FOGS(5)
「姫様、そろそろお時間です。お酒は終わりにしますよ。寝落ちる前に、一度歯を磨いていらっしゃい。温かいカモミールティーをご用意してお待ちしてますから。」
「えー。やだぁ。。。。。」
「やだ、じゃ、ありません。今日はかなり、甘やかしました。連日ですしね、このまま飲んで食べ続けると、体がぷくぷく膨れますよ。膨れたら、恐怖の特訓が待っているだけです。」
時刻は23時。いつもより、飲食ストップの号令がかなり遅い。宥めるようにいうジジに、小百合が抵抗する。
「意地悪ぅ。。。んー。カモミールに蜂蜜とブランデー落としてくれるなら、磨く。」
「意味ないでしょ、それでは。」
「じゃぁ、ジジがやってー。」
「どこのお子様ですか、あなたは。」
「はい、あーん。」
「姫様!!」
口をアーンと開けてカウチにもたれかかる小百合に、シロがククっと笑いながら声をかけた。
「あのさぁ。。。成人男女が歯を磨いて貰うって、、、ある程度歳が行けばただの介護だけどさ。姫さんくらいだと、キスよりよっぽどエロく見えんぞ。」
「シロ、最低!」
「なっ。」
カウチに座るジジと小百合の二人から、シロに向けて抗議のクッションが飛ぶ。シロは難なくキャッチしてそれぞれに投げ返し、小百合に強めに促した。
「いいからとっとと歯を磨いてこい。姫さんは幼稚園児か。」
「はぁい。。。」
すごすごと歯を磨きに行った小百合の背中を見送り、ジジとシロが自然とアイコンタクトをした。お互いの心は同じ。やっぱりもうちょい小百合に喋らせよう。
「姫さん、で?」
「で?って何?」
戻ってきた小百合はジジからカモミールティーを受け取り、もう一度カウチに座り直す。
「なんだか溜まってるもん、あんだろ。」
警護の都合で室内ではいつもある程度の距離を保つシロが、どかっと小百合の横に腰を下ろすと、ジジが再びお皿を片付けに行ってしまった。小百合から弱音を引き出すのはシロの方がうまいのと、自分がいては弱音が吐けないだろうという、ジジなりの配慮だ。
「警護距離とやらは、いいの?」
「問題ない。何があっても姫さん一人くらいは守れる。」
ふいっと小百合が顔を背け、手元のクッションそのまま顔を埋める。
「で、どれだ?」
「だってさぁ。。」
小百合がグスっと鼻を鳴らす。
「チューター業務を『バカみたい』って言われたのとかは、うん、ニシタチさんの言う通りだから。宗教じゃないんだし。ああ言われたからって、何かが止まるもんでもないし。今日、チューターやって、生徒たちに会って、更にスンって腑に落ちたからいいんだ。今年の生徒には、そう思わせないように、更に磨きをかけるだけだし。」
「俺からしたら、あれは相当に姫さんに甘えてる証拠だけどな。姫さんから絶対にキツく返され得ない信頼の上で、自分の気持ちの不良消化分を姫さんに八つ当たりしただけ。あの後輩君に言い返されて、逆ギレしたとこは全員の想定外だったけど。しかし、あの後輩君、よく言ったよな、あれ。」
シロが小百合の手元からクッションを奪い、小百合に顔を上げさせた。言葉に無理がないか、顔色を見ないことには確認が難しい。目は口ほどに物を言うとは、昔の人はよく言ったものだと思う。
「んで?じゃぁ、潜入して受けた試験で全く歯がたたなかった件か?」
小百合が、あー。。。と苦い顔をした。
「あれはね。別の意味で思い出したくないけど。。。。試験時間をポカーンで終えるっていう大反省も大反省。いかに、受験が『トレーニング』かを再実感するいい機会だと思うことにしたの。思い返せば、問題を解くって、ある程度は頭もだけど体への刷り込み式トレーニングだったわ。。。歩夢じゃないけど、今後のチューター業務に生かせると思う。」
「じゃぁ、何。問題ないように聞こえるが?新規参入者だって、普通に大人しく終わっただろ?」
シロがつきっぱなしになっていた画面を消す。部屋に夜らしい静寂が落ちた。
「んー。。。佳哉がさ、、、昨日の放課後で、すっごい学生っぽい笑顔で笑って楽しそうに喋ってたんだ。私がケイトに世話を焼かれて、皆が好き勝手にそれぞれ喋ってる時。そう、あの物理科講師と、それこそ物理の話で。」
「普通だろ?あいつ、あれでも学生だし。」
「普通じゃないよ!!普段、もっと、、斜に構えてるし、いつも緊張感ある顔してるから。」
「そうか?リーダーだから、今年はもう、ある程度はしょうがないんじゃないのか?」
「リーダーの期待値分のピリつきはあるかも知れないけど。放課後開始直後はすっごい余所余所しかったのに、、、確か、だいぶ前に連絡先の交換した時は、めちゃくちゃ警戒してたくらいよ?なのに昨日の最後では、『佳哉くん』『ヒノリさん』とか呼びあっちゃって。」
「何、嫉妬?」
揶揄うシロのお腹目掛けて、小百合がぽんっとやる気のないパンチを喰らわす。その小百合の手をグッとシロが握り込めば、小百合はされるがままになった。
「違うってば。。なんかさ、本来、放課後ってもっとこう単純に楽しい場であって、年齢や所属に関係なく交流して色んな話ができる場でいいはずなのにって思っちゃって。あんな風に気さくに交流できるのも、学生の今だけの貴重な場のはずで。だから、、、もしかしなくても、私がいるせいで、、、今年はガチガチに参加ルールを固めて、、佳哉やケイトだけじゃなくて、、、後輩含めみんなから、そんな交流の場とか人と出会う機会を奪ったんじゃないかって。。。」
「それは違う。」
シロが力強く即答し、手を戻すと小百合の目を見た。
「まず、姫さんの所為とか絶対にない。」
「そうかな?」
「思い出してみろ、1年のときのあの地獄の飲み会。あんなのに、特に元生徒の自分の大事な後輩を連れて行きたいか?」
「あ、やだ。」
「だろ?それに、あの時、庇護対象になったのは、姫さんだけじゃない。あの顔を持つケイト嬢の方が、余程犯罪寸前で危うかった。王子様だって、あれが女性に対する仕打ちだったら?やっぱり、即で犯罪だろ?」
「そっか。」
「それに、前提が逆だ。」
「逆?」
小百合がシロの瞳を何かにすがるように見つめた。
「あれだけ放課後をガチガチに規律で固めてあるから、安心して誰もが参加できるようになっているんだ。特に社会人の常識ルールが適用される講師からしたら、楽しく話せる前提条件に、その場に規律があることは絶対のはずだ。」
「そうなの?」
「全方向に警戒心剥き出しで、職場のどこの誰とも一切交流してこなかった一匹狼の元アイドル講師が、アホな話題に口開けて馬鹿笑いするほどリラックスできるなんて、どれだけ安心感を与えていると思ってんだ。」
「そっか。」
再び小百合が、シロに向けてパンチを繰り出す。
「でも、、、、だとしても、、、今、4月当初に決めた規律が絶対値化してるじゃない?もう、これしかない!って感じで。今年の1年生は、私たちのガチガチにガードした感じが正解なんだと何の疑問もなく思ってるらしくて、講師や職員と全く交流がないってことも、昨日、聞いちゃって。そろそろ、来年度のコたちへのバトンタッチも考え始めると、、、その、、、。」
「そっか。12月で基本、チューターのかなりが終わるもんな。」
先ほどと同じように、シロが小百合の手を握り込む。
「うん。来年3月までチューター業務があるのは、高校1、2年生を担当する全体の3割強だから。実質、12月には交代が始まるの。来年度のリーダーにこの絶対値を強引に引き継がせるのも、、この絶対値しか価値がないんだとして後輩に見せ続けるのも、なんか違う気がして。放課後の場所の提供とかさ、そういうのは全然お手伝いするし、なんとなく期待されてるけど。。。」
フウっとため息をつき、シロから自らの手を奪い返すと、小百合がカウチにゴロンと寝そべった。お行儀悪いぞーというシロの呟きは、全力で無視される。
「佳哉がさ、、なんだっけ?私のスカイツリーと海底云々の話に続けて、そもそも『重力を図る』話を始めたじゃない。場所によって実は重力って違うから、図るんだよって。あの話で、今の私たちって視点が絶対重力測定なんだぁ、、、って思って。直接計る方法で、そもそも計ることが大変だし。その基準点しか許しませんっていう。それを、、、相対重力測定とやらの、基準との差を見る方法で、もう少し許容度を上げていいのかなって。ただ、一等重力点まで。二等までは広げない。」
ヨイショ、ヨイショとばかりに、シロの膝へ小百合の頭が移動した。
「だいぶ前に基準を40年ぶりに見直したとかニュースがあって、いや、日本は地震いっぱいあんだから、40年ぶりってちょっと、、、とかも思ったけど。自分たちの行動も同じように思われないように、さ。」
仕方ないなぁとシロが小百合の頭を撫でる。
「もうさ、あいつら引き連れて、いっそ、その点とやらを見つける旅に出てみれば?」
「でません。えっと、北は北大だっけ?で、南は石垣とか宮古?せっかくなら普通に観光したいし、出張のついでにはちょっと。。。どんなもんか見たことはないから、、、まぁ、、、行くとしたら羽田が限界かなぁ。箱根の富士屋ホテルは、過去のだもんね。」
「意外と聞いてたのな?あの状況で?」
グリグリと太腿に小百合の頭が押しつけられる。
「だって、佳哉が嬉しそうに、、、異様に盛り上がってたから。」
「やっぱり姫さん、羨ましかったのな?」
普段ならクッション吹っ飛んできそうなところ。小百合から返ってきたのは、規則的な息遣い。
あれ?もしかして寝た?とシロが小百合の顔を覗くと。。。あーあ・・・だからお子様だっつーのに。緩み切った顔で、小百合が爆睡していた。ジジが来るまでは、そっとしておいてやろう。そう言い訳をすると、ジジが来るまでシロは小百合の頭を無意識に撫で続けていた。




