Log 50:不在の中心
12/1
12月と言う節目を、
どうしてこんな気持ちで迎えるのだろう。
朝起きて、隣にあるスマホの通知が止まない。
軽く何千件か来ていたよ。
なんだよ、なにが原因なんだよ。
そう思って、僕は深夜まで作業していた。
昨日は寝ちゃったからね。
母さんと喧嘩して、24時間以上経った。
それなのに一切口を聞かない。
ほんと、馬鹿みたい。
「なぁ、これじゃねぇか?」
通話を繋げて、僕は原因の特定に耽っていた。
その通話で、篤がそう言うのだ。
「な、なんか見つけたのか?」
「ああ、この投稿を境目に適当なのが多くなってる。多分頭ごなしに批判したい奴らが火に油注いでるっぽいな。」
篤から送られてきたスクショを見れば、その内容は至って正当なもの。
『投稿された動画に私の個人情報が写っています。直ちに修正してください。』
「なるほどな…、動画の方のコメントはどうなんだよ。」
「…んあー、燃えてんな。昨日も気づかないはずだわ。一番最初の動画にそのコメントついてるもん。その動画のことが他SNSで大げさに広まって…って感じだな。」
なるほど、そういうことか。
僕らの店が批判されているわけじゃなく、とある正当な批判をはじめとして便乗してきた輩がいたわけか。
「たちわっる〜。」
「こいつは仕方ねぇな。すぐ動画消す。」
「ああ、そうしてくれ。」
こうも火がでっかくなると簡単には消えない。
「謝罪動画とか…必要なんかな。」
「えっまこっちまじ?」
「…このままだと…売り上げ落ちる。」
その間も、僕の通知は止まることを知らない。
ノイローゼになりそうなほどには音が止まず、
その音が僕の何かを崩していくように感じた。
「なら…次の日曜にでも集まる?」
「ああ丁度空いてる。」
「俺も空いてるぞ。」
「僕もいける。」
「私もいけるよ。」
そんなことを、言っていられる余裕があればよかった。
12/1はよかったんだ。
まだ、一縷の望みというかさ。方針があったから。
でも、考えてもみて欲しい。
3日も4日も、鳴り続ける通知を。
投稿した動画は確かに僕の責任。
でもそれを僕の背中だけに乗せていいとは思えない。
僕だけの負担。僕だけが苦しい。
はぁ。こんなの、まるで———。
正気で…いられるわけないだろ。
◆◆◆
12/4
「誠…今日も来なかったな…。」
「あの日からずっと遅刻とか休み気味だよね〜。」
教室の真ん中の方で、4人が集まっていた。
朝のホームルームに姿を見せない誠は、4人の中でどう想像されているのだろうか。
お互いがそんなことを考えて、やめていた。
4人で変な空気を作っても、誰も「ばかみてぇだな」と言わない。
その感覚が、
彼らにはもう耐えきれなかったのだ。
「サイトには…やっぱり関係あるんかな。」
「や、やめなよゆーちん。」
「でもまぁ…無関係わけないわな。」
「あっつんまで…。」
放課後の教室は静かな橙に彩られ、
鮮やかなチョークの粉末がそれに照らされ露呈する。
教室にいるのは4人だけ。
時間が止まったように誰も喋らない。
「SNSって、そんなに恐ろしいもんなんかな。」
ふと、雄志が口に出した。
「どゆことだよ。」
「いや、どっちが悪いのかなって。SNSの牙か、誠の豆腐メンタルなのか。」
「いやいや、誠が豆腐メンタルなわけねぇだろ。」
すかさず篤が言うが、雄志の目は変わらない。
「多分、それ間違ってる。あいつのメンタルは…多分弱々だよ。」
誰も、反論も肯定もしない。
「は、はぁ?ならなんで4月とかはあんなに強気に…」
「わかるかよ!そんなの!本人に聞かねぇと!」
雄志の声は廊下を伝って響き、全員の目を閉じさせた。
ここにいる4人は、確かに感じていたのだろう。
なんとも言えない、この距離を。
「急に…でっけぇ声出しやがって…。今やサイトの評価は1.9に陥落してんだぞ!?そんなこと言ってる暇はねぇだろ!」
「はぁ?そんなの関係ないだろ!今は誠のことについて語ってんだわ、俺らが今やらなきゃならない事の話なんて一切してないんだよ!」
「それをしないで…なんになるんだよ!」
「仲間の理解ほど大事な事ないだろうがよ!」
「ちょっとやめてよ!!!」
声を荒げたのは、雫だった。
亀裂が広がりそうな時、そう感じたのだろう。
「沙羅、泣いてるよ!!!!!」
篤と雄志は、それを見て目を細めた。
怒りと心配と、鬱陶しさが混ざったような目だった。
「今日はもう…帰ろう?それが…一番いいと思う。」
「なら俺はちょっと勉強してから帰る。お前らは先に帰っていい。」
篤がそう言うと、雄志は大きく舌打ちした。
「…っ。」
「てめえ今なにして…」
そこまで言いかけて、言葉が止まる。
教室の後ろの扉から、誰かがこちらを覗いていた気がしたからだ。
それは、みんなが感じていた事らしい。
目配せがそれを物語っている。
「ま、まあまた日曜な。」
扉の開く音がして、やがて閉められた。
足音が遠ざかり、教室に残されたのは二人だけ。
鮮やかな橙は歪な橙に変わり、
黄昏がこちらを覗いて脅かしてきているようだった。
「…悪いな。」
「…っ、べ、べつに…っ。」
嗚咽が心を抉り、篤は顔を顰めた。
「なぁ沙羅。」
「…なに。」
「こんな時に言う事じゃないかもだけどさ。」
沙羅の目が一瞬だけ篤を向いた。
「誠って、何があったんだよ。前に話そうとしてくれたじゃんか。あの続きを、聞きたい。」
「そういえば…そんなこともあったね。でも、多分得策じゃないよ。」
刹那、カラスが窓にぶつかった。
その音が大きくて、沙羅は思わず篤の手を握る。
「な、な、なんでだよ?」
明らかに動揺したような口調で、篤が聞き返す。
赤面は夕焼けに消え、沙羅も手をひっこめた。
「私が聞いたのは、結構バイアスある感じだったし。正確じゃないよ。」
「それでも…!俺は聞きてえよ。」
「誠くんは、多分話してほしくないと思う。」
「…っ!………ごめん。」
それが全てだったのだ。
「でも、気にかけてくれてありがと。それだけで、多分あの人は嬉しいんだと思うよ。」
沙羅の顔はなんだか重荷を下ろしたようだった。
何かを押しつぶしたように、軽々しく笑っている。
「…なら、私先帰るね。勉強、がんばって!」
「あ、ああ。」
その時篤はただ、
窓にこびりついた血潮を見ていた。




