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お目覚めですか?(1)

 「じゃぁ、これからの2分半、今日のテーマ、喋るよー?」

手元の時計を見て時間を確認すると、小百合は一気にギアをあげた。目の前で若干ワクワクしながら聞いてくれている生徒たちの表情が、ありがたくもくすぐったい。今は、高3ハイレベル英語の休憩時間の合間に挟む貴重なトークタイムだ。

「今日のテーマは、『体調管理』!今この瞬間も、受験間際になってからもずっと気を付けていく点になるからこそ、この時期に話すんだけど。」

なぜ今?という不思議そうなクラスの面々を見渡して、少しだけ微笑む。

「これだけで大丈夫!これがベスト!そんなもん、あるわけないでしょ、と言うのをまずはしっかり頭に刻んで下さい?」

嗚呼、、という顔つきになった生徒たちに、自分のこのトークタイムに早く慣れましょうねと笑ってしまう。誰かに「これをしなさい」と言われたことを鵜呑みにするのではなく、生徒の頭で考えて欲しいと小百合は思うのだ。考えて実行すれば、後悔はしないはずだからというのは、自身の経験から。無論、いつかそんな小百合の考えさえも、自分の思考と天秤にかけてくれるようになるなら、本望だ。

「そうでしょう?身長体重生まれてこれまでの生活習慣、花粉症を始めとするアレルギー云々含めて、この教室に誰一人同じ人はいないもの。誰かにとってすごく有効かもしれない方法だけど、誰かにとっては全然意味を為さない方法なんてことは大いにあり得る。けど、ここでうっかり私が私にとって良かったことを『これだけ』だなんて言ってしまったばかりに、その方法だけを宗教のように盲信して結果意味がなくだて本番に失敗する、、という残念な事態になって欲しくないんだ。それにさ、そんな誰にでも通用するすっごい体調管理方法が既にあるなら、本やらなんやらになってとっくに普及してるだろうし、あるいは次から次へと体調を整える系のハウツーが出てきたりしないと思ってる。ダイエットと同じかな?ここまではいい?」

ちょっと笑いが出たら大丈夫。小百合は努めて明るく続ける。

「だから、皆が自分の体調管理を考えて実行していくためのヒントを私からは伝えたいと思います。『体調管理は3段階!プラス先手必勝!』だね。まず3段階なんだけど、1つ目は、毎日の自分自身をよく知ること。2つ目は、知った自分のリズムを日々キープすること。3つ目は、試験中のリズムもその日々のペースにハマるようにすること。」

生徒たちの表情が、はじめの3つのところで「ん?」という反応になったなら上出来だ。

「1つ目は、本当に皆それぞれ違うから、自分自身がどういう時期、季節、きっかけで体調を崩しやすいか、何をきっかけに体調不良から復活できるかをちゃんと把握しようってこと。2つ目は、ちゃんと知ったからこそ、常に『通常運転』ができるような生活をしよう、かつ、体調不良も『通常運転』にカウントしてしまいましょうってこと。ベストばかり意識するとワーストも出ちゃうから、ベストなんて考えなくていいと思う。とにかく、変わることない『可も不可も無い、いつも』をこれからずっと続けるの。意外と大変よ?で、3つ目は、これからある模試なんかも使って、試験を受けている時の自分の体調も意識し、『通常運転』時と同じにしましょうってことです。例えば、私は花粉症ひどくて、顔面崩壊なんてかわいいレベルなのよ。そんなのがうっかり試験日に重なろうものなら、薬で眠くなりやすいことも含めて結果は目に見えてる。で、酷い花粉症だけど、毎年の経験から、しかるべきタイミングで薬を飲んで、その他のアレルギーを引き起こしやすい食材を控えるよう気を付けたら、酷いなりにもまだコントロールできる範囲内に収めて日常生活をそれなりにおくれるのがわかった、ここまでが1つ目、まず自分を知ること、になるのね。で、この1つ目でわかったことを元に、花粉症でも出来るだけ普段の通常運転と言える状態にするようにする、あるいは、花粉症で辛い時期があるけどコントロール範囲内に収めていることがもはや『いつもと同じ』通常運転の一部にしてしまう、という2つ目。ここのポイントは、『花粉症』になって体調を崩すことは『おこる』こととして織り込むことなの。」

なんで?という視線に、やっぱりなぁ、と思う。でも、ここが大事だと思うのだ。危機管理の根本のところだけれど、ありとあらゆる最悪のシナリオを事前に想定しておけば、どんな事態にも迅速にちゃんと対応できる。それを起こらない前提にしてことを進めるから、起きしまった後にパニック状態でみっともないほどの突貫工事を晒すのだ。

「始めから『最悪の事態』を想定してあれば、実際に体調不良になっても冷静に対処できるからね。だから風邪をこれまで引いたことないって人ほど、想像力を総動員して、いろんな事態先に想定して欲しいな。で、自分の対策法を自分の中に作るの。大概の事態で動じなくなるからね。で、ここまで来たら3つ目。2つ目までに積み上げたことを試験時間に応用するんだ。まぁ、ここが真打ちでもあるんだけど。花粉症の例の続きで話すと、私の場合、抗アレルでギー剤のせいで試験日のお昼後にさらに眠くなりやすいの。だから、そうならないように試験日に何をどのタイミングでどう食べるかまで気を配ることで、出来るだけ体調が芳しくないなりにも『いつもと同じ』通常運転状況に自身の体を導く、というわけ。」

言葉にするとややこしいけれど、この体調管理のポイントは万人が本能で無意識にどうにかしている部分だと小百合は思う。

「ちなみに、先手必勝というのは言わずもがな、無理を続けて休息をするのを後ろ倒しにするほど体調復活までに時間を要するので、自分が知った『いつも』な状態から少しでも違和感があるなら早めに休むことで、体調不良を引き伸ばさない、ということ。」

ヤバイ、時間が押してきた。

「体調を崩さないことは、そりゃぁ一番好ましいんだけど。やっぱ人間だから365日ずっと元気ってわけにはいかないと思うの。なのに、体調不良ってなるとなぜか『脱落者』みたいな目線で自分でも外からも自身を責める風潮で、更に具合悪くなりそうなループでしょう?そんなループはただの心身の無駄遣いだから、もう、体調はどこかで不安定になって当然って考えて、そこから体のみならず心理的にもどうリカバーするかを考えて欲しいなぁって思います。ということで、ごめんなさい、残り5分になっちゃいました。各自、急ぎで休憩してくださーぃ。。。ごめぇええええんんっっ!」

小百合が慌てて盛大に謝りながら締め作業に入ると、生徒が笑いながらそれぞれ席を立った。と同時に、よりによって今日、体調管理の話題がトークタイムのテーマになるとはねぇとつい苦笑いしてしまう。小百合の頭の中では、出勤時の教務室のようすが強制的に秒速で脳内再生されていく。いつもすました顔で淡々とトークタイムをこなす同僚が今日は一体どういう顔で話をしたのか気になるところなのは、自分の性格の悪さかなと小百合は諦めることにした。



「おっはようございまぁす。」

初年度に一緒だった、適当さで競ったらあれ以上の適当さはないと言い切れる湊先輩による鶴の一声で始まった、この旧土曜日シフト特有の挨拶。これが自然と交わされるたびに、小百合は習慣の恐ろしさを感じる。お昼シフトだろうが夜シフトだろうが関係なく「おはようございます」で始める習慣は、いつの間にか土曜日シフトどころか全曜日に定着していて、もはや以前の普通の挨拶を思い出すことができそうにないぐらいだ。確固たる理由があったわけではなく、「芸能人みたいでカッコいいじゃん?」と言う迷惑な理由で始めた分、考えることを皆で早々に諦めることができてしまったから、余計にタチが悪い。

「あー。おはよー。」

「おはようございます。」

先に入っていた暁史と歩夢が、時間ギリギリで駆け込んできた小百合にそれぞれ挨拶を返してくれる。ふと、暁史の声のトーンがいつもより少し低いことに小百合は気づいた。コートとカバンをいつもの通りにロッカーに押し込んでデスクに座ると、気づかれないようにそっと暁史の顔色を確認してみる。やっぱり、顔色も良くない。いつも実験で疲労が濃いのは承知の上だけど、それを上回る調子の悪さを抱えていそうだ。

「暁史、具合悪い?」

「んー。多分、疲れてるだけだと思う。ちょっと今、実験が重なっちゃってて。」

「早めに帰る?」

「いや、問題ない。仕事はちゃんとできると思し、生徒にうつしちゃうようなものじゃないから。」

さもなんでもないように言う暁史に、無理そうだったら言ってね、とだけ伝えると小百合は自分の端末に向かう。暁史が自分で判断したなら、小百合はいつだってそれを尊重する。

 が、このテーマに関してだけは、どうにも同意しかねてしまう。なぜ、体調が悪い時に休むという選択肢が第一に上がらない世の中なんだろう、と。義務教育課程で叫ばれる「皆勤賞」に始まり、学生も社会人も当然「休まない」「ずっと勉強、あるいは働き続ける」ことが前提になっている気がするのだ。

 24時間働けますか、東京の夜景は誰かの残業で出来ている、絶対に休めないあなたへ、、そんな本来なら異常なキャッチコピーが普通に氾濫しても、「そうだよね」と同意することはあっても、それを「しょうがない」として脈々と継承するだけ。変えられないのか、変える気がないのか、小百合は後者だと思っている。こういう小さい違和感を飲み込むことを大人になるというなら、大人に誰もなりたくない世の中になるわけだ。

 奇しくも、今週の生徒へのテーマが体調管理についてだ。随分な皮肉だなと小百合は独り言ちると、歩夢に仕事のポイントを伝え始めた。今日はいつもの対生徒の「りっちゃん」稼業はちょっと控えめで、裏方仕事を一手に引き受けようと決めた。

 あとで仕事上がりのご飯の約束をしている恵叶にも仕事でちょっと遅れるかもと伝えなくちゃかな。絶対に怒るだろうなぁ。柔らかな笑顔で眼光だけ鋭くなる親友の表情が容易に想像できて、ちょっとめげる。恵叶は小百合がプラスαで仕事を請け負って残業することをひどく厭う。曰く、時間無制限ならば誰にだって何でもできる、と。与えられた時間内に出来ることを自分で考えて、いかに時間配分をして時間内で可能な限りのパフォーマンスをするか、が大事だと。なんのための時間設定か、と言うのだ。恵叶とこの件で何度もぶつかった後の今なら、小百合だって分かっている。それでも、、、と心の中で未だ言い訳をして結局時間が前後してしまうのは、自分の弱さのせいなのだろうと。自分が生徒にとって有益になり得ているのか、わからなくて怖い。この私でも何かできることがあるのだと思えるようにやっとなったからこそ、実は違ったんだという結果になることが、怖い。

 そっと目を伏せて気分を切り替えると、小百合は黙々と今日のテーマをどう話すのか考えながら業務に没頭した。

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