
と頭を下げ、申し訳なさそうに割れた飴を手渡してくれた。
「あの、せめてお代を払わせてください」「いえいえ、さっきも言いましたけど食べちゃうだけなので本当にいいです」
何回かそんなやり取りを繰り返し、ようやく、
「じゃあ甘えさせていただきます。本当にありがとうございます」
とお母さんが深々と頭を下げ、飴をうれしそうに見つめている男の子に、
「ほら、おばちゃんにありがとうは」
と言うと、
「おばちゃんありがとう!」
と、男の子も元気にお礼を言ってくれてた。
お母さんはまたペコリと頭を下げ、男の子はぶんぶんと手を振って親子は去っていき、私もにこやかに手を振ってその様子を見送った。
本当はちょっとだけ嘘がある。もう用事は終わったからと言ったがあれは嘘。この飴、数カ月は保存できるように乾燥剤とか入っていて、実は持って帰ってさらに部屋に飾る予定だった。
だけど大丈夫。私は一応カバンの中を確認すると、そこには元気なライダーがまだ2人。
よく言うよね、オタクは3つ買うって。使う用、保存用、それから予備。私ももちろん3つ買ってあった。
本当はもうちょっと色々楽しんでからゆっくり食べるつもりだったけど、まあいいや後2つあるし、今のはその中で一番できがよくない食べる用だったし。神社のお祭、神様の前でいいことしたと思えばいいや。
ただね、ただ一つだけ……
「おばちゃんはないだろう、おばちゃんは……」
確かにアラサーだけどさ、まだまだ青春真っ只中のつもりなのに、仮にも恩人に向かっておばちゃんは……
「そこはお姉ちゃんでしょうが!」
私は声に出さずに心の中でそう叫び、神様がそれを聞いて笑っていた気がした。




