【第一章】第二十六部分
玲駆がイジメに遭う美散を助けていた頃のこと。玲駆は両親に愛されて何不自由なく暮らしていた。
しかし、家族でドライブに出かけようとしていた時。三人は車に乗り込んだ。
「あっ、家に忘れ物をした。ちょっと取ってくる。」
こう言って家に駆け込んだ玲駆は『ギイイイ!ガッシャーン!』という、外で大きな衝突音を聞いた。
噴き出すような不安感が玲駆の全身を駆け巡り、家のドアをぶち壊す勢いで外に出た。
玲駆は目の前の光景があまりにも非現実的で、そこで起こったことは異次元のことにしか思えなかった。
家の車に大型ダンプカーが衝突していた。原型がわからないくらい破壊され、路面はドス黒い血液にまみれていた。
両親が亡くなり、玲駆は決して裕福ではない叔父さん夫婦に引き取られた。心が綺麗になるためには衣食住の充足が必要となる。昭和の時代に流行した『ボロは着てても心は錦』とか言う歌詞は幻想だからこそ、ヒット曲になったのである。『衣食足りて礼節を知る』ということが人間の生きるスベである。
叔父さんの家では、同年代のいとこと違う扱いを受けた。家計を維持するためには、当然の経済運営であって、それは決して悪いことではない。誰が悪いわけでもない。そんなことは子供にしては聡明な玲駆は理解していた。しかし、心の安らぎを失い、辛いことの持って行き場がなくなっていた。それが玲駆の本心を奥底に沈めてしまったのである。これを契機に美散との距離も果てしなく遠ざかってしまった。
巨人軍女子寮の部屋の中で、美散が智流美を見下ろしている。
「あのまま行けば玲駆に告白できたはずなのに、どうしてここに戻ったんだよ、智流美。ペタペタ。」
美散は大きく腕を下ろして、智流美のほっぺたを撫でている。
「何言ってるのよ、美散。アタシは告白しようとしたんだけど、ま、まだ人間界の空気に慣れていないから、吸い込んだ酸素が肺の中で酸化して活動が停止しそうになったんだから仕方ないでしょ。」
「酸素は始めから酸化してるよ!弱虫ペタペタ。」
美散は、苦虫を噛み潰しただけでは足りないぐらいに、怒りを口内で咀嚼してから言葉を発した。しかし、その手は智流美の頬を撫で撫で攻撃継続中。
「ちょっと、ペタペタは気持ち悪いからやめなさいよ!」
「あの老婆、都合のいい話だけしかしてなかったよ。この取説でハッキリしたよ、こんな風に書かれているんだから。強蟲ペタペタ。」
「そんなペタペタ、どの辞書でも定義されてないわよ!」
美散はペタペタの手を止めて、取説を読み始めた。六畳一間サイズである。




