第104話:ヤーヴォ
翠獅子騎士団と突撃部隊のみなさまが丘を駆け下りていくのを見送ります。
すうっ。と血の気が引いていくような感覚、魔力枯渇です。ぐらりとわたくしの身体が傾いていき……支えられました。
暖かくもしっかりとした巌の如き安定感。お父様ですの。
「無茶をする」
「えへへ」
「恐るべき魔力量は昔からだが、素晴らしい制御力だった。良く成長したな、アリー」
「ふふ、古い歌にあるようにいつまでも『子供じゃないの』ですのよ」
お父様は感慨深げにうんうんと頷かれました。
わたくしは振り返り、拳を突き上げます。歓声があがりましたの。
「さすがですお姉さま!」
ナタリーが両手に竜鱗を持ってやってきました。
「ふふ、気が利きますわね」
竜の鱗には魔力を蓄えることができますの。ちゃんと加工すればより多く、より長く使うことが出来るのですが、アイルランドにその技術が無いですのよね。
ですがまあ、竜鱗そのものは沢山ありますので……。
わたくしは受け取った竜鱗から魔力を吸い上げます。赤い竜鱗が色を失って砂のように崩れていきました。
わたくしの体内で魔力を回し、その半分をクロへ。
『ありがとうございます』
未加工の火竜の鱗はわたくしたちと属性的には噛み合って無いので、ちょっと胸焼けするような気分になるのですが、そうも言ってられませんの。ナタリーの後ろに控えていたトリシャから追加の竜鱗を受け取り、わたくしの魔力に変換していきます。
10枚くらい鱗を砂にしたところで、声がかけられます。
「アレクサンドラ様、そんなに魔力蓄えられるんですか?」
ふーむ。そうですわねぇ。
「これで魔力が半分くらいには戻りましたでしょうか。でもまあ、属性の関係でこれ以上はちょっと逆に属性が偏って体調を崩してしまいそうですの」
誰かがぼそりと大食いと呟きました。もー、なんかイメージ悪いですのよ。
ギャアギャアという叫び声、ふむ。ベルファストから有翼の魔族や魔獣がこちらへと向かってきます。かなりの大群ですの。
「敵襲ですわね、義兄様たちが攻めているのにこちらに兵を回す余裕があるのかしら?」
わたくしがそう呟くと、従軍していたハミシュが呆れたように声をかけます。
「お前、儀式魔術かってほどのあれだけ派手な魔術攻撃しておいて、そこを自由にさせておくと思うか?普通次を撃たれる前に潰さないとヤバいと思うだろ」
……それもそうですわね!わたくしは頷きます。
「ふむ、ではここで迎撃戦ですかね」
わたくしが構えると、頭に手が置かれました。お父様の手ですの。
「アリー、ベルファスト攻めに加わりなさい」
「む、でもここの防衛が……」
お父様は首を横に振ります。
「そんなのはわたしたちに任せておけば良い。アリーは君の愛する男がカッコ良く戦っているところを見に行きなさい」
顔に血が上るのが分かります。
みなさんの方を見ます。みなさんとても良い笑顔で頷かれますの。
トリシャが淑女の礼のように頭を下げました。
「翠獅子騎士団のみなさまをお願いいたします」
確かに、そちらもそうですわね。
「〈使い魔召喚:ザナッド〉!」
お父様が叫びます。お父様の足元に巨大な魔法円が現れ、そこからぬうっと片角の火竜の首が浮かび上がりました。
全身が召喚され終わるより前に、ザナッドは咆哮、空に向けて炎を直線状に吐き出します。空に紅い線が引かれ、その先にいた有翼の魔物が何体か炎に包まれて地に落ちました。
「ここはまかせて行ってこい、アリー!」「行ってらっしゃいお姉さま!」「アレクサンドラ様ご武運を!」
みながわたくしに声をかけ、わたくしは頭を下げてから叫びます。
「行ってきますの!Go Ahead!」
わたくしは坂を駆け下りました。
…………………………━━
「グオオオオォォォォ!」
レオナルド様が雄叫びを上げて丘を駆け下りていきます。
「さあ!行きたまえ諸君。わたくしの最愛の男が全ての敵を殺し尽くす前に」
アレクサンドラ閣下が美しく良く通る声で僕たちを激励します。
「「「応!」」」
と皆で叫んで丘を走り始めました。
僕も遅れじと走ります。
「ヤーヴォ、無理はするな」
左を走るイアン副長です。
「ヤーヴォ、気張れよ」
ヒギンズ伍長が右から話しかけてきました。僕は二人に向かって頷きます。
前回の戦い、イアン副長の従者である僕は、彼の、いや騎士団全体の従騎士のように立ち回りました。みなさんの盾や得物を持って交換したり、怪我した人が後方に下がるのを手伝ったりと、戦いを補助する動きです。
それが役に立たなかったとは思いませんが、閣下は戦いの翌日、僕に魔族を倒してくるよう命じられました。
そして閣下の魔力を込めた三つ葉をくださいました。
僕は走りながら胸元に入れた三つ葉を服の上から握りしめる。温かく澄んだ魔力を感じます。
そう、僕は騎士でも戦士でも無い。
……閣下は、僕の過去を知らないはずなのに。あの方は本質を見抜く。
僕の名前はヤロスラヴォヴィチ。失われしシティ・カプリコーン、西暦時代にモスクワと呼ばれ、今は魔界に沈んだ都市の末裔。
そしてかつてカプリコーンで研究されていた超能力という技術、超能力者と呼ばれる者の先祖返りだ。
「グアラアァッ!」
一面が砕けた氷に覆われた、先ほどまでは城壁であったところ。
門は、壁は、街並みは押し潰され、白く覆われています。そこに鮮血の赤が飛び散りました。
いち早く城門まで辿り着いたレオナルド様がその手を縦横に振るう度に悲鳴が上がり、赤が広がっていきます。
「レオナルド様に続けっ!」
左翼から声がします。ユージーン様というかつてのレオナルド様の部下だったという方が叫びます。左翼が前に出ようとしますが、それに負けじと僕たち右翼側も脚を早めます。
しかしその時、氷の陰から石人形の類が現れて道を塞ぎ、その裏から無数の〈魔法の矢〉が撃ち込まれました。
魔力で構成された光る矢。それは氷や石人形という障害物を縫うように避けて飛来し、騎士団の皆に襲いかかります。イアン副長が自身と僕に襲い掛かる矢を剣で叩き落としました。
騎士団の何人かは受け損ねて流血しています。……頭や胴など重症になる部位に当たった人はいないことを確認します。
しかし、そこに石人形たちが襲いかかります。動きは鈍重ですが、人型で人間以上の大きさの石の塊。体格に見合った巨大なハンマーで武装しています。
それらと斬り結ぶ間に前方が光り輝きました。
杖を手にした山羊のような頭をした男です。長い杖の先に無数の光を灯し、こちらへと突き出しました。
「〈魔術の矢〉」
雨のように矢が飛来し……、
「総員防御!」
イアン副長が叫び……、
「イアン!僕がやる!」
僕の口からひとりでに声が出て、手が前に出ました。
無数の矢が僕たちの前で軌道を変化させ、それら全ては天へと方向を変えます。
「はあっ……はあっ……」
「ヤーヴォ……」「ヤーヴォ坊?」
「呪われた子め!」
かつてかあさまと呼んでいた人の声が脳裏に過ぎります。
「出来損ないが!」
かつてとうさまと呼んでいた人の声が脳裏に過ぎります。
顔から血の気が引いていくのが分かります。
「ほう、大した魔術師がいるじゃないか」
山羊頭の魔族が音の割れたような不快な声で話し掛けてきました。
身体が強ばり、口の中が渇きますが、なんとか声を出します。
「こいつは……僕がやります。石人形を……お願いします」
それに何も反対を言うこともなく、騎士団の人たちが5人がかりで僕の前方にいる石人形に斬り掛かりました。
攻撃というよりは、相手の持つハンマーを抑えつけるような動き。
僕は石人形の横を抜けて走ります。
魔族が僕に〈魔術の矢〉、〈火球〉や〈稲妻〉などの術式を叩きつけてきますが、回避し、また避けられ無さそうなものは手を前に突き出すとそこに力場が発生し、向きを変えて逸れていきます。
「貴様、かなり高位の魔術師か?」
詠唱も術式名を言うことも無く魔術を発動しているように見えるのでしょう。魔族が僕に問いかけながら瘴気を叩きつけてきました。
気体だって吹き散らせます。僕は瘴気を散らしました。
魔族の前に対峙します。
「僕は魔術師ではない。ヤロスラヴォヴィチ、超能力者だ」
先祖返りの超能力者。念動力者。
幼い頃能力を暴走させては物を、人を傷つけた僕。
ちゃんとした超能力、精神力だけで物質に影響を与えることはできず、結局のところ魔力を介在しなければ力を使えない、出来損ないの超能力者である僕。
今も、ここまで辿り着くまでに魔力を使いきってしまっている。
僕の先祖はシティ・カプリコーンの出身。アジアが魔界に堕ちる際にヨーロッパ側へと逃れ、ブリテンで成功し、貴族となった一族。
イアンはその一族に仕えていた家柄。
僕が呪われた出来損ないとして家を追放されたとき、イアンは僕についてきてくれたんだ。
魔族が虚空より巨大な鎌を現出させた。
「なんだか知らんが、軽い物を吹き散らすのが得意なようだな。そしてもう魔力はほとんど残っておるまい」
さらに虚空に無数の〈魔術の矢〉を浮かべる。
魔族が山羊の顔に笑みを浮かべ、矢を放つと同時に斬り掛かってくる。
「呪われた、出来損ないで、騎士でも、戦士ですらない僕でも!」
胸元の三つ葉を握り締めます。閣下の魔力が僕の身体を駆け巡りました。
イアン副長は僕を護り続けると言ってくれた。
騎士団のみんなは戦士としては無能な僕にも優しかった。
レオナルド様は僕の悩みがちっぽけに思える程の苦難を歩んでいた。
アレクサンドラ様は何も言葉に出さなくともこの力をくれた。
トリシャさんはあの夜……この話をした僕を好きだと言ってくれた!
「だから……捻じ切れろ!」
僕の精神力が魔力で増幅され、突き出した左手から放出された不可視の力場が無数の〈魔術の矢〉を全てデタラメな方向へと散らし、突き出した右手から放出された力場が魔族へと向かい、鎌ごと身体を空中に固定します。
「なにっ!」
両手を重ねると力場が逆回転の二重の螺旋状に発生し、その間にいる魔族の身体をデタラメな方向に捻りました。
四肢の骨を砕き、肉を割き、皮膚を破って血が流れますが、その血もまた空中に躍ります。
僕は走り寄りつつ剣を抜き、腰撓めに構えて魔族の腹へと突き刺しました。肉を貫く感触。
「くそっ、化け物め……」
剣を捻り抜き、今度は心臓を刺して抜きました。
力場の放出をやめると鎌と魔族の身体が地に落ち、白い世界に赤い染みを作ります。
「出来損ないでも化け物でも……ここには護るべきものがあるんだ」
僕が振り返ると、ちょうどみんなが石人形を倒しきったところでした。こちらへと歩んできます。
「力を……隠してきてごめんなさい!」
僕は頭を下げました。
ヒギンズ伍長の戸惑ったような声がします。
「な、なんだよ。何で謝るんだよ。お、俺たちこそお前に1人で戦わせてごめんな?」
「こわく……ない?」
僕が顔を上げてそう言うと、ヒギンズ伍長が呆れたようにこたえました。
「いや、スゲーしビックリしたけどよ。……坊はアレやコレよりおっそろしくはねーよ」
と言ってヒギンズ伍長は先頭で咆哮をあげつつ暴風のように剣を振る姿と、手近な氷を指しました。みんな頷きます。
イアン副長が僕の頭に手を置きました。
……そう、そうなんだよね。
えへへ。
「よし、じゃあ先へ進もうか。レオナルド様に全て倒される前にな」
「「「応!」」」
イアン副長の言葉に、僕もみんなも答えました。




