短編小説「二人分の洗濯」
「洗濯機を買う時は家族人数分より大きいのを買いましょう」
家電を買う時は家族の人数に合ったサイズのを買えとはよく言われるが、洗濯機だけはそれより大きいのを買えというのを、私はかなり後になってから知った。
結婚する時に家電一式揃えたのだが、その時には新婚二人に適量の物をチョイスした。
冷蔵庫、レンジ、オーブントースターに食洗機、どれも二、三人分を目安にして、テレビとエアコンは部屋の規模に合ったものをと、できるだけ経済的に負担のない範囲で使い勝手が良く、ちょっとだけいい物を買うことを志した。
洗濯機ももちろん同じく、三人分ぐらいを洗えるサイズを買った。家電は10年が寿命だと聞いていたし、結婚後子どもが生まれて大きくなって、もっと大きいのが必要になった時に買い換えればいいだろうと思っていたからだ。
最初に少しいいのを買ったのが良かったのか、我が家の家電はどれも優秀で、寿命と言われる10年は楽々クリアしてくれた。その後の数年で順番に交代していくこととなったが、助かったのは大物の冷蔵庫と洗濯機だけは結婚20年となった今も、老体にむち打ちながらも現役でいてくれることだ。どちらも本格的に買い替えようと思ったら、5万や10万で済むものではない、できるだけ長くがんばってくれるに越したことはない。
男の子二人の年子に恵まれた我が家、冷蔵庫も洗濯機もフル稼働で、てっきり早くに選手交代が必要だろうと思っていたのに、子どもたちが順番に大学進学で家を出た今になっても、まだまだ両巨頭がしっかりと元の位置に鎮座ましましている。
子どもたちの手が離れてホッとすると同時に、大学生二人に仕送りするためにはまだまだ経済的には手を動かし続けるしかない。そんな時に、ちょっとばかり洗濯機が疲れた様子を見せるようになってきた。
「あー、また途中で止まってる」
どうやら洗濯物が偏って、脱水の途中で止まってしまうらしい。対策として「洗濯物がからまないボール」というのを100均で買って入れてからは回数は減ったけど、洗濯物の量に関係なく、止まってしまうことがちょこちょことある。
「もうそろそろ新しいのを買ったらいいんじゃないか」
夫はそう言うのだが、二人暮らしに戻って洗濯の量は圧倒的に減った。息子二人がいて、小さい時は小さい時なりにまめな洗濯が必要で、成長してからは活動量が増えるのに合わせて洗濯物が増え、一日に何回も回していたが、今は二日か三日に一回回せばそれで十分になっている。 そりゃもう当時は何回も、もっと大きいのを買っておけばよかったと後悔したものだ。そんな頃に洗濯機だけは人数分より大きいのをとテレビで言ってるのを聞いたのだ。
「大きければちょっとした毛布なんかも洗えますし、洗濯機だけは大きめを買っておけば損はありません」
全くその通りだと、ため息をつきながらうんうんと首を振ったなあと思い出す。
結婚当時にはまだそれほどドラム式というのが出回っていなかったので、特に考えることなく縦型全自動を買ったのだが、
「いいなあドラム式、夜に洗濯物入れてスイッチ押したら、朝には乾いているんだもの。あったら楽になるだろうなあ」
と思いながらも、やはり高い買い物であること、そういうタイプは洗濯のホコリが詰まってすぐに故障すると言ってた人があったことなんかから、
「今使ってるのが壊れたら考えよう」
と、結局今まで来てしまった。
どうせ買うのなら、その時にもうちょっと大きいサイズのそのタイプを買っておけば生活はもっともっと楽だっただろうなと思う。それを、今の状態になって、まだまだ動いているのに買い替えるというのはどうだろう。 何より愛着もできてしまっている。どうせなら限界までがんばってほしい、その思いが強い。
冷蔵庫も飲み込む量がすっかり減ってしまったので、今はゆとりを持ってじっくり老後の仕事を続けてくれているんだし、洗濯機ももっと本格的に引退を考える時になってからにしたい。
せっかくの夫の申し出はありがたいし、買うお金もないことはない。でも今はもうちょっと様子を見よう。
「あんたたちもがんばってくれてるんだもんね、私もあの子たちが立派に独り立ちするまでまだまだがんばるよ。それまでできる限りよろしくね」
今日もそう言って、すっかり少なくなった洗濯物を洗濯機から取り出すと、青い空が見える物干しへと急いだ。




