日記帳Ⅰ 幼馴染
「……あ、波瑠じゃん! 久しぶり」
うちのことを呼んだのは、幼馴染の優太だった。
「優太! 久しぶりだね。どうしたの? 図書館なんて珍しい」
「読書感想文を書くことになって。波瑠は?」
「借りたい小説があったのと、あとは論文の資料を——」
「待って。僕ら高3だよ?」
「うん」
「なのに論文?」
「うん」
優太はそこで、大きな、大きなため息をつく。
「さすが市内トップ校だね」
「そっちこそ上から2番目でしょ」
ここは図書館の中なので、私は静かに笑う。
つられて優太も、少し笑った。
「……あ、あった。これを借りたかったんだよ」
目的の本を見つけたのか、優太はそう言って右手をあげた。
その手首には、前にあった時はつけていなかった3色の糸でできたミサンガをつけていた。
「それ、綺麗だね」
「えっ?」
「ミサンガ。前はつけてなかったよね」
そう言うと、優太は困ったように笑う。
「……そうなんだよ。2ヶ月前に、後輩にもらってね」
「素敵じゃない」
「そう? 僕も実はこれ、気に入ってるんだ。……じゃあ僕、この本借りに行ってこようかな」
優太は左手に本を持ち替え、本を振ってみせる。
「そうね。私は論文に必要な本を探してこな——」
——大きな、傷跡。
「どうしたの、この傷跡!」
思わず駆け寄って、問い詰めた。
「あー……これ? ……うん、色々あってね……」
どうも歯切れが悪い。
「何があったのよ?」
優太はしばらく黙り込んでいた。しかし、しばらく睨んでいると、優太はとうとう観念した。
「……正直に話すよ。長くなるから、休憩コーナーに行かない? そこで何か飲みながら話そうよ」
「……2ヶ月前のことだよ」
優太は休憩コーナーにある自販機で、2本の飲み物を買った。ここだけは飲食が許されている。多少の会話も可能だ。
「はい、これ」
「ありがと」
優太が買ってくれたコーヒーを手に取る。うちの好みを覚えていたのか、もしくはたまたまか。
優太は梨ジュースを開けて、飲み始める。一気に350mlほどのペットボトルの4分の1を飲み、ため息をついた。
「——人身事故に、遭ってね。生死を彷徨った」
優太は笑う。
遠い目をして。
視線は宙を漂っていた。
そして、懐かしそうだった。
「不思議な電車に乗って、その時に、このミサンガをもらったんだ」
さっきのミサンガを揺らしながら、優太は言った。でもここで、疑問が浮かぶ。
「……待って。それ、後輩にもらったって言ってたじゃん」
「うん。後輩にもらったよ。でも……」
優太は顔を伏せる。
「その後輩はもう……当時の半年前に、だから今から8ヶ月前に、亡くなっていた子でね」
優太はため息をついた。
「本当はもっと生きられたのに死んでしまったことを、彼女は後悔していたんだ。それでその子は死の国に行くのをやめて、あの電車で車掌をしていたんだよ」
「あの電車って?」
「僕がいつの間にか乗っていた電車……かいそうでんしゃだよ」
——回送電車?
「死にかけた人の魂を、死の国に運ぶ電車さ。彼女はその電車のことを説明する時、こう言った。回り葬る電車と書くのです、と」
回り、葬る電車——回葬電車。
その意味に気付き、鳥肌が立った。
「彼女がいなかったら、僕は今頃、死の国にいただろうね」
「……そっか。つまり、その傷は、人身事故に遭った時の——」
「そうだよ」
……そんなことが、あったのか。
全然、知らなかった。
「その子、なんていう子なの?」
「……ごめん。彼女との約束なんだ。それは教えられない」
私の問いに、困ったような顔で、申し訳なさそうに答える優太。
「他の人には、回葬電車に乗ったことすら教えてないんだ」
「……そうなんだ。ごめんね、ありがと」
うちは手に持っていたコーヒーのことを思い出し、一口飲む。
(——8ヶ月前、かあ)
実はうちには、8ヶ月前に亡くなった従兄弟がいた。
彼女はうちの従兄弟であり、1番の親友だった。
「うちにはね、従兄弟がいたんだ」
「そうなの?」
優太はなぜうちがこの話を始めたのかが掴めていないようだ。
「人身事故で、8ヶ月前にね。従兄弟だったけど、1番の親友だった」
そう言うと、優太は納得したような顔をした。
「……そっかあ。その子、なんていうの?」
「——ちりか。花籠、ちりかだよ」
「——花籠、ちりか……⁉︎」
「ちりかのこと、知ってるの?」
「——後輩だよ。僕にミサンガをくれたのは、ちりかだった」




