第1話 追放
僕は、冒険者として何の取り柄もなかった。
剣を握っても魔物1匹まともに倒せず、魔法の才能もない。体力も人並み以下で、危険を察知する勘も鈍い。冒険者に必要なものを、僕は何1つ持っていなかった。
それでも、仲間の役に立ちたいと思っていた。怪我をした仲間がいれば手当てをし、疲れている仲間がいれば荷物を代わりに持った。食料が足りなくなれば自分の分を減らし、誰かが失敗すれば責めるより先に慰めた。戦えない僕にできることなんて、それくらいしかなかったからだ。
けれど、そんな僕を待っていたのは、仲間からの感謝ではなかった。
「ノーラン。お前、やっぱ邪魔だわ。消えろ」
冒険者ギルドに併設された酒場で、リーダーのレックスが言った。
金色の髪をきれいに整え、仕立てのいい服を着た彼は、高級な酒を片手に椅子へ深く腰かけていた。腰には装飾の施された剣がある。剣の腕だけでなく、名門貴族の息子という身分まで持っている男だった。彼の父親は王都でも名の知れた大商会を経営しており、レックス自身も金と人脈を使って着実に名声を集めていた。
彼が率いるパーティーは、王都でも有数の実力者として知られている。
その中に、僕がいた。
「……終わりって、どういうこと?」
「そのまんまだよ。お前、クビ」
レックスは面倒くさそうに手を振った。
僕は思わず周囲を見回した。同じパーティーの仲間たちは、誰も驚いていなかった。それどころか、全員が当然のことのように酒を飲んでいる。
「ま、待ってよ。僕、何か失敗したかな? もし迷惑をかけていたなら謝るから……」
「失敗? 失敗しかしてねえだろ、お前」
レックスが鼻で笑った。
「魔物と戦えば足を引っ張る。敵が来たら真っ先にビビる。お前がいるせいで、俺たちはいつも余計な手間をかけさせられてんだよ」
「でも、野営の準備や道具の管理は、ちゃんとやってきたつもりだよ。みんなが怪我をしたときも、薬を塗ったりして……」
「んなもん、誰でもできるだろ」
言い返す言葉が見つからなかった。
僕が担当していた仕事は、荷物の整理、食事の準備、装備の手入れ、薬草の補充。誰かがやらなければ困る仕事ではあったけれど、僕でなければできない仕事ではない。
それでも、僕なりに頑張ってきたつもりだった。
「お前さ、勘違いしてねえか?」
レックスはグラスを置き、僕を見上げた。
「俺たちがここまで来られたのは、俺たちが強いからだ。お前が飯を作ったからでも、荷物を運んだからでもねえ。お前なんかいなくても、俺たちは何も困らねえんだよ」
「……そんな」
「そもそも、お前をパーティーに入れてやったのは誰だと思ってる? 俺が拾ってやったんだぞ。感謝くらいしろよ」
周囲から笑い声が漏れた。
僕は唇をかんだ。
冒険者になりたての頃、僕をパーティーに誘ってくれたのはレックスだった。戦闘能力が低い僕でも、雑用ならできるだろうと言ってくれた。あのときは本当に嬉しかった。自分にも居場所ができるのだと思った。
その言葉を信じて、今日まで必死に働いてきた。
「……分かった。今までありがとう。それじゃ……」
「は?」
レックスの表情が変わった。
「何を勝手に話を終わらせようとしてんだ?」
「えっ?」
「お前、俺がどれだけ我慢してきたと思ってる? 役立たずのお前を置いてやったせいで、俺たちがどれだけ迷惑被ったか分かってんのか?」
レックスは立ち上がり、僕の胸ぐらをつかんだ。
酒場の客たちがこちらを見ている。止めに入る人はいなかった。レックスの家柄を知っているのだろう。彼に逆らって面倒に巻き込まれるくらいなら、見て見ぬふりをした方がいい。そんな空気が酒場全体に広がっていた。
「す、すみませんでした……」
「謝るだけなら猿でもできるんだよ!」
レックスの拳が僕の頬を打った。
視界が揺れ、床に倒れ込んだ。口の中が切れたらしく、血の味がした。頬が熱い。痛みで涙がにじんだが、僕はすぐに顔を上げた。
「ご、ごめんなさい……」
「気持ちわりぃ声出すんじゃねえよ」
レックスはテーブルの上に置かれていた酒瓶を手に取った。
何をするつもりなのか分からず、僕は床に座り込んだまま彼を見上げた。次の瞬間、頭から冷たい液体が降り注いだ。
「っ……!」
酒だった。
髪を伝って顔に流れ、服に染み込み、床にぽたぽたと落ちていく。鼻を刺す強い酒の匂いにむせながら、僕は目を閉じた。酒場のあちこちから、どっと笑い声が上がった。
「おい、ノーラン。お前は実家に戻ってママのおっぱいでも吸ってろ」
空になった瓶をテーブルに置き、レックスが僕を見下ろした。また笑い声が響いた。
「冒険者なんて向いてねえんだよ。剣も振れない、魔法も使えない、すぐ泣きそうな顔をする。お前みたいな無能は死ね。それがこの世界のためだ」
僕は何も言えなかった。
「ほら、さっさと失せろ。ああ、そうだ。ちょと待て」
レックスは僕の荷物を引き寄せると、中身を床にぶちまけた。着替えや手袋、薬箱が散らばる。その中から小さな革袋を拾い上げ、彼は中身を確かめた。
僕がこれまでの報酬から少しずつ貯めていたお金だった。
「あっ、それは……!」
「何だよ。文句でもあんのか?」
「そ、それは僕のお金だよ。宿代もあるし、明日からの生活費も……」
「お前が起こした損害の補填だ。こっちはお前を連れて歩いたせいで、何度も余計な出費をしてるんだよ」
「でも……!」
「俺に逆らうのか?」
レックスが目を細めた。
僕は口を閉じた。
彼の家は金持ちだ。冒険者ギルドにも顔が利く。彼が一言告げれば、僕はこの街で仕事を見つけることすら難しくなるかもしれない。
そんなことを考えると、もう何も言えなかった。レックスは僕の革袋を懐にしまった。
「よし。これでお前との関係は全部終わりだ。二度と俺の前に顔を出すな。次に会ったら、今度はその情けない顔が潰れるまで殴ってやる」
僕は床に散らばった荷物を拾い集めた。
酒で濡れた服が肌に張りつく。頬は腫れ、体のあちこちが痛かった。周囲から浴びせられる笑い声に背中を押されるようにして、僕はその場を立ち去った。
扉が閉まる直前、仲間たちの声が聞こえた。
「これでやっとまともなパーティーになったな」
「最初からいらなかったんだよ、あんな奴」
僕は振り返らなかった。
振り返っても、誰も僕を見送ってはくれないだろうから。




