対話
パチパチッ、と鞄の中で音が鳴ると同時に、死神様の大鎌の動きが止まった。
「——待って、ください」
反射的に叫んだその言葉が失礼きわまりない発言だったことに気付き、言い直す。
「——なんだ」
低く、暗い声で死神様は問う。
——正直言って、怖かった。
死神様は私のことを簡単に死の国送りに出来るだろう。下手したらこのひとつの魂を消すことすら出来るかもしれない。今の一振りで、鞄の中の糸はほとんどが切れてしまった。次にあの大鎌を振り下ろされたら一巻の終わりだ。
だけど。だけど。
逃げるわけにはいかない。
「……お話ししたいことが、あるんです」
「……ならば、話を聞こう」
死神様は、大鎌の周りに黒い炎を纏わせたかと思うと、それを消してしまった。大鎌をしまってくださったのかもしれない。
「……で、話とは何だ」
その言葉が、私たちの対話の始まりだった。
「私、ずっと疑問だったんです。どうして、死因を思い出せば現世に戻れることを教えないんですか?」
「……例えば、これを見ろ」
死神様は私の問いを聞くなり、赤い手帳を取り出した。勝手に手帳のページがめくられ、ピタリと止まる。そこには、虹色の文字が踊っていた。
「この者は、たった今馬車に乗っている者」
それを聞いて顔を上げると、窓の外に光が見えた。もしかしてあれが、馬車の光?
「ここにはあの者の最長の寿命と、いつ死にかけるような出来事が起こるか、またその理由、その時死ぬ確率が書かれている。そしてその死ぬ確率は、現世に戻れることを教えない前提で計算されたもの」
淡々とした声だった。
死神様の表情は、仮面に隠されて分からない。
「そういう決まりなのだ。それに理由などない——あるいは」
死神様のその声は、だんだんめんどくさそうな……と言うよりかは、投げやりな声になっていた。
「私が最上位の死神になるずっと前、私がまだ生まれてさえいない頃に、別の死神が定めた決まり……それ故、私が理由を知らないだけかもしれぬ」
そんな理由なのか。いや、最早それは理由にはなっていない。
「それなら……死神様ですら理由を知らないならば、変えてしまってもいいのではないですか」
「なぜ変える必要がある」
その頑として受け付けないと言わんばかりの口調に、
「——私は!」
叫んでいた。
嫌な間が空いて、私はハッと我に帰る。
「……すみません、お見苦しいところをお見せ致しました。……その、私はもし、あの時に自分が死にかけていたことを知らされていれば、思い出せばまだ怒られることを知っていれば、どんなに思い出せない可能性が高くても——死ぬ可能性が高くても、思い出そうとしたはずなんです。だけど知らなかったから、だから……そのまま電車に乗り続けてしまいました。だから——」
「——だから車掌になったのは分かっている。ただ……考えが回っていなかった」
考えが……回っていなかった?
「不公平なんだ。お前のしていることはつまり、回葬電車に乗る者だけを優遇することだ。他の乗り物に乗るものたちはどうするんだ? 回葬電車に乗る者だけが現世に戻れることを知らされるのか?」
……ドキッとした。
その声は、静かな怒りに満ちていたのだ。表情はやはり、仮面に邪魔されて見えない。しかし、怒りに歪んだ表情が見えた気がした。
そして、死神様の言うことは正しかった。
そう、やはり私は車掌などやってはいけなかったのだ。それは不公平だから。そして、その人の運命を変えうるから。
でも。だとしても。
「……ならば、全ての乗り物で教えれば良いのではないですか」
私は、譲らない。
今も死にゆく人がいるのなら。その人が死を望まないのなら。
私は教えたい。
現世に戻れることを。戻る方法があることを。




