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あんよあんよ、じょうずねあんよ  作者: 彩ぺん
異知話「夏虫は氷を笑った」

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1/7

 エンジン音だけが、暑さで歪んだように轟き続けている。運転席に人などいないかのように。

 ガードレールにぶつかった車のエンジンは、一定のリズムで唸りあげて止まらない。

 炎天下でアスファルトは煮えたぎり、世界は捻じ曲がって見える。そんな中、道路にある落とし物のような細い足には、あるべき胴体が繋がっていなかった。

 引きちぎられた布はアスファルトに張り付き、陽炎の中で猩々緋(しょうじょうひ)が咲くように滲んで沈む。茎と花びらのようなそれは、まるで彼岸花のようだ。

 ジイ……ジイジィ……ジイィ……

 蝉が咽び泣く。事故現場に居合わせたサラリーマンは、血の気が引いた両足でなんとか立っていた。

 異常な光景を目撃したせいなのか、耳の奥で、キィイキィと、まるで耳の中で金属が擦れているような音がする。

 彼は震える手で、真夏なのにかじかむ指でスマホを操作した。

 ふっ——艶妖なため息が耳を舐め上げた。甘ったるい香りが鼻先にまとわりつく。サラリーマンは即座に何かいると、周囲を見渡した。

 何もいない。車通りの少ない交差点に居るのは、()かれた子供と、不気味な音を奏でる車と、自分だけ。

 耳の奥で虫が飛ぶ音がして、真夏なのに一気に体の冷える。手が滑ってスマホが道路に落ちた。


 カタコトンッと。


 ✴︎


 カタンカタン、コトンカタンと電車に揺られながら、幸司(こうじ)は生あくびをした。

 冷房が効いている車内は快適だ。日々の仕事疲れで眠気はあるが、今日は親友の結婚式。服装もあってか、自然と背筋が伸びる。


 結婚式は素晴らしいものだった。新郎は大親友。小学校からの友人たちが何人もいる。だからつい、飲み過ぎた。

 明日も休みなので、披露宴の後も飲み会だ。地元の駅前にある居酒屋で、幼馴染たちだけで飲むからさらに楽しいだろう。新婦は披露宴会場で親しい友人たちとアフターパーティーというものを楽しむらしい。

 真夏の太陽も湿気も容赦なかったが、居酒屋は非常に涼しいので生き返った。

 居酒屋の予約しかしていないけど、一応幹事なので、個室の出入り口近くに腰を下ろす。座席が奥の人に、注文用のタブレットを回してもらった。


「幸司。(りゅう)はもう、飲めないって」


 誠也(せいや)が、眠そうな竜の上着を脱がしている。


「おう。無理するなー。他にウーロン茶のやつは?」


 誰もいなかったので次はビールの人数を確認。その次はハイボール。このメンバーの一杯目はどちらかだ。

 ほどなくして主役の悠平(ゆうへい)が到着。幸司たちは悠平の挙式や披露宴での様子をからかい、改めて祝福し、やがて昔話に花を咲かせた。

 そして、誠也が(とおる)の名前を出した。幸司の唇に自然と力が入った。気にしたくないと、ビールジョッキを掴んで(あお)る。

 ゴクリとビールを喉に流し込むと、耳鳴りがした。ほぼ同時に歌と拍手、赤ちゃんの笑うような声が耳の奥で蘇る。熱が出る前のような悪寒が全身を駆け抜けた。

 

「あの意地悪だった徹が車椅子バスケで活躍とか信じられねぇよな」


「悠平はあいつとインテレで繋がっていたなんて」


 誠也と悠平の会話を幸司は聞きたくなくて、向かい側に座る瑞貴(みずき)に話題を振った。お前はそろそろ結婚するのかと。


「俺? いやあ、どうなんだろう。まだ付き合って一年だし」


「会社の先輩が……」


 幸司の言葉を遮るように、誠也が話しかけてきた。


「なっ、幸司。徹が事故に遭う前の日に、幸司があいつと肝試しに行ってくれたんだよな?」


 にこやかに笑う誠也と目が合う。しかし、彼の表情はみるみる曇った。幸司の体温も冷えていく。


「幸司? どうした?」


「……飲み過ぎた。トイレ」


 鼻先で鉄錆の臭いがする。指が微かに震えて、またしても、あの歌が聴こえた気がした。


——あんよ

——あんよ

——じょうずねあんよ


 幸司は席を立ち、トイレへ向かった。急がないと吐きそうだ。居酒屋バイトの経験があるから、吐いたら迷惑だと分かっているけど、気持ち悪さは止められない。

 トイレへ着き、崩れるように個室の中へ入り、服を汚さないようにしゃがんだ。便座の蓋に腕を置いて額をくっつける。冷房の効きが悪くて、生臭いというか独特な臭さが充満している。

 吐きはしなそうだが、気分不快は治らない。きゃっきゃっと赤ちゃんの笑い声がしたので思わず振り返る。扉があるだけで誰もいない。足音はなく、人の気配もしない。

 落ち着けと自分に言い聞かせて、ゆっくりと立ち上がった。蓋を開き、便座に腰を下ろす。両手で顔を覆い、深呼吸を繰り返した。

 あれは、あの日のことはもらい事故だった。地蔵を蹴ったのも、賽銭泥棒も徹だけがしたこと。

 けれどもあの夜、幸司も恐ろしい目に遭った。小学校の間は、何度も夢に見たけど次第に忘れたというのに、徹の名前を聞いたせいで、小学生の時の記憶が蘇ってしまった。

 

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