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最終話「好感度オーバーフロー」

 太陽泥棒で断罪されかけた時点で、私はもう“怖い”の感情をどこかに置いてきていた。

 代わりに胸の中にあるのは――


(これ、勝てる。だって相手が正気じゃない)


 正気じゃない法廷に、正攻法で殴り込んでいる私もまあまあ正気じゃないけど。

 でも“壊れている”なら、“壊れ方”を利用するだけだ。


 裁判長が咳払いをし、威厳の顔で言った。


「被告レオナ。太陽を盗んだ罪をどう弁明する」


「弁明の前に確認していいですか?」


 私はゆっくり手を挙げる。


「この国、今も昼ですよね?」


 裁判長が一拍遅れて言う。


「この国、今も昼ですよね?」


「いやそれ私の台詞! 裁判長、しっかりして!」


 傍聴席が「ざわ……」と鳴る。相変わらず一定。

 でも今日は“ざわ”がどこか楽しそうだ。絶対、法廷のBGM担当が笑ってる。


 私は庭師に向き直った。


「証人。あなたは“私が太陽を盗んだ”と言いましたね?」


 庭師は口を開き――


「レオナ様は……庭で……」


「戻るな!!」


 ここで私は、昨日ロランに教わった“閉じた質問”を投げる。


「太陽は、今、空にありますか? ”はい/いいえ”」


 庭師は、真顔で答えた。


「はい」


「じゃあ盗めてませんよね? ”盗み未遂”ですらないです!」


 裁判長が言う。


「盗み未遂ですらないです」


「裁判長、あなたは私の弁護人なの!?」


 ユリウス殿下が、堪えきれないように口元を押さえている。

 ロランは肩が震えている。笑いを殺している。

 騎士団長カインは真顔で頷いてる。


 ……なんでみんな、こんな状況に順応してるの。人間って強い。


 私は畳みかける。


「裁判長。本件は証言の信頼性が崩壊しています。理由は三つ!」


 指を一本ずつ立てる。


「一つ、証言が途中でループする。二つ、証拠品が勝手に減る。三つ、太陽を盗むという物理法則違反!」


 裁判長は、妙に納得した顔で頷いた。


「物理法則違反」


「そこだけ反応するな!」


 ここで、法廷の空気がふっと変わった。

 “ざわ……”の音が一瞬止まり、代わりに――


「きゅいん」


 ……なんか、変な効果音が鳴った。

 いや、効果音というか、やけに軽い電子音。


 え、今の何?

 法廷にそんな音源ある?

 王宮、スピーカー仕込んでる?


 次の瞬間、ユリウス殿下が立ち上がった。


「裁判長」


 声が、いつもより低い。

 しかも、いつも以上に“決め台詞っぽい”。


「レオナ・ド・ベルネッテは無罪だ。私が――彼女を守る」


 ……


 …………


「待って待って待って」


 私は手を前に出した。


「殿下、それ今言う場面ですか? 法廷で“守る”宣言、重いし、方向性が違う!」


 殿下は一瞬、びくっとした。

 でも次の瞬間、顔が真っ赤になって、また言う。


「レオナを守る」


「二回言った!? ループ感染してるし、内容が恋愛イベント!」


 殿下がさらに言う。


「レオナ。君は……私の――」


「ストップ! “私の”の続きはまずい! まずいぞ!」


 でも止まらない。

 殿下の顔の横で、なんかキラキラした光が舞った。

 いや、光っていうか、恋愛演出みたいなやつ。

 私は目を見開いた。


(やめて!? それ、裁判のエフェクトじゃない!)


 続けて、ロランが立ち上がる。


「裁判長。私も意見がある」


 ロランの声も、妙に“告白前”のテンションだ。

 嫌な予感しかしない。


「レオナ嬢は、私の研究対象です……いや、違いますね。研究対象以上です」


「言い直しが一番ヤバい形になってる!!」


 ロランは私に向けて、普段の飄々とした笑みを浮かべた。


「君の存在は、私の世界を――」


「広げなくていい! 世界を広げなくていい! 法廷を狭めて! 論点を狭めて!」


 その横で、カインが立ち上がった。

 あ、ダメだ。

 カインが立ったら終わる。

 あの人、真顔で一番重いことを言う。


 カインは背筋を伸ばし、まっすぐ私を見る。


「レオナ様。私はあなたを……護衛したい。ここにいては危険だ。今すぐにでも安全な部屋に閉じ込め――避難しなくては……」


「護衛は職務! 職務として言って! 感情を載せないで! 後半漏れてるから!」


 カインは真顔で言う。


「職務として言っている」


「嘘つけ! 今の声のトーン、100%私情!」


 法廷が、ざわつき始めた。

 でも、いつもの一定音量じゃない。


「ざわっ」

「ざわざわっ」

「ざわぁっ!」


 ……揺れてる!

 “ざわ”が感情を取り戻してる!


 私は思わず傍聴席に向かって叫んだ。


「あなたたち! やればできるじゃない! 昨日まで音声データみたいだったのに!」


 裁判長が木槌を叩く。


 コン、コン。


 ……今日は違った。

 二回の音が、微妙に違う。

 木槌も感情を取り戻してる。どんな世界よ。


「静粛に!」


 裁判長が叫んだ瞬間、なぜか自分でもう一回叫んだ。


「静粛に!」


「セルフ復唱やめろ!」


 裁判長は咳払いをし、ようやく裁判らしい顔で言った。


「……被告が誘惑している可能性がある」


「こらぁぁぁ!」


 私は即座に机を叩いた。


「誘惑じゃない! 私は太陽泥棒の弁明をしてただけ! それがどうしてハーレム形成になるの!」


 裁判長が言う。


「ハーレム形成」


「そこに反応するな!」


 ユリウス殿下が、私に一歩近づき、手を差し伸べた。

 この距離、この角度、この演出――完全に“手を取ってダンスへ”の構図。


「レオナ……君は――」


「殿下! 今は法廷! 舞踏会じゃない!」


 すると殿下の立ち絵が一瞬だけ、またメイドの姿になった。


「……失礼しました、お嬢様」


「そこでメイドモードに逃げるな!!」


 ロランが真面目な顔で裁判長に向き直る。


「裁判長、ここで重要なのは裁判の公正性です。恋愛感情の介入は――」


 裁判長が言う。


「恋愛感情の介入は――」


 ロランは続ける。


「――むしろ、真実を浮かび上がらせる場合もありますね」


「ロラン様!? あなた弁護人じゃなくて恋愛推進委員会!?」


 私は頭を抱えた。

 この法廷、今までは“バグってるから勝てる”だったのに、

 今は“バグってるから恋愛が暴走してる”。


 どっちに転んでも地獄!

 でも、地獄の種類が違う!


 その時、被害者席――つまり本来私を断罪する側にいるはずのユーフェミアが立ち上がった。


「裁判長!」


「やめてユーフェミア! あなたが立ち上がると本当に終わる!」


 ユーフェミアは真っ直ぐ前を見て、清らかな声で言った。


「レオナ様は悪くありません!」


「それは助かる! 助かるけど、今は大人しくしてて!」


 ユーフェミアは続ける。


「嫌です! だって、レオナ様は優しいです。ケーキも分けてくれます!」


「最後の一文、いらない!」


 そして――ユーフェミアが、頬を赤らめて言った。


「それに……レオナ様のことが、好きです」


 法廷が、静まり返った。


 “ざわ”が止まった。

 木槌の音も止まった。

 空気が止まった。

 太陽は止まってない。盗んでないから。


 私は、ゆっくり顔を上げた。


「……え?」


 ユーフェミアが照れたように微笑む。


「好きです」


「二回言うなぁぁぁ! ループ感染してるの!?」


 殿下が、ロランが、カインが、同時にピクッと動いた。

 あ、まずい。

 “競合”が発生する。

 この世界の恋愛フラグが今、同時書き込みを始めてる。


 殿下が低い声で言う。


「ユーフェミア……それは――」


 ロランが穏やかに言う。


「彼女の選択は自由ですよ、殿下」


 カインが真顔で言う。


「私はレオナ様の安全を最優先する……誰が相手でも」


「法廷で牽制し合うな! 治安が悪い!」


 裁判長が木槌を叩こうとして――叩けない。

 手が震えている。

 いや、震えてるというか……処理落ちしてる。

 判定が間に合ってない時の、あの“固まり方”。


 裁判長の口が開く。


「……被告……レオナ……」


 一拍。

 二拍。

 三拍。


「……判決……」


 さらに一拍。

 そして、裁判長が言った。


「”婚約”」


「判決が婚約!?」


 裁判長が続けて言う。


「婚約」


「ループするな! 婚約を連呼するな!」


 傍聴席が爆発したみたいにざわめいた。


「えっ、婚約!?」

「誰と!?」

「全部とでは!?」

「ヒロインまで!?」

「法廷が結婚式場になったぞ!」


 ……“ざわ”が完全に人間になってる。

 この法廷、感情を取り戻す方向が間違ってる。


 私は机に両手をつき、裁判長に詰め寄った。


「裁判長! 今あなた、“無罪”じゃなくて“婚約”って言いましたよね!? どこから婚約が出てきたんですか!? 太陽の次が婚約!?」


 裁判長は、威厳を保とうとしている顔で、しかし目が泳いでいる。


「太陽の次が婚約」


「復唱するな! 説明しろ!」


 ロランが小声で言った。


「……恋愛フラグが裁判ルートに混線している。恐らく、断罪イベントの後に続く“救済ルート”が暴走して――」


「救済ルートが救済じゃなくて抱き合わせ販売になってる!」


 殿下が、観念したようにため息をつく。


「レオナ。とりあえず……君は助かった」


「助かってない! “婚約”って言われた! 私は司法から強制マッチングされてる!」


 ユーフェミアがにこっと笑う。


「うれしいです!」


「あなたは嬉しいだろうけど、私は情報量が多すぎて脳が処理落ちしてる!」


 裁判長が木槌を叩いた。


 コン。


 一回だけ。

 そして、宣言。


「これにて閉廷」


「閉廷の仕方が雑! 結論が婚約のまま閉じるな!」


 でも法廷はもう流れに乗ってしまっている。

 傍聴席が勝手に拍手し、誰かが紙吹雪みたいに書類を撒き、誰かが「おめでとう!」と言い出し――


「おめでとうって何!? 誰が!? 何に!?」


 私は法廷の中心で、完全に置いていかれた。


(……これなに!? “無罪”ってこと!?)


 そんな私の手首を、ユリウス殿下がそっと取った。


「レオナ。王宮へ戻ろう」


 ロランが反対側から私の肩に手を置く。


「あなたには休息が必要です」


 カインが背後を固める。


「周囲の安全は私が確保します」


 ユーフェミアが、私の袖をちょこんと掴む。


「レオナ様、一緒にケーキ食べましょう」


「結局ケーキ!」


 私は叫びながらも――なぜか、笑ってしまった。


 だって、断罪ルートのはずが、婚約ルートにスライドして、しかもそれが複数同時。

 意味が分からない。

 でも――私は確かに“破滅”からは遠ざかっている。


(……これって無罪どころか生存確定?)


 ただし代償は――


(ハーレム)


 私は天井を見上げた。

 太陽は今日も眩しい。盗んでない。

 盗んでないのに、私の人生だけが勝手に眩しくなっていく。



 そう思った瞬間だった。


 視界の端、空中に――薄い光が走った。

 最初は陽光の反射かと思った。王宮の窓は豪華だし、金ピカだし、変な反射もする。


 でも次の瞬間。


 《バグ修正完了》


 って、文字が浮いた。


 私は固まった。


「……は?」


 誰にも聞こえない声が、喉から漏れる。

 浮かんでる。見える。読める。しかも日本語。

 この世界、基本は王国語のはずなのに、”なぜか私にだけ分かる言語”で。


 私は目をこすった。

 消えない。

 瞬きした。

 むしろ、くっきりした。


 《バグ修正完了》


「え、ちょ、ちょっと待って」


 私は小声で呟く。


「今!? 今修正!? 判決が“婚約”のまま閉廷して、私が四方八方から腕を取られて、ヒロインがケーキを勧めてきてるこの瞬間に!?」


 ユリウス殿下が、私の手首を引いたまま振り返る。


「レオナ? どうした」


 ロランが反対側から覗き込む。


「顔色が悪い。早く休みましょう」


 カインが周囲を警戒する。


「何か危険が!?」


 ユーフェミアが袖をつまんだまま、にこにこしている。


「レオナ様、甘いものは疲れに効きます!」


 ……全員、文字が見えてない。

 見えてるのは私だけ。


(え、待って。これ……私だけに表示されてる?)


 私は恐る恐る、空中の文字に手を伸ばした。

 触れない。

 でも、目の前にある。

 さっきの法廷の「きゅいん」音を思い出す。あれ、絶対“何かが切り替わった音”だ。


 そのまま王宮の回廊を歩いていると、周囲が少しずつ変になっていく。


 まず、侍女たちの会話が妙に整い始めた。

 昨日まで「ざわ……」みたいに同じテンポだった空気が、急に人間の雑談になってる。


「今日の裁判、すごかったわね」

「ええ、太陽泥棒って……」

「次に婚約って……」

「王宮って怖いわ……」


 怖いのは王宮じゃなくてシナリオだよ!


 それから、ユリウス殿下の姿がメイドに切り替わらなくなった。

 ロランの台詞が二重に復唱されなくなった。

 カインの足取りが行進曲じゃなくなった。


 ――つまり。


 バグ、直ってる。


 直ってる、はずなのに。


 私の両腕は、左右からしっかり固定されている。

 片腕は王太子。

 片腕は宮廷魔術師。

 背後は騎士団長。

 袖はヒロイン。


 フォーメーションが強すぎる。

 これでは暗殺者でも近づけないだろう。


「ねえ、これ」


 私は小声で言った。


「護衛じゃなくて、包囲網だよね?」


 カインが即答する。


「包囲ではありません。安全確保です」


「言い換えが上手い! でも内容同じ!」


 殿下が咳払いをした。


「レオナ。さっきの法廷の件だが……」


 私は顔を上げた。

 ここでようやく、まともな“判決の話”が――


「……婚約、という言葉が出た」


「はい」


「……あれは、正式な判決ではないはずだ」


「ですよね!?」


 救い! 王太子の理性!


 殿下は真面目な顔で続ける。


「しかし、法廷の場で口にされた以上……国中に広まる」


「最悪の広まり方!」


 ロランがさらっと追撃する。


「噂は加速します。“婚約者は誰か”ではなく、“何人か”に」


「複数前提で語るな!!」


 ユーフェミアが元気よく手を挙げた。


「わたくしも入っています!」


「入ってる宣言やめて! 自己申告でハーレム枠取るな!」


 私は頭を抱えた。

 バグが直ってるのに、現象だけが残ってる。

 つまり――


(バグで発生したフラグが、“修正後もセーブされてる”……?)


 いや、セーブしなくていいやつだよ!?

 普通、セーブするのは無罪判決でしょ!?

 なんで“婚約だけ”オートセーブされてるの!?


 そのとき、視界の端にまた光が走った。


 《バグ修正完了》


 ……二回目!?

 修正完了って一回で良くない!?


 私は空中をにらみつけた。


「……ねえ。誰の目にも見えないところでさ、勝手に終わった感じ出すのやめてくれる? 私の人生、今めちゃくちゃ途中なんだけど!?」


 もちろん返事はない。

 文字は、ただ静かに光っている。


 私は観念して、殿下に向き直った。


「殿下、あの……一つ確認していいですか」


「何だ」


「私、無罪ですよね?」


 殿下は一拍置いて、頷いた。


「無罪だ。少なくとも、裁判として成立していない」


 ロランも頷く。


「証言・証拠・手続き、すべてが破綻していました。罪は成立しないでしょう」


 カインも頷く。


「太陽は空にありました」


「そこは言わなくていい!」


 ユーフェミアも頷く。


「レオナ様は優しいです!」


「それも裁判の論点じゃない!」


 でも――無罪。

 無罪だ。


 私は胸の奥が、ふっと軽くなるのを感じた。

 破滅フラグ回避。成功。

 ……成功の形が変だけど。


 私は天井を見上げた。

 さっきの光る文字は、まだそこにある。


 《バグ修正完了》


 そして、なぜかその下に小さく、もう一行。


 《幸せになってください》


「誰が書いた!? 誰が要望出した!? 怖いんだけど!?」


 殿下が首をかしげる。


「レオナ?」


「いえ、なんでもありません!」


 ロランが不思議そうに私を見た。


「何か視えている?」


「視えてません! 視えてませんってことにします!」


 私は深呼吸して、皆を見回す。


 王太子は真剣な顔で私を守ろうとしている。

 宮廷魔術師は楽しそうに、でも真面目に私を気遣っている。

 騎士団長はいつも通り堅いけど、私の前では少しだけ柔らかい。

 ヒロインは――ケーキを差し出している。


「レオナ様、食べましょう」


「……うん」


 私は受け取った。

 スポンジがふわっとして、甘い匂いがする。


(……まあ、いいか)


 太陽泥棒の罪は消えた。

 視線の罪も消えた。

 廊下走り幅跳びも――たぶん時効だ。

 そして婚約だけが、なぜか残った。


 致命的なバグでは?

 むしろ最大級のバグでは?


 でも。


 私はケーキを一口食べて、思った。


(……おいしい)


 ユーフェミアが満足そうに微笑む。


「ですよね!」


 殿下が小さく笑った。


「レオナ、君は……やはり強いな」


 ロランが肩をすくめる。


「普通なら泣く場面で、君は食べる」


 カインが真面目に頷く。


「栄養は大切です」


「みんな結託して私を“食べる女”にするのやめて!」


 私は笑ってしまった。

 悔しいけど、楽しい。

 意味は分からないけど、破滅してない。

 しかも周りが、やたら優しい。過剰なくらい優しい。


 視界の隅で、あの文字がふっと薄くなっていく。


 《バグ修正完了》


 消える直前、私は小さく呟いた。


「……ねえ、これだけは言わせて」


「ハーレムは修正しなくていいの?」


 答えはない。

 文字は消えた。


 私はケーキの皿を持ち上げて、宣言した。


「……よし! 幸せなのでヨシ!」


 そして心の中で付け足す。


(またバグったら、その時はその時。今度は“王宮全体”を相手に、勝つだけよ)


 太陽は今日も眩しい。

 盗んでない。

 盗んでないのに、私の人生は――


 やっぱり、勝手に眩しいままだった。


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