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十四章 加護




 腹が減っては戦は出来ない。戦ではなく旅だが。


 まともな眠りの後は、まともな食事。


 まだ町は慌ただしいが、宿の一階の食堂は通常営業中。


 宿同様、通常運転のマイペースなカトレアさんと共に朝食か夕食かわからない食事をすることに。


 席に付いても水がサーブされることはなく、セルフという訳でもない。土地柄水は有料なのか、それともこの世界にはそもそも水をサーブする文化がないのかすらわからない。


 メニューは普通にテーブルに置かれているので目を通すが、なんの料理かは料理名だけでは判別不可能。


 言葉の意味は、頭の中で勝手に漢字変換されるが、“泥風鶏肉灰町煮”や、“沼地鶏肉花都焼き”だったり、“青泉産香草卵白壁風味”とか変換されても、どんな味のどんな料理が運ばれて来るかよくわからない。


 これらが世界共通の料理と言うこともないだろうから、正直に告白。


「初めて見る料理ばかりなので、カトレアさんのオススメを頼んでもらってもいいですか?」


 私の言葉にカトレアさんの目が輝く。そして意気揚々と注文。なんでそんなにテンションが上がるのだろう?


 “砂漠平原定食”なるものを注文。いや、ネルダーハ定食と言った。


 他の料理も、何か地名などが由来なのかも知れない。


 まず運ばれて来たのは赤いソーダ水。普通のガラスっぽい材質の8オンスタンブラーに入っている。


 さっそく飲んでみると、ザクロみたいな甘い味わいが胃にしみる。思えば、満足な糖分も摂取していなかった。リュックに入っていた飴やチョコレートは、キングアースビートルにぶちまけられて回収出来なかった。


 料理を待っている間、テーブルに身を乗り出したカトレアさんが耳打ちする。


「実は急いで服着たから、下着付け忘れたの」


 ブフゥッ! 思わず飲み掛けのザクロジュースを吹き出す。


 はい? 何を言っているんだこの人は?


 “てへぺろ”とでも言いた気な照れ笑いのカトレアさん。


 冷静に対応。


「着て来てください」


 カトレアさんは人差し指をあごに当て、ちょっと首を傾げながら「う~ん」と考えてから答える。


「目の前にいるレイちゃんが気付かなかったなら大丈夫大丈夫」


 手をパタパタ振り軽い反応。それを確認する為の耳打ち?


 なんだろう? この世界の人が変なのか、カトレアさんが特別変なのかわからない。


 次に運ばれて来たのは、プレートランチのようなもの。


 縁の部分に黄緑のラインが一本引かれただけのシンプルな白い皿に、サラダや薄いパン。それに挽き肉を焼いたそぼろ状のものが乗っている。


 パンは餃子の皮みたいなサイズと薄さ。


 カトレアさんがそれに野菜とそぼろを巻いて食べるので、私も見よう見まねで食べてみる。


 複雑な香辛料の効いたスパイシーな肉炒めと、それを包むもっちりとしたパンがなんとも美味。


 思えば、この世界に来て二週間以上、草と根しか食べていない。まさしく草根木皮の食生活だった。


 家族に喜んで貰う為に料理の腕は磨いたが、もともと食になど関心はなかった。なかったのに、食の喜びに泣きそうになる。動物性タンパク質が身にしみる。


「レイちゃん、辛かった? 大丈夫?」


 私の表情を勘違いしたカトレアさんが心配してくれた。


 ふるふると首を振る。


「あまりにも美味しくて。ずっと草や根しか食べてなかったので」


 それで全てを察したカトレアさんが涙ぐむ。変な人だけど、優しい人だ。




 腹ごしらえも終わり、カトレアさんと共に乗り合い馬車の停留所へ向かう。


 乗り込んだ馬車は、内装こそここへ来た時の馬車と同じだが、車輪が大きく歯車のような突起がある。このパドル車輪のようなデザインは、悪路仕様と思った方がよさそうだ。


 進路は北西。向かうのはファイラスタと言う街。


 かなり大きな街らしい。


 カトレアさんが御者のお兄さんと何か交渉をし、タダで乗せてもらえることになった。


「どういうことですか?」


 カトレアさんはにまっと笑う。


「護衛出来るくらいの冒険者が同乗してくれれば、馬車も安全だから無料で乗せてもらえるのよ」


 ちゃっかりしている。と言うか、よもやそれが目的で私を旅に誘ったのでは?


 微妙な疑惑を抱きつつ、馬車は目抜通りを走る。


 この町に来た時とは反対の通りだが、町並みは特に変わらない。茶色の土が地続きに建物になっている。防壁の上から見た時も、別段変わった場所はなかった。


 歩きでも、1時間も掛からず町の端から端まで行けるだろうが、建物は密集しているし、どの建物にも地下室があると言うので、軽く2000~3000人は住んでいるかも知れない。


 馬車の旅を開始してわかったことは、カトレアさんがだいぶお喋りだということ。


 馬車の中でず~っと喋っている。


 世間話的な雑談からでも、様々なことが知れるので聞き役に徹する。私に一緒にラクリスへ行かないかと言ったのは、話し相手が欲しいからに違いない。


 アセラを出て1時間ほどで、景色が様変わりする。


 白い。


 全てが白で埋め尽くされた白砂漠である。


 石膏か石灰か? 地球の白砂漠はほとんどそのどちらかだが、さて異世界の白砂漠は何で出来ているかな?


 白砂漠に入ると同時に、乗客は全員武器の手入れを始める。カトレアさんを除いてだが。


 綺麗な薔薇には棘がある。何か危険な魔物でも出るのだろうか?


「綺麗なんでちょっと散歩して来てもいいですか?」


 鳩が豆鉄砲と言った面食らった顔をしたカトレアさんは、すぐにこりと微笑みうなずいた。


 御者のお兄さんにも一言掛けて馬車から飛び降りる。


線刃ラツィラが出るから気を付けろよ」


 線刃ラツィラ? 魔物の名前だろうか? まあ、街道で出る魔物なんかどうでもいい。


 着地と同時に、ふわふわのやわらかな砂に足が沈む。


 ザクザク砂を掻きながら、パドル車輪の馬車は砂をものともせず進んで行く。それこそ砂丘さえ登って越えて行く。


 その横を並走するように走る。


 ざらざら舞い散る白い砂。


 どこを見渡しても真っ白。青い空とのコントラストが素晴らしい。


 波形に連なる砂丘。風が描くいくつもの線が漣のように並ぶ。


 自然美に打ちのめされ、無条件に感動が込み上げる。


 立ち止まり、砂をすくいあげると、さらさらと指の隙間からこぼれ落ちる感触が心地よい。


 熱い日射しが照り付けるが、砂はそれほど熱くはない。石膏の砂漠は熱くなり難いので、石膏か石膏に似た性質の物質と思われる。


 砂漠の感想はさておき、期待に応えよう。


 砂漠の一点を見詰めながら、備前長船を鞘から抜く。


 刀を抜く時の、キンッという金属の当たる音が、戦いのスイッチみたいで気持ちが戦闘モードへと切り替わる。


 魔物の気配が追って来ていたから、適当なことを言い馬車から下りた。


 白い砂に同化するような色合いだが、気配がわかる私にはまるわかり。


 数メートル先の砂からニョキっと現れる細い線状の魔物。


 蛇というよりは、平べったいその見た目は標本で見たサナダムシ似のフォルム。


 剣のように鋭い先端で私を狙っている。


 おそらくこれが線刃ラツィラと言う魔物だろう。


 威嚇する蛇のように上体を反った次の瞬間、突きのように突進。


 遅い。軽く避けて備前長船で斬り上げる。


 まるでガラス細工を叩いたような手応えで、その感触通り、粉々に砕け散る。血一滴流すことなく、黄緑の光に転じて消えた。


 いよいよ生物らしさすらない魔物の登場か。


 トロワの操っていた火鳥イル・フィーアを、天使の少女は魔法生物と言っていて、トロワもそれを認めていた。御者のおじさんは火鳥イル・フィーアを移動型の魔物だと言っていた。


 魔物と魔法生物は同じ意味の言葉なのか? 否、同じ意味の言葉なら、頭の中で同じ言葉に訳される可能性が高い。と言うことは、御者のおじさんはあの魔法生物を魔物だと勘違いしていた可能性がある。


 魔法生物と魔物の違いはなんなのだろう? 知識が足りな過ぎて知る術がない。


 街道沿いの線刃ラツィラを粗方倒し馬車に戻る。


「レイちゃんお帰り」


 にこりと微笑みで出迎えるカトレアさん。辺りを警戒する他の乗客を尻目に、おやつタイムなのかドーナツのようなお菓子をもぐもぐ食べている。


「ただいま戻りました」


 とか一応言ってみる。


「散歩は楽しかった?」


 ブーツに入った砂を馬車の外に捨てながら「はい」と答える。


「レイちゃん走るの早いのね」


 速度は今レベル13にしている。それが早いと言うことは、カトレアさんのレベルはそれ以下と言うことになるのだろう。


 世間一般のレベルはわからないが、私はそこそこ強い気がする。


 みんなが恐れた黒犬アインリを楽に倒せ、みんなが絶望した火鳥イル・フィーアを倒せた。


 とはいえ、悪魔トロワや、それを倒した天使とはどれ程の実力差があるのかもわからない。まさに雲泥の差だ。私は、あのレベルの者にはなす術もなく蹂躙される程に弱い。


「レイちゃんどうしたの?」


 私の僅かな表情の変化を気遣いそう言うカトレアさん。本当に気配りの人だな。


「アセラで、私は何も出来なかったなと思って。私はまだまだ弱い。強くなりたいと改めて思ったんです」


 カトレアさんは目をぱちくり。


「強者の悩みね。あたしは少なくともレイちゃんみたいに強い子供には会ったことないから、自分の強さに自信を持っていいと思うよ」


 子供って、私のことをいくつだと思っているのだろう? それに強者とか言ってるし。


「私はそんなに強くないですよ」


 カトレアさんはニコニコ笑う。


「またまた~、そこいらの騎士より強いのに、レイちゃん謙遜し過ぎ」


 騎士なるものの強さを知らないので、なんとも言えない。なので聞いてみる。


「騎士ってどれくらい強いんですか?」


 人差し指をあごに当て、少し首を傾げるポーズ。前にも見た気がするから、カトレアさんの癖かも知れない。


「う~ん、確かほとんどの国で騎士の最低条件レベルは、基本能力三つのレベルが15以上だったはず」


 15以上って、一番レベルの高い速度すら届いていない。


「やっぱり買いかぶりもいいところです。私なんか防御が低過ぎて馬車のゆれにも耐えられず、お尻が痛いくらいです」


 回復魔法を掛ける程ではないけど、痛いことは痛い。特にこの砂漠は砂丘の起伏もあるから車内はだいぶゆれている。


 カトレアさんが驚愕の表情を浮かべ、食べかけのドーナツを落とす。


「嘘でしょ? お尻が痛い? なんで?」


 頭の中に疑問符が浮かぶ。なぜそんなに驚くのだろう? そんな変なことを言っただろうか?


「今説明した通り、防御が低いからです」


 口をぱくぱくして言葉にならないくらい驚くカトレアさんに代わり、御者のお兄さんが言う。


「おいおい、冗談だろ? 足が速いのはさっきのでわかったが、強いっていうから護衛として乗せたんだぜ?」


 私の防御は3だが、この反応からわかることは、3と言う防御のレベルは低過ぎると言うことか?


「防御は低いですけど護衛は出来ます。さっきもこの辺りの線刃ラツィラを全部倒して来ました」


 カトレアさんや御者のお兄さんだけではなく、武器を握りしめる乗客の全員が私を凝視する。


 上擦るような、震える声で御者のお兄さんが言う。


「はは、は、なるほど。だからセーゼーセ白砂漠に入ってから、一匹も線刃ラツィラが現れないのか。疑って悪かった。あんた心覚者しんかくしゃで戦士か。最強の護衛だ」


 心覚者? そんな言葉に脳内変換されることを言った。


 御者の言葉で車内の緊張は安堵に変わった。それほどに心覚者というものへの信頼が強いようだ。


 その心覚者が心覚者を知らないというのはおかしな話なのだろうが、知らないことを知らないままにしておく訳にはいかない。


「心覚者ってなんですか?」


 カトレアさんが、呆れと感嘆混じりのため息をこぼす。


「レイちゃん心覚者だったんだ。心覚者っていうのは“心”の能力を有する人のことよ。滅多にいない稀少な能力者よ。主に索敵能力に優れていて、魔物を発見出来たり、敵意や害意から、攻撃予測も出来るっていう超優秀な能力よ」


 まさしく私の能力。改めて言われると超便利な能力だと気付かされる。


 その稀少能力が一番上がりやすいと言うのはどういう偏り方かわからないが、ようやく自分の能力のタイプが見えて来た。魔法と回避と索敵が得意という、典型的な遠距離型の魔法タイプと思われる。


 御者のお兄さんが会話に加わる。


「それにしてもお尻が痛いは大げさだろ? 防御が5あれば、日常生活では怪我なんかしない。どこか痛くなることだってないだろ?」


 ひとつ一般的なレベルがわかったかも知れない。防御5はあるものという認識。なので正直に言ってみる。みんなの反応いかんによっては、私の攻撃と防御の上がり難さがどれほど異常かがわかる。


「私の防御は上がり難すぎるので3です」


『えぇ~ッ!?』


 車内に響く驚きのハモり。やはり相当異常なようだ。


 御者のお兄さんがハモりの後に言う。


「いやいやいや、防御が5以下とか普通にあり得ないだろう」


 そんなにひどいのか?


「きっと私には防御の才能が皆無なんです」


 ちょっといじけ気味の私の言葉に、カトレアさんが困惑気味に言う。


「レイちゃん、上がりやすいか上がり難いかの問題じゃないの。“加護の儀”を受けていれば、誰でも防御は5まで上げてもらえるの」


 加護の儀? 上げてもらえる? まさかのレベル会話で墓穴を掘ってしまったか?


 世間知らずキャラ確立の為にも、ここはもう突き抜ける意味も込めて正直に言おう。


「加護の儀が何かわからないです。生まれてからずっと師匠と山奥で修行をしていたので、一般常識に疎いんです」


 再び驚きが広がるなか、カトレアさんだけが優しい微笑みを浮かべ、丁寧に説明してくれる。


「加護の儀はね、子供が生まれるとシザリス教徒の方々が来て、防御のレベルが5になるまでロファルスを注いでくれるの。御者さんが言ったように、防御5になれば、日常生活で怪我をすることもほとんどないし、病気にも強くなって、健やかに育つ目安のレベルなの。まだ“力符ロファルス・エンテリア”の言葉で“力玉ロファルス・フェンサー”を出して能力の変更が出来ない赤ん坊は、注がれたロファルスを本能で全て防御に振り分けるから、赤ん坊にロファルスを注げば自動的に防御が上がる。針が皮膚に刺さらなくなるのがレベル5からで、そこまでロファルスを注ぐ。上がりやすい上がり難いの個人差は度外視して、レベル5まで上げてくれるのが“加護の儀”よ。この世界に生まれた全ての子供に施される恵みだから、防御のレベルが5以下の人っていうのは……」


 そこで言葉につまり、苦笑いでごまかした。


 つまり、お金に困り、そのロファルスを防御から外した人くらいということか。


 なるほど。みんなの驚きがようやく理解出来た。それは驚くはずだ。


 さらに面白いことも聞けた。“シザリス教徒”。シザリス暦と十中八九同一人物だろう。宗教の開祖で暦にまでなっている人物か。只者ではないな。


 さて、どうしたものか? いっそ借金の形に売られた設定にでもしようか?


 小説は書き慣れているので、でたらめな身の上話のひとつや二つなら5秒で思い付く。


 涙ながらに防御のロファルスを解除した話をしようとした時、フード付きのアバヤを着た人物がしわがれた声で話し出す。


「いや、心覚者ならそういうこともあるかも知れないよ。心覚者の赤ん坊は本能的に防御より心のレベルを上げるから、加護の儀で防御を5に出来ないと聞いたことがあるよ」


 声でおばあさんであることがわかった。前の馬車でも思ったが、お年寄りはやはり物知りのようだ。とにかく、その援護射撃で嘘八百を並べずに済みそうだ。


「そうなんですね。防御よりも心の方が身を守るのに適しているからかしら?」


 おばあさんはうなずき、さらに言う。


「じゃろうな。ただ、心覚者であることがわかると、シザリス教へ連れて行かれ英才教育を受けるとも聞いたがな」


 そこで首を傾げた。


 うっ、これは一難去ってまた一難か?


 カトレアさんが何か閃いたように手をパンっと叩く。


「あっ! だからレイちゃんお師匠さんと暮らしていたんだ。シザリス教徒に“誘拐”されないように」


 んっ? カトレアさんがなんかぶっこんだ気がする。


 “誘拐”って、その解釈が合っているのか間違っているのかも、今シザリス教の存在を知った身としてはわからないが、車内は緊張で包まれる。


「おいおい、お嬢ちゃん滅多なこと言うもんじゃないよ」


 カトレアさんは小首を傾げる。


「ん~、でも事実ですよね? シザリス教が加護の儀をする本当の理由は、才能のある子供の囲い込み。防御の上がりやすさで、ある程度才能がわかるから、そのまま才能のある子をさらっちゃうんでしょう?」


 カトレアさんの言葉の真偽のほどはわからないけど、私でも場の空気が凍り付いているのがわかる。


 この空気の読まなさは天然か計算か? うん。やっぱりカトレアさんが特別変な人で間違いない。


 カトレアさんの空気の読まなさはわかったが、みんなのこの空気感はなんだろう?


「はははっ、冗談がキツイな。シザリス教あってのオレたち庶民じゃないか」


 カトレアさんは、天然ぽけぽけの雰囲気の微笑みのままさらに言う。


「才能ある赤子の犠牲の元の。ですよね?」


 車内の空気は明らかに悪くなる。


 御者のお兄さんは、苦い顔で吐き出すように言う。


「だとしても、オレら庶民にはどうしようもない。誰かが戦わなきゃならないなら、それは才能のあるやつらに任せるしかないことだ。シザリス教は、それを効率よく支援してくれて、オレら才能のない庶民の防御を5まで上げて守ってくれている。ありがたいことじゃないか」


 渋い表情ながら、他の乗客もうなずき御者のお兄さんの意見に同意する。


 このことからわかることは、御者のお兄さんの意見が大勢意見であり、カトレアさんの考えは少数意見と言うこと。


 カトレアさんは変わらぬ微笑みを浮かべていたが、目の奥は笑っていない。これ以上は口論に発展すると思い、カトレアさんの手をそっと握る。


 はたと、私を見たカトレアさんは、静かな笑みで小さくうなずいた。


「そうですね。ありがたいことです」


 心のこもっていない言葉なのは誰の目にも明らかだったが、それで会話は途絶えた。


 どちらの言い分もきっと正しい。正しいから、妥協点はない。


 この世界が抱える問題を垣間見た気がした。




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