死神の手帳Ⅲ 非公認
「そのようなこと、アキコは答えを知っているのでは?」
私は素直にそう思った。アキコもうなづく。
「はい。回葬電車に車掌はいないと母から教わりました。しかし……」
「しかし?」
「私の友人から聞いたのですが、彼女の幼馴染が、回葬電車に乗った時に車掌に会った、らしいのです」
「なに?」
耳を疑うとは、まさにこのことだ。
「……一体、どういうことだ?」
「私も伝え聞いただけなのでなんとも言えませんが、その彼が——友人の幼馴染が人身事故に遭って回葬電車に乗ったとき、車掌がやって来たそうなのです。そこで、自分はこの電車を降りる方法を知らずに死んでしまい、そのことを後悔したために車掌になったと言っていたそうです。電車に乗るようになった理由を思い出せれば現世に戻れる、と伝えるために」
私は本を捲る。
今日調べようと思っていたこと。それは、8ヶ月ほど前から回葬電車に乗っていた魂が現世に戻ることが増えたことだ。たとえ、どんなに死ぬ確率が高くても、何故か現世に戻ってしまう。
もしかしたら、その理由は……。
「車掌の名は、分かるか?」
「……少々お待ちください」
そう言うなりアキコは、胸元から何か四角いものを取り出した。それは光り、様々なものを映しはしたが、私達が持つ手帳とはまた異なる、人の子の技術による物だった。アキコはそれをしばらくいじっていたかと思うと、不意にそれをしまって「お待たせしました」と言った。
「花籠ちりか、だそうです」
彼女の声に反応したのか、本のページが光を放ちながらめくられていく。それが止まったとき、そのページにはチリカという者のことが浮かび上がっていた。
『花籠ちりか
命日 2016年10月6日(回葬電車)
現在地 回葬電車内
死の国に入ったことはない』
「……丁度8ヶ月、か」
「どうかなさったのですか?」
アキコは不思議そうに首をかしげる。
「これを見てほしいのだが」
私はページをめくり、たった今、回葬電車に乗っている魂の情報が書かれたページを見せた。
「手を触れてもよろしいでしょうか? そうしないと見れないので」
手を触れないと見れない。不思議なことを言うな、アキコは。
「……まあ、構わんが」
アキコは本に手を触れる。そして5分ほどそうしていたが、不意に顔を上げた。
「……この人、死ぬ確率があんなに高かったのに……どうして、現世に」
「この者だけではない。こんなことが、8ヶ月前からずっと続いている」
アキコは手を離した。
「1人だけだったらまだ理解できます。でも……」
アキコはそこまで言って、何かに気付いたかのように目を丸くする。
「彼女が、車掌をしているから……」
私はうなづく。
「どうやら回葬電車には車掌がいるらしいな。ただし……」
「……リック様は、知らなかった。非公認の車掌だった……ということですか?」
「そういうことだ」
「詳しいことは運転手や川の守り人に聞いてみよう。今日はありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました。もし会うのでしたら、妹に——川の守り人に、よろしくお伝えください」
川の守り人……たしか、ナカムラサトミと言わなかっただろうか?
「ほう、あの者はアキコの妹か」
「はい、双子の」
そう言ったアキコは、懐かしそうな顔をした。そんな顔をされては、そうするしかなかろう。
「あの、リック様。最後に、手を繋いでいただけますか?」
アキコが手を差し伸べる。
「? 構わんが」
その手を握ると、突然、闇が訪れた。
「——そうか」
——ようやく理解した。
白い杖の意味も、先程の言葉の意味も。そして、手を繋いだ意図も。
「ここに来るのは、大変ではなかったか?」
「いえ。杖に案内してもらいましたから」
そう言って、アキコは笑うが……。
白い杖。確か、現世で「白杖」と呼ばれ、目の見えない者が使う杖だ。アキコは目の見える者よりも苦労したに違いない。たとえ、間の国の者の力を使えるとしても。その力で、手を触れたものだけ見ることができるとしても。
「帰りは、間の国まで付き添いをつけようか?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
少しだけたわいもない会話をして、アキコを応接室から送り出した。
流石に、この家を出るまでは付き添いを付けた。




