表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/46

お目覚めですか?(3)

「おっはよー。おぉぉぉぉぉ!王子様でも流石に狐に包まれたような顔をしてるよねー。うっわぁ。後輩に見せたいねぇ、その間抜けな顔。」

 さんさんと降り注ぐ光に目を細めながら無我の境地で案内されたガラス張り一面の朝食用の部屋で、いつも通りの佳哉の顔を見た瞬間、暁史は奇妙な安堵感に包まれたと同時に、そんな自分に戰慄を覚えた。こんなヤツに心を慰められるほど、異常なほど緊張していたのだ。

「やーめーなーさーいって。誰だってアレは驚くでしょう?佳哉だって、初めて遊びに来た日には口が開きっぱなしだったじゃない。あ、立ちっぱなしもなんだから、取り敢えず、席、座れば?」

その横には、ティーカップに口をつけながら、慣れたように座る恵叶の姿もある。

「アキ様、いくら実験の日々だからって、あんな風にぶっ倒れたら意味ないわよ?ちゃんと拾ってくれた小百合に感謝しなさいな。」

暁史がそっと用意された席に腰を下ろすと、覚えてないでしょうから、と恵叶が話を続けた。

「もともと、私と仕事上がりの小百合でご飯食べて、小百合の家でお泊まり会する約束だったんだけど。姫から、暁史の具合が悪そうだから送ってからいくからちょっと遅れるって連絡あったの。一人で飲みながら待つのイヤだしと思って、どうせ暇してそうな佳哉を呼び出していつもみたいに飲み始めたんだけど。そしたら、暁史がバイクに座った瞬間気絶したってわけわからんことを小百合が突然電話してきて。日頃のバチが当たったんだから、そのまま捨てておけばって言ったんだけど。」

「どうせ暇ってひっどいなぁ。しょうがないから、俺と恵叶でさゆ姫が言う場所の原チャ置き場まで言ったら、本当に座ったまま気絶してたんだよね、キミ。俺、もうアルコール飲んじゃってたから車出せないしどうしよかって思ったら、さゆ姫が家に連絡して、暁史をバイクごと運ぶ流れになって。で、そのまま自分と一緒に来て泊まってってくれと。」

まだわからないと言う表情の暁史に、佳哉は呆れて言った。

「今まさに暁史が着てる服、俺が途中で買って来たんだけど?この家に来て、遠慮ゼロの姫に全裸にされて転がされて翌朝パニックになりたかったなら、ご一緒しませんでしたけどね?」

ごめんなさい、すみませんでした、ありがとうございました、と言うのが今の暁史の精一杯だ。

「申し訳ない、、、です。。。その、助かりました。ありがとう。気絶してたなら捨て置かれるかと思っちゃったから、ちょっと意外かな、、、小百合って俺に冷たいっていうか、ほら、、、」

「別に、嫌ってるわけじゃないからね。」

最後まで言うまでもなく、後から入って来た小百合が言った。

あれ、朝ズン終わったの?うん、終わったー。朝ズンって何、あぁ、朝踊るZUMBAのこと、このコ朝7時から踊ってるって信じられる?え、朝から踊ってんの?とごちゃごちゃと会話を他の2人としながら、小百合は暁史に答えた。

「フツーに、いつものあのアキ様に興味ないだけ。」

地味にキツい一言だった。

そうだな、彼女なら着ているスーツのシワを気にして自分を平気で全裸にできるだろうな。割と絶望的なことを考えていると、ただ、と小百合が続ける。

「昨日は具合悪そうだったし。。。おそらく昨日が連日の実験からの疲労のピークだったんでしょう?仕事を投げ出さないこと、暁史が自分で決めたって言った。しかも、手を抜かずにちゃんとやり切った。私はそういう人、どっかに捨てて放置したりしないよ。」

真っ正面で瞳が合った。小百合の不思議な色の光彩は、初めて会った時と同じ冷たい色を讃えながら、暁史を映している。

唐突に、理解した。

違う、冷たい色なんかじゃない。これは、今、小百合が自分に対して対等に見ている時の色なのだ。受け止めようとして、暁史はなぜか嬉しくて戸惑った。

「あ、そっか。その、うん、色々、ありがとう。」

それが、なんとか言葉にした全てだった。

 そうこうしているうちに、王侯貴族のアフタヌーンティーを連想させるブランチとやらが始まる。

お仕着せを来た男性に給仕されるたびにどうしていいのか分からない。残念なことに、暁史はマナーの方面はさっぱりである。なぜ、恵叶と佳哉はそんなに慣れているんだろう。暁史の視線に気づいた小百合が笑いながら教えてくれる。

「この二人、私のワガママに付き合って、しょっちゅうウチで呑んで泊まってくれるから。専用になっちゃった客室もあるくらい。」

そうなのかと見渡すと佳哉が答える。

「ここならSNSで話題や写真が拡散される可能性がゼロだしね。何より小百合も遅くまで飲めるからやっぱり楽しいし、有難くご厚意に甘えさせて貰ってます。」

「そう。だから、暁史も気にせずに好きなように好きなものを好きな順序で食べたいだけ食べてね。アレルギーはないって聞いてたけど、あるんだったらそれだけは教えて欲しい。」

アレルギーはないと思う、と小百合に答えた暁史に佳哉がにやけながら問いかけた。

「ちなみにさ、今朝、目覚めた時、正直どう思った?」

「佳哉には答えたくない。」

「あ、やっぱり?命の危険を感じたよね、あの部屋。」

勝手に話を繋げる佳哉に、そうかなぁ、日本人ってあぁいう部屋に憧れるって言ってなかったっけ?と小百合が首を傾げる。

「いや、記憶がない相手には結構嫌がらせの域よ、あの部屋。まぁ、日頃の暁史の流されやすさを利用して、ささやかな意地悪を私たちが提案したのは白状するわね。」

恵叶が笑って続けた。

「他の客室は普通に米系のホテルスタイルだから、暁史を真っ裸で放り出して隣に同じく裸の佳哉を転がす案もあったんだけど。佳哉がそれだけは絶対に嫌だってダダこねるし。小百合が行くって面白がって立候補してくれたんだけど、それはそれで暁史がうっかり寝ぼけて何か起きても困るし、ね。何たって暁史の場合、その場の雰囲気に流される。危なくて、あの部屋行きの案におさまったの。」

なんてこと無いような顔で恵叶が口にした言葉が刺さった。「その場の雰囲気に流される」という一言。いたずらを仕掛けけられたことより、その言葉の方がずっと刺さった。

暁史は自分でもわかっている。何か相手との間に不協和音が流れるあの気まずさがどうしても嫌で、つい、作った笑顔を浮かべて相手の望むように振る舞ってしまうのだ。そして、自分がどう思うのか、なかなか口にできない。

ただ、ここにいる3人には、暁史が思うことを言ってもきっと受け止めてくれるんじゃないかと思い始めつつある。甘えだとは知っているけれど、3人とも自分より年上でどこかお兄さんお姉さん然としているところがある。いつも出来るだけ暁史がものを言い易い雰囲気を作ってくれているのも事実だからだ。

かなりいい部屋なんだけどなぁ、と見当違いにボヤいている小百合が、思い出したように告げた。

「あ、兄が昨夜、気絶したままの暁史の軽い診察したんだけど。単なる栄養失調と睡眠不足だろうって言ってたから、今日は遠慮せずにいっぱい食べてね。」

お兄さんが、診察。その一言で、どこかまだ夢見心地だった暁史は突如実感した現実に殴り込みをかけられた気がした。

「その、ご関係者にご挨拶とかお礼は、、、」

「えぇー。要らないよー。お気遣いなく。そもそも兄は普段、この家には寄り付かないの。祖父母は相川わず忙しくてここに寄り付かないし、両親は、、、ニューヨークだっけ?ロンドンだっけ?どっかで生きてるから大丈夫。」

多分、大丈夫の使い方がズレている。けれど、小百合がこういう言い方をした時は、あんまり聞いて欲しくない時。そして、今は、彼女の雰囲気に流されてあげた方がいい時だ。そう判断すると、長らく疑問だったことをクチにしてみることにした。

「あの、さ。今日、改めて思っちゃったんだけど。小百合はなんで、チューター続けてるの?失礼を承知なんだけど、小百合ってバイトする必要ってないよね?」

珍しく切り込んだ暁史の質問に、「ワォ」と恵叶が呟き、佳哉が興味津々と言った顔で自分を見つめる。

「うーん。始めた当初はお世話になったチューターの先輩への恩返しとか、ただの憧れっていうのもあったんだけど。自分の手で何かできることがあるっていうのを知りたいっていう感じかなぁ、今は。」

小百合が、ポツポツと語る。

「どう言えば良いのかなぁ。普段見ている生徒も、一緒に働いているチューターも、実は比較的恵まれてるんだって気づけたことが大きいのかな。あの予備校にいて、あの授業料を払って、スマホ持って当たり前のようにアプリでどうこうできるお家って、実は例のウイルスが見つかって以来そうあるわけじゃないって、私、バカだからチューターやってみるまで気づかなかったんだ。誰もが当たり前のように享受できることだと思ってたの。しかも、その当たり前が、実は自分の周りから与えられたものだって気付いた時にショックだったな。確かに、大学に合格するために努力とか当然いっぱいしたよ。今、自分でやってる他の色んな事も、誰にも真似できないほどのことをしてると胸を張って言える。でも、その努力の場がそもそも親や周りから与えられたものだったんだよね。もっと根本に的なことを言えば、私が住んでいるこういった元々の環境も同じで。じゃぁ、自分から周りが用意してくれたものを差っ引いたら何が残るんだろうって思ったら、一体私ってなんなんだろうって。それでね。いろんなことをして、もがいて、あがいて、見つけた1つが生徒の皆と向き合う中で生まれた『りっちゃん』っていう存在なの。たとえ予備校かつ大学生っていう元はと言えば与えられた土台スタートだとしても、『りっちゃん』は、今の私にしかできないし、今の私だからできるもの。そう思ったから、次は生徒への恩返し、というか。」

まとまりがない答えでごめんね、と笑う小百合が、暁史にはなんとなくいつもより近い存在に感じた。

「なんで『りっちゃん』だったのかは、、、憧れのサッカー選手がね、記録より記憶に残る選手でありたいって本を書いてて。それがヒントだったかなぁ。誰かの記憶に残り続けるほどの何かを、誰かとの関係の中で残せたら、それは私とその相手で作り上げた特別な何かになるような気がして、確かに自分自身の手で出来たことって言えるんじゃないかなっていうか。」

一呼吸を置いて、言葉を探るように言った。

「こんな私でも、人として向き合う中で誰かの役に立てるって知りたかっただけかもしれないんだけど。」

それっきり、うーんと唸ってしまった小百合に代わって、恵叶が続けた。

「小百合はちょっと哲学的にカッコつけすぎじゃない?いつものことっちゃ、いつものことだけどさ。ちなみに私は、当初は残念なことに先輩たちへの憧れが先行してて、今は教職課程の参考にっていう下心あるから。佳哉は?」

「理由とか動機なんて、途中で変わったっていいよね。俺は、お恥ずかしことに最初は恵叶に引っ張られたとこから始まって、今はいろんな人に出会えることが面白くて続けてる感じ。上も下も、実に変わった人が多いじゃん。受験生の時にうっかりあの予備校にいただけってことが唯一の共通点で、他は何もかも別なのに、どこかチューター同士で通じ合うものがある。こんな不思議な人たちを知っちゃうと、抜けらんないよね。でもさ、働いた分を、その日にまるっと皆で飲んで使っちゃうようなバイトよ?暁史こそ、なんで続けてるの?」

ある程度の予想はしていたけど、回り回って質問が自分に返って来た。

普段ならヘラっと笑って誤魔化すけれど、今日は不思議と勇気を出さずともすんなり口をついて出て来た。これが、暁史が初めて自分で作ってきた型の中から出てきた瞬間だと、自分では意識していなかった。

「わかんない。」

は?という顔をした3人に向かって、続ける。

「わからないけど、土曜日のあの時間に当たり前のようにあの場にいることが、自分の中で大事なルーティーンになってて。何かが自分の中で整う感覚があるというか。そこで週が始まって、週が終わるような。。。」

立派な理由があるわけじゃない。話しながら自信がなくなっていくと、小百合がポンっと手を打った。

「あー。切り替えってのもあるかー。普段と全然別のことできるし、思いつめ易いアキフミには大事な切り替えなのかもね。」

そうかな?別に大義名分なんて要らないんじゃない?暁史がカッコつけずに素直に「わかんない」だなんて今日は嵐になるぞと続ける3人にホッと胸をなでおろす。

やっとお腹がすいて来た暁史は、ヨシと気合をいれると目の前のご馳走を手に取り始めた。美味しいものを美味しいと思って食べたいだけ食べられるのは、幸せなことなんだから。これはまだ、3人に言うのにはちょっと時間がかかるけど、いつか言えるかな。そんな風に思いながら。

突然、暁史のスマホがジーンズのポケットで震える。見上げると、佳哉が極上の笑顔で囁いた。しかも、欲しくもないウィンクのおまけ付きだ。

「スぺシャルギフト。後でしっかり堪能してね。」

目の前のご馳走に気を取られて、なんだろうと特にその時は気に留めなかったのは幸いだったと思う。

ギフトとやらが、原チャの上で小百合の胸に顔を埋めて完全に眠りこけている自身の昨夜の写真だと知り暁史が絶叫するのは、もうちょっと先の話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ