表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/54

聖女さま、異世界へようこそ(2)

 「はーい。授業、お疲れ様でしたぁ!疲れてるところに畳み掛けてゴメンなんだけど、今日は一気にこのままテーマトークに直行です!連絡事項は次の時間でも十分だからね。今日はお話で結構な貰っちゃうかも。ゴメン、ついて来てね。ではまず、、、ちょーっと配り物をしてもらうよ?あ、印刷物、もらったらすぐに見ても全然いいよ。意味不明だと思うけど。」

 いつもと違う小百合の雰囲気に、教室いっぱい広がる好奇心に満ちた生徒の顔。小百合はそっと教室後方の扉から入って来た数名の傍聴者はまるっと無視して、生徒たちの視線を端から端へ、後ろから前へ、順次拾っていく。大事なトークタイム。この数分の積み重ねで、ただの高校生が受験生になっていく手助けをしたいと小百合は思っている。

本来はただの傍聴者の1人なのにも関わらず、全てわかったような顔で手早く配布物を生徒へ配ってくれる律に感謝しつつ、言葉を続ける。

 「あ、今日の資料はね、申し訳ないんだけど、話が終わったら全部回収するからね。写真撮ったり録音したりも、ちゃんと無しの約束できるかな?」

こう言う時に「違反しない」で行動できるかだって、実は受験生に大事だったりする。注意事項を聞けなければ、受験に際する約束事を守れなければ、受験資格を失う。かなり単純なルールなのに、理解できない人や従えない人が一定数いるのが悲しい事実だ。小百合は目の前の生徒たちの顔を見て、安心する。このクラスは大丈夫そう。大丈夫なように、導いて来ているつもりではある。その矜持くらいは、小百合にだってある。念のため、律にはしっかり教室の教壇のある前方から見張って貰うけれど。

 「まず初めに、今日のテーマ、だけど。強いて言うなら『残酷な現実』かなぁ。きっと他では、受験直前とかに聞く話なんだろうけど、りっちゃんのクラスでは、今日、この場で話します。夏期講習もまだと言う、このタイミングだけど、これは『なぁんだ、第一志望とか必死に目指さなくても、なんとなく受かる大学でいいんじゃん』『大学行かなくてもいいじゃん』と言う逃げの理由を潰すため、そして何より、皆自身を自分で大事にしてもらうためのお話です。『必死で頑張った結果こそ、何よりも尊い未来の日々』と言うことを、皆に伝えたい。」

ポカーンとした顔がいくつか並んだ。まだ、早いもの。そう、その反応で今はいい。

「前にさ、オープンキャンパスについて話したでしょう?肌感覚を持て!と。『大学』って文字だけだと雲を掴むようにフワフワしてるけど、要は『自分がそこで4年間を過ごすかもしれない場所』だよ、って。で、今日の資料は、、、はい1枚目、中卒から大学院卒までの平均生涯お給料額。あくまで平均、政府統計のね。そうじゃない例はいっぱいあるけど、そうじゃない例がもてはやされるのは、その例がごく僅かだからと言うことを忘れないで、今日はお話に統計の平均値を使わせてね。で、2枚目からは、、、大学を卒業した場合の、日本で生活し続けた場合の、ものすごーく一般的なライフイベントの図。結婚して、子供が生まれて、家買って、昇進して、、、定年で辞めて、孫がとか、親の介護が、とか。その次のページが結婚しない場合、子供がいない場合、病気した場合。それぞれどんな時にどんなお金が必要で、とか言う、平均のお話。」

パラパラっとめくる音がする。

「生命保険とかの資料に載ってるんだ。これ。」

生徒がハッと息を飲む音が響いた。これだけの人数を抱えている教室がいかに静まり返っているか、この空気感を如実に示している。

「そう、ものすごく大雑把に言ってしまえば、大学卒業後の人生、こんなものになる。第一志望の大学に入学しようが、そうじゃなかろうが、ここでは誰も語らない。平均値的に数字や文字で判断してしまえば、この先の未来は悲しいことに、こんなものとして語られていく。あくまで平均の話としての例だし、こういう人生の良い悪いの話じゃないよ。」

数人が迷子のような顔をして小百合を見た。

「強引にものすごく乱暴にしたらこんなふうに大雑把に括られちゃう『大学卒業後の毎日』。もうね、絶望的よね。頑張った先に待っているのが誰にでも同じな、こんな味気ないものだなんて言われたら。それでさ、、、もしここに、高校三年生の皆の今って時間と、受験ってイベントを書き加えてみたら?どうなる?場所的には左端でしょ?、、、どう??えっと、、、3ミリくらいの幅??」

絶望的な顔をする生徒が出始めた。

「皆の目の前に立ち塞がっている、乗り越えろと言われている『受験』だけど。ものすごーく大きく見えるハードル?扉?階段?だよね?そう言う感覚で全然普通よ。だけどさ。パッと時間軸の横から眺めたら、このサイズの縮図にしたらわずか3ミリ。何がどうで、3ミリ。絶望的よね。でね、、、さっきも言ったけど、こんな3ミリだから、受験への取り組みは適当でいいってことじゃないよ。せっかく4年間、、、ここでは1.2cmだけど、それでもせっかくなら毎日楽しく過ごしてほしいから、自分の望む未来を引き寄せるために皆には精一杯で受験に取り組んで、戦いに行ってほしいよ。だけどね、だけどね???」

小百合はここで、一拍置いて語気を強めた。


「皆の大事な命は、懸けないで欲しい。」


最悪だ。今年はこれでもう、涙が滲んだ生徒がいる。いくらなんでも、このタイミングでは早い。視界で捉えると、その生徒の顔を小百合は目に焼き付ける。

「売り言葉に買い言葉で、あるいは昔の慣習から、自分が昔そう言われて育ったからって、『第一希望に入れないなんて貴方には価値がない』みたいな言葉を周りの大人から投げられてしまう可能性があるけれど。」

その大人が保護者とは言わない。

「その後を過ごした大人からは、この貴重な3ミリを軽んじて『たかが受験』だなんて言ったり、『そんなことさえできないなんて』だなんて言う人もいるかもだけど。」

こう言う言葉は、どこに転がっているか分からないから。

「跳び箱を思い出してよ。初めて3段飛べた日。すっごい嬉しかったじゃん。見上げた次の目標の跳び箱4段目、難しいかもって、感じたじゃん。けどさ、7段飛べたら、振り返って3段はどう見えた?3段で頑張ってる子達が、どう見えた?」

小百合は、言葉を続ける。

「跳び箱の3段でつまづいて、不安になって、まさか命を懸けようとまでしていた子が目の前にいたら、皆はその子に、なんて声を掛ける?」

小百合は、一人一人と、できる限り目を合わせる。伝わって欲しいから。

「皆が今、生きている以上に尊いことはない、絶対に。だから、受験や受験の結果を皆の命の価値と比較したり、命を懸けたりすることはしないと、ここで今、りっちゃんと約束して欲しい。いいね?」

頷いてくれる生徒たちに向けて、念を押す。

「もし、第一志望に入れなかったらどうしようとか、第一志望の学校じゃなければ自分に価値がないとか、思い詰めそうになったら。りっちゃんに話しかけて。そういう辛い気持ちが、恥ずかしくて口にできないなら、言えなくていい。他愛無い話をりっちゃんにしにおいで。大丈夫、どれだけ皆のことを見てると思ってんの。皆が高校3年生という存在から、『受験生』っていう戦う姿になっていく様子を誰より見てると言い切れる私が、ちゃんと皆の本心を見つけ出すよ。このクラスの授業が終わる12月以降だって毎週水曜日に、高校2年生の英語クラスのチューターで来てるし、意外と色んな形で私は校舎に来てるからさ。今から自習室で勉強する習慣ができてたら、受験期間に自習室に勉強にいくといってダメって言われないと思うの。そんな言い訳を自分の心につけて、安心してりっちゃんに会いにきて。皆は一人じゃ無いからね。これも、約束だよ?」

ここまでの話を一通り真剣な顔をして聞いてくれる生徒たちの様子に、小百合は安堵した。

「もちろん、ただの根性論や精神論で、こんな話をしているわけじゃ無いの。ちゃーんとね、『こんな風に思えないかな?』っていうのを、用意してます。最後のページを見てみて?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ