第105話:大物ですの!
わたくしはベルファストの町に向けて駆けて行きます。
氷塊に押し潰された門が近づいてきます。血臭と冷気が漂いますの。
上空には眼下のわたくしたちの兵を狙っているであろう鳥型の魔族。攻撃の予兆か魔力の増大を感じます。
「〈跳躍〉」
わたくしは氷塊を蹴って上空へと駆け上がり、飛び回し蹴りを放ちます。右足の甲で魔族の首をへし折り撃墜。
わたくしは空中でバランスを整え、屋根の上に降り立って魔力と視力にて戦況を知覚します。
……先頭は義兄様、メインストリートを正面に。切り結んで正面から退かす動きですのね。とどめが刺せなくても後ろに任せて、真っ直ぐ突き進むことを目的としていますの。突出しがちですが、領軍の突撃隊、ユージーンたちはさすがに義兄様との連携に慣れている、上手く討ち漏らしを処理するなどフォローに回ってますわ。
右翼側、翠獅子騎士団が遅れてますわね。ですがかなりの上位魔族と交戦していた様子、今は魔族の気配は消滅していますし、騎士団が再び前進しています。これはむしろ金星と言えるでしょう。
先ほどまでわたくしの魔力にヤーヴォくんがアクセスしていましたし、彼が仕留めたのでしょうか?
「ふふ、やはり彼は魔力を扱えましたのね。魔術の知識が無さそうでしたし、生得魔術か契約者か分かりませんけども、素晴らしい力じゃありませんか」
さて、先ほどお父様の元に別動隊がいったのを考えても、思ったより魔族の気配が薄いですわね?
以前交戦したネガ……えー……ネガなんとかールという死霊魔術師がここでも術式を使っていたのでしょうか、動く死体の類はここにも見られますし、翠獅子騎士団が交戦していた魔族は石人形の類を作成する力があったのでしょう。石人形が散乱している様子や交戦している様子も見えますが、生命体、魔獣や魔族が思ったより少ないですの。
「ふむ、クロどう見ます?思ったより敵が少ないですの」
『さすがにアイルランドでの戦いを何年も見ていたわけではないので分かりかねますが、例えば別の場所に戦力を回す必要があるとかですかね?』
……ふーむ。別ルートでポートラッシュを攻めるとか?お父様を西側から侵攻させてますし、それだったら気付く可能性は高いと思いますのよね。あるいはアイルランド外で戦いがあるか?
ここで考えても分かりませんわね。
『それよりもレオナルド殿の向かう先、かなり強大な力を感じますよ』
「……わたくしには知覚できませんの」
レオ義兄様が向かう先はかつての領主館、つまりわたくしたちのお家ですの。魔力をわたくしでは感じられないということはそれだけ上手く力を隠蔽できるということですかね。
「急ぎましょう」
わたくしは屋根を蹴り、地上に降りて手近な動く死体共を蹴り飛ばしつつ先に向かいます。
「アレクサンドラ様!」「閣下!」
道を駆けていくと、周囲から声が掛けられます。戦闘が不利な状況があれば介入、傷ついた者がいれば治癒して前へと進みますの。
そして先頭、ちょうど義兄様は領主館の前についたところでした。
そこには高さ3mほどの巨大な石人形が門番のように立っており、義兄様がそれと交戦しているところでしたの。
「グオオオッ!」
義兄様が身の丈より大きい石人形を背負うように投げ飛ばしてもう1つの石人形に当てて両方を砕きます。
あれで魔法とか使ってないんですのよ。意味わかりませんのー……。
「レオ義兄様!」
「ガルル……」
義兄様はこちらを見て頷きます。そしてわたくしは領主館の門を蹴破ろうとしましたが、義兄様が手を出して止めます。クロからも思念が飛んできました。
『強大な魔力の持ち主がやってきますよ』
門が開きます。内から現れたのは男性。ふむ。身の丈は180cm程、外見は30歳程度で金髪緋眼の整った顔つきに、均整のとれた肉付きの人間そのものですの。直接見ていても魔力を完全に感じません。逆説的にここまで完璧に擬態できるということはそれだけ高位の魔族ということになるのでしょうけど……。
男はゆっくりと口を開きます。
「よくぞここまで来た、人間。レオナルドにアレクサンドラよ」
「おや、名前までご存じですの?」
彼は鷹揚に頷きました。
「無論。我が名はディストゥラハリ。偉大なる魔帝陛下より『西方の支配者、軍もたぬ公爵』を名乗ることを許されし者。我が子の仇を討つため、汝らをこの地で待っていたのよ」
支配者級、しかも公爵級魔族!それに……。
「子……ですの?」
「うむ、子というより我が子孫、我が血を引く者と言った方が正確か。今より10年前、そこな男にこの地で倒されたのだ。なぜならその魔剣、『人類殺し』は我が産み出したもの、子孫に預けた剣であったのだから」
ディストゥラハリは義兄様の腰元に指を向けます。
なるほど、確かに義兄様はベルファスト陥落の際、自らの剣は折れ、最後には魔族より奪った剣を持って戦っていたのでした。
「グルルルルゥ……」
「返す気はないそうですのよ」
「残念ながら……」
彼は虚空に手を掲げましたの。
「その魔剣を与え、真銘を付けたのは我なのでな。呼び寄せることも出来るのだ」
彼が口の中で恐らくその魔剣の銘を呟くと、魔剣は魔族の手の内へと転移しました。ちっ、わたくしは舌打ちします。
「ユージーン!」
「承知!おい!」
追いついてきたユージーン含め突撃部隊から何名かが自らの使っていた剣を地面に突き刺し、予備の武器に持ち替えます。
義兄様がそのうちの一本を手に取りました。
「ふはは、知っているぞレオナルド。我が同胞を数多殺した大罪人、剣の達人。だがいかな達人とて、この我と戦うのに尋常の武器では役者不足よな」
ディストゥラハリが踏み出して魔剣を振るいます。さして力を入れたとも思えぬ一撃、ですが義兄様は全力を込めて打ちかかります。
「グルァッ!」
鐘を撞いたかのような轟音が響きますの。そして鍔迫り合いのような体勢に。
「はは、我が押し切れぬとは大したものよ」
背の低いディストゥラハリの方が優勢に見えますの。全力で義兄様が下に押し込んでいるような状況。
……マズいですの!わたくしは剣を一本掴んで斬りかかります。
鍔迫り合いの状態でディストゥラハリが魔剣を引くと義兄様の持つ剣の剣身が斬り飛ばされました。そのまま義兄様を斬ろうとする動きをわたくしが剣で止めます。
剣技などろくに使えないわたくしですが、一瞬止めれば充分。義兄様がディストゥラハリを蹴り飛ばして間合いを開けました。
わたくしは握っている剣を見ます。今の一合で剣身の半分近くまで切れ目が入っていましたの。
剣を投げ捨て、わたくしは天に向かって叫びます。
「ナタリー!聞いてますの!父ブライアンに告げなさい!騎士レオナルドのための最高の剣を準備、10分!」
やー、これはキツいですのー。
「やれやれ、我を足蹴にするとは」
ディストゥラハリが言います。……んー。
「義兄様が蹴るのを手加減したなんてことはないですわよねぇ」
「グルル……」
3mの石像を投げられる義兄様の膂力で180cm程度の男を蹴り飛ばして、吹き飛ばされず間合いが開けただけ?
「あー、ディストゥラハリ。あなた公爵級にして軍をもたぬとは何故か聞いても良いかしら?この地、ベルファストに魔族が少ないことと関係がありますの?」
「我が力を振るった時、同胞含め周囲の者が全て死ぬからよ」
彼は首をすくめました。
くっそ、尊大な振る舞い!魔族での公爵という地位で部下が不要!義兄様と打ち合う膂力に吹き飛ばない重さ!
絶対魔竜種ですのこいつ!しかも最上位の!
手の内で〈閃光〉の術式を幾度も使い、上空に打ち上げます。
桃色……緑……水色……白……。
「マジですか!アレクサンドラ様!」
空に打ち上げた信号弾を見てユージーンが叫びます。
「問答は不要!わたくしとレオナルドを除き、総員、父ブライアンの元まで撤退!あ、できれば剣は追加で置いてって下さいまし!」




