天の声(2)
遠くの方から、かすかに聞こえてくるような声だった。
最初は、空耳なのかと気にしなかった。
あまりに蜜芽のことばかりを考えていたから、空耳が聞こえてきたのだろうと思ったのだ。
ところが、歩き続けていると空耳と思った声がはっきりと頭の中で響くように聞こえてきたのだ。
幻聴が聞こえているのか、それとも自分がおかしくなったのかと、頭を左右に振ったりもしてみたが、声はよりはっきりと響いてくるようになった。
そして、その声が蜜芽であることが自分の中で確認できたのだ。
しかし、確認できたからと言って、一方的に聞こえてくる声にどう返していいのか分からない。
コンタクトが取れるなら、蜜芽の監禁場所を聞き出すこともできるだろうが、あの時の重吾には蜜芽と会話をすることができなかったのだ。
「やっぱり、あれはテレパシーだよな……」
湯船に口元まで浸かり、目を閉じる。
『蜜芽、もう一度声を聞かせてくれ。どうしたら、お前と話すことができるんだよ』
目を閉じたまま、頭に蜜芽を思い浮かべ、心で語りかける。
テレパシーなど、生まれてから今まで経験したことがないだけに、どうやったら交信できるのかが分からないのだ。
重吾―――
すると、頭の中の蜜芽が語りかけてきた。
『蜜芽?』
『そうだよ』
『これは、オレの妄想か? オレが勝手にイメージの蜜芽にしゃべらせてるのか?』
『そうじゃないよ』
『いや、こんな風にコンタクトが取れるはずない。きっと、これはオレの妄想なんだ。オレはテレパシーなんてやったことがないんだから』
『ごちゃごちゃうるさいよ! 重吾の悪いところだよ、それ! 重吾がテレパシーを使ったことがないだけで、私にはその力があるんだから、気にするなよ!』
どうやら、確かに本物の蜜芽のようである。
なぜなら、自分の妄想の産物なら、ここまで言うはずがないのだ。
『やっぱり蜜芽なんだね!』
本物の蜜芽とテレパシーで会話ができる事実に、驚くと共に新たな力の発見に妙な喜びを感じていた。
『だから、そうだって言ってるでしょ!』
健太が思っていたように、蜜芽は蜜芽のままらしい。
監禁されて涙してるなんてことはないようだ。
『悪かったね! 涙してるようなひ弱な少女じゃなくて!』
思ったことが伝わってしまうのがテレパシーの厄介なところのようだ。
『重吾はテレパシーの初心者だからね。心がオープンなんだよ』
『蜜芽はオープンじゃないのか?』
『私はテレパシーを使うようになって長いからね』
『今までもこうやって誰かと交信してたのか』
『そうだよ。テレパシーを使える相手は何人か知ってるから』
『だったら、さっさとそういう仲間に助けを求めればいいじゃないか』
『この状況下で助けてくれって言って、誰が助けに来れる? 大体、誰といつも話してると思ってるのよ。大人とコンタクトしても楽しくないでしょー。ということは同年代、せいぜい一歳とか二歳上ぐらいだよ。それで、どうやって助けてくれるのよ』
確かにそうだが、それならどうして重吾に助けてくれと言ってきたのか。そこが気になる。
『決まってるじゃない、重吾と健太は生まれた時からの友達だもん。こういうときは、まずそういう友達を頼るべきでしょ。それが親友じゃない』
変な理屈である。
『テレパシーで話すことができるなら、もっと早くにコンタクトしてくれたら、今日の一日を無駄にしなくてすんだのに』
『そんなの知らないよ。重吾の方が私のコンタクトを受けてくれなかったんだから。健太にはテレパシーの能力がないし』
確かにその通りである。
早くコンタクトをしてくれと言っても、受け取る側に力がなければどうにもならないのだ。
『それにしても、どうしてオレにテレパシーができると分かった?』
『そんなの分かるわけないじゃん! ただ、重吾の声が聞こえてきたから、その声に応えただけだもん』
なるほど、そういうことなのかと納得したところで、頭がぼんやりしてきた。
どうやらのぼせてきたらしい。
『いい加減、お風呂から出たら? 倒れるよ』
そんなことまで分かるのかと思いながら、勢い良く浴槽から立ち上がった。




