天の声(1)
歩いても歩いても見つからず、自分たちにはどうすることもできないのかと、不安と焦りと諦めが心を支配しようとしていたときだった。
「これ以上は暗くて探しようが無くなるな。君たちの家の人も心配するから、今日はこの辺で終わりにしようか」
裕也が疲れを隠しながら車に乗り込もうとしていた。
「そうだなぁ。暗くなったら庭の中なんて見えないもんな」
さすがに自称運動少年の健太も疲れを隠せないらしい。
そんな中で、重吾だけがひたすらじっと一点を見つめ続けていた。
「おい! 重吾。さっきからどうしたんだよ」
「え……。う、いや。なんでもない」
「また明日探すかい? でも、君たちは学校があるから無理だね」
「学校かぁ。でも、そんなこと言ってる場合じゃないよな。なぁ、重吾」
「うん……。早くしないと、蜜芽が危ない」
呟くように言うその言葉が妙に重く聞こえる。
「蜜芽が危ない? そうかなぁ」
健太には、蜜芽に限って危ない状況などありえない様に思えてならないのだ。
「でも、君たちは中学生なんだから、学校を休むわけにはいかないだろ」
「……ズル休み……しても、いいかも」
「え!」
重吾の言葉に思わずのけぞる健太である。
なぜなら、今まで健太がズル休みしようと誘っても、『皆勤賞ぐらいしか賞が取れないんだから、だめだ』と健太をたしなめてきたのだ。
もちろん『皆勤賞しか取れない』のは健太のことなのだが。
健太にしてみたら、重吾が皆勤賞狙いで毎日学校に顔を出しているのだろうと思っていたのだ。
「そんなに驚くことないだろう」
「だって、今まで……」
「今までと今とでは状況が違うだろ」
確かにその通りなのだが、納得の行かない健太だ。
「ズル休みねぇ。バレたら叱られるよ」
「裕也さんは学校ですか?」
「大学は夏休みに入ってるからね」
「えー! もう、夏休みなのかよ! いいなー。オレぜってー大学に行く!」
羨ましくてたまらない健太であるが、その前に高校に行くことを真剣に考えた方が良さそうだ。
「じゃぁ、明日も付き合ってもらえますか?」
重吾の方は、大学生の裕也が夏休みに入っていようがいまいが、そんなことは気にならないらしい。
「おまえ! 大学生がもう夏休みだって聞いて、羨ましくないのかよ!」
「健太。今はそれどころじゃないだろ」
「そうかもしれないけど……」
口を尖らせる健太。
「いいけど、本当に学校はいいの?」
さすがにズル休みと聞いて、『はい、そうですか』とはいかないらしい。
裕也が困ったというように眉間にしわを寄せた。
「ただ休んだんじゃ学校から家に連絡が行きます。だから、裕也さんに頼みがあるんです。オレの親の変わりに、学校に連絡を入れて欲しいんです」
「……いいよ」
裕也はニヤリと口元を歪めると、いたずらっ子のように笑った。
「え、じゃぁ、オレは? オレの親の代役で電話してくれる人も裕也さんがやるの?」
「健太の親の代役まで頼んだんじゃ、学校だって同じ声だから怪しむだろ。そこは、変声期を先に迎えているオレがやってやるよ」
どうも重吾はいつも一言多い。
「変声期を迎えているからって、大人じゃないんだからな!」
健太にしてみれば、いつまでも女の子のような声のままの自分が嫌なのだ。
それを知っていて、重吾が変声期を先に迎えていることをほのめかす。
「分かってるさ。でも、オレは父さんとも間違われるくらいに大人の声に近づいてるから、都合がいいだろう」
「なるほどね。確かに、重吾君は渋い声だよね」
「しわがれ声ってだけだろ」
健太が面白くなさそうに言うが、重吾は健太が不貞腐れれば不貞腐れるほど、優越感が生まれるのだ。
そこのところを健太は分かっていないのだ。
ということで、明日の朝は学校へ連絡するということで、またしても早朝から行動することにした。
もちろん、親には適当に理由をつけることを忘れてはいない。
中学生といっても悪知恵だけは大したものである。
家に辿り着くと、健太も重吾も『またな』と言って重たい玄関ドアに消えていった。
真っ暗になった外から帰宅した息子に、一言二言の小言が降ってきたが、二人とも疲れきっていたので、親の爆弾投下は免れた。
健太はさっさと風呂に入ると、用意されていた夕飯をかき込むようにして食べ、自室へと入り押入れから引っ張り出した布団にもぐりこんだ。
「マジ疲れたよー!」
最早、パソコンに向かう元気すら残っていないようだ。
そして、そのまま夢の住人へと化したのだった。
一方重吾は、ゆっくりと湯船に浸かっていた。
「あれはなんだったんだ……」
ぬるい湯が体の疲れを溶かすように、今日のことが蘇ってくる。
それは、日が傾きだし、影が伸びだした頃だった。
疲れた足を引きずりながら、それでも『蜜芽! 蜜芽!』と心の中で繰り返していたときだった。頭の中に響いてきた声があった。
重吾! 健太! 助けて―――




