死神の手帳Ⅰ あり得ないお客様
「……変だな」
私は書斎で椅子に座り、机の上で広げた赤い手帳を見つめて、呟いた。
しかし、それについてゆっくり考える暇もなく、ドンドン、と戸を叩かれる。そして、聞き慣れた声。
「リック様、お客様がいらしております」
思わず首を傾げ、すぐそこにあった緑色の手帳を広げる。記憶が正しければ今日は珍しく予定はなく、だから今まで変だと思っていたことを確認できると思っていたのだ。
(——はて、今日は客など来ないはずだが)
予定があれば、ページを開けばすぐに虹色の文字が紙の上を踊り、教えてくれるはずだった。しかし、紙は白紙のまま。つまり、予定は、ない。
「……誰が来た?」
「そ、それが……」
戸惑ったような声。
「言えないような相手なのか?」
少し苛立って口調を変えれば、声は慌てふためいて、
「い、いえ! そういうわけでは……ただ、変わったお客様でございまして」
「……ほう」
変わった客とは、どんな客なのか。
「わ、私も信じ難いのですが……」
不自然に、間が空く。扉の向こうから何度か、深呼吸が聞こえたから、そのせいだろう。
「——げ、現世に住む者でございます」
「なんだって!」
思わず立ち上がり、そのまま硬直する。
(どうしてここに——越国に、現世の者が? しかも、なぜ私の元に?)
私は越国に住む最上位の死神——つまりは死神のトップで、死の国や花畑、回葬電車などの魂を運ぶ乗り物たちの管轄をしている死神だ。
越国には普通、神や天使、悪魔といった存在が住む。一応現世に行くための道はあるが、越国の者しか通れず、よって現世の者は来られないはずだった。なのに……
(……現世の者が来るなんて)
「——と、とにかく、客を応接室に通せ。失礼のないように」
「はい!」
従者がばたばたとその場を去る音を聞きながら、机の引き出しを開けた。その中にあった髑髏の仮面を被り、床まで着きそうなほど長く黒いフード付きのローブを被れば、皆が見慣れた、いかにもな死神の姿が出来上がる。
いくつかの手帳をかき集めるなり、指を鳴らして一冊の本にして、部屋を出た。
コツコツ、とわざと足音を響かせて歩いた。自分はここにいるぞ、と知らしめるために。そして、応接室にいる、現世から来たという客人に威厳を示すために。それだけ上にいる者が来ると分からせるために。
応接室の戸を開ける。
「——初めまして、リック様」
美しい所作で立ち上がり、微笑みながら胸に手を当て、その後に礼をしたその者は、現世に住む者のようには見えなかった。むしろ、越国のどこかに住んである者のようにすら見える。死神に対しての礼儀作法を知り(礼をする前に胸に手を当てる、その行為が死神と会ったときの礼儀作法だった)、自分の名すら知る人間が、現世にいるのか、と。
「——これは驚いた」
思わず呟き、私も胸に手を当てる。
「どうぞ、おかけください」
思わず、滅多に使わない敬語が口から零れ落ちた。




