王子の誓い
「では、ロザリア。どうやってこれを動かす?」
アルベルト様の問いかけに、私は息を整えながら冷却装置の操作パネルへと向かった。
「……よし、まずはこれね」
刻一刻と迫るタイムリミットを思い出し、すぐに意識を目の前の装置へと切り替えた。
古代ドワーフの『冷却装置』。
金属の表面には無数のボタンやレバー、そしてルーン文字の入力を思わせるパネルが並んでいる。
一見すると不気味で複雑な古代遺物に見えるけれど――前世で電子レンジや洗濯機、様々な家電に囲まれて暮らしていた私にとって、この手の操作パネルの「構造」は何となく直感で理解できた。
ボタンの形状、感覚的な矢印、そして直感的に配置されたスタート用のレバー。
難解な魔法陣をゼロから構築するわけではない。前世で機械の簡単な操作に慣れ親しんでいた私にとって、この程度の構造を読み解くのは難しいことではなかった。
(ここを長押しして……基本出力を設定。それから――)
迷うことなく滑らかな手つきでパネルのルーン文字を押し、中央のレバーを順序よく操作していく。
ブウン……と、重低音が地下空間に響き渡り、装置が眩い光を放ち始めた。
「初めて見る古代遺物だろうに、迷いがない」
アルベルト様が感心したように呟く。
「前世の……いえ、私の長年の勘ともいうべきかしら」
照れくささを誤魔化しながら答えた直後、装置の稼働音が高まった。
装置の上面にある台座の上に、まるで透明なガラスでできたような、微かに白い光を帯びた【立体的な障壁ボックス】が静かに浮かび上がる。
「……なるほど。ここに入れるのか?」
アルベルト様が障壁ボックスを覗き込みながら尋ねてくる。
「たぶん……そうだと思いますわ」
「『たぶん』か……」
アルベルト様は一瞬呆れたように肩をすくめたが、それ以上は何も言わなかった。
彼は腰から鋭いナイフを抜き取ると、さらに予備のナイフも取り出した。二本のナイフを器用に使い、直接素手で触れないよう挟み込むようにして、地面に転がっていた『アパシーコロッサスの牙』を持ち上げた。
予期せぬ浸食を撒き散らし、あらゆる物を劣化させていた危険な牙。アルベルト様は微動だにせず、それを透明な白い障壁ボックスの中へと静かに投入してくれた。
「よし。上手くいくよう祈ろう」
そう言って、アルベルト様は私の肩を優しく掴み、二人で装置から十分な距離をとって下がった。
────
直後、冷却装置の稼働音が激しさを増していった。
ガガガガガ……! ブウン! ブウン!
「な、なに……一体どうなっているの!?」
装置全体がガタガタと激しく振動し、内部から聞いたこともないような高音が響き始める。音が大きくなるにつれて、私の心臓は嫌な予感で押し潰されそうになった。
(嘘でしょう……!? 失敗したの? それとも操作を間違えたの!? このまま爆発でもしたら――!)
装置の異常な音に動揺し、パニックになりかける私。
「落ち着け、ロザリア」
アルベルト様がすささっと私の前に一歩踏み出した。
彼は冷静そのものの声でそう告げると、両手を前に掲げる。
「大丈夫だ」
彼が短く魔法を放つと、眩い青金の光が私たち二人を包み込んだ。王族にしか扱えない、強力な『多重障壁魔法』だ。私を背中に庇うように立つ彼の背中が、恐ろしいほど頼もしい。
その直後だった。
――パンッ!!
弾けるような、甲高い破裂音が空間に響き渡った。
次の瞬間、激しい振動と音がピタリと止まる。
装置の周りに充満していた蒸気が少しずつ晴れていった。
「……え?」
私はアルベルト様の背中越しに、恐る恐る装置の台座を見つめた。
透明な障壁ボックスの中は――完全に「空っぽ」になっていた。
予期せぬ浸食を抑え込み、安全に保管するはずだった『アパシーコロッサスの牙』は、影も形もなく、綺麗さっぱり消え去っていたのだ。
地下玄室に、唖然とした沈黙が落ちる。
「消えた……ですって!?」
装置の白い発光が、まるで役目を終えたかのように、だんだんと弱く、儚く消えていく。
「嘘……そんな……っ!」
私の頭の中が、一瞬で真っ白になった。
激しいショックと絶望が身体を駆け巡る。
(失敗したんだ……! 浸食を抑えて安全に保存するはずだったのに、消滅しちゃった……!? あの牙は、この世界で私の防御力をカンストさせてくれる唯一のアイテムだったのに……! これで身を守って、悪役令嬢としての『破滅フラグ』を全てへし折る手筈だったのに……!!)
計画は完全に破綻した。
自分を守る最強の防御手段を失い、私はもう、定められた破滅の運命から逃れる術がない。
圧倒的な絶望に膝から崩れ落ちる。
────
「ロザリア」
絶望の底に沈む私とは対照的に、アルベルト様の声はどこまでも穏やかで、そして揺るぎなかった。
彼はゆっくりと私の方へ振り返ると、その場に屈み込み、呆然とする私の目線を合わせるように覗き込んできた。
「あ……アルベルト様……私、失敗して……防御力を上げる手段が……っ」
「落ち込む必要など、どこにもない、ロザリア」
アルベルト様は、私が先ほど打ち明けた前世やゲーム、悪役令嬢、そして『破滅フラグ』や『防御力カンスト』という常識外れなメタ要素を、彼自身の知性と冷静さで的確に砕いて解釈し、言葉を紡いだ。
「君の話の詳細は私には到底理解できん概念も多い。……だが、君が何に怯え、何をしようとしていたかは正確に理解できている」
アルベルト様は私の頬にそっと温かい手を添えた。
「君は、その『牙』が得られるはずだった絶大な力を使って、自分に訪れるという『破滅フラグ』とやらから身を守ろうとしていたのだな? そして、それが失われたことで、自分を守る術がなくなったと絶望している……違わないな?」
「っ……! ええ、その通りですわ……」
私は目を見張った。
彼は「私が自分を守る手段(防御力)を失って絶望している」という問題の本質を完璧に読み解いてみせたのだ。
アルベルト様はフッと優しく目を細めると、迷いのない力強い声で告げた。
「ならば、何も問題はないじゃないか。こうして君への誤解は解けた。あんな怪しげな道具の力に頼らずとも――君が恐れているその『破滅フラグ』とやらを、この私がすべて回避できるよう尽力しよう」
「アルベルト様……?」
「神が定めた運命など知ったことではない。私は、この国の王子であり、君の婚約者である限り――絶対に、君を不幸になどさせない。約束しよう」
そう強くと言い切ると、アルベルト様は力強い腕で、私の身体を優しく、けれど離さないようにしっかりと抱きしめた。
耳元で聞こえる、彼の力強く規則正しい鼓動。
包み込むような温もりが、冷え切った私の身体に伝わってくる。
「っ……あ……」
あんな突拍子もない話をしたのに、彼は余計な部分を深く追及せず、目の前にある私の恐怖と問題の本質だけを正しく理解してくれた。そして、道具を失って丸腰になった私を、自分の手で守ると宣言してくれたのだ。
困惑と戸惑いは隠せなかったけれど、一人で抱え込んできた悩みが、彼の温もりによってゆっくりと溶かされていくのを感じた。
私は差し出されたその温かな抱擁を拒むことができず、そっと彼の胸の中に身を委ね、その溢れるような想いを受け入れるのだった。




