第1話 建国戦争編-1
〈第二次世界大戦中期 ペーネミュンデ兵器実験場〉
武装親衛隊と陸軍高官が見守る中、ロケット工学者ヴェルナー・フォン・グレイは、発射台に立つ弾道ミサイル「V2」を満面の笑みで見上げていた。
液体燃料の白煙が天を裂き、ミサイルは完璧な軌道を描いて宇宙空間へ到達する。
彼にとって人類が「神の領域」に踏み入った瞬間だった。
〈ペリシア藩王国(後のアトランティア王国)北部 森の精霊種族の村〉
美しい黒髪を持つ精霊種族は、外見こそヒト種とほとんど変わらないが、寿命が100歳程とヒト種よりも少し長い。彼らの数は少なく、人界を好まずに森の中でひっそりと平和に暮らしていた。
黒髪の少年カインは、村のベンチで友達に分厚い本を朗読している。
正義の勇者が姫を助けるため、凶暴なドラゴンに立ち向かう英雄物語だ。
よく言えば王道、悪く言えば陳腐な物語。だが、カインは正直言って憧れていた、弱きを救い正義を守る勇者と言う存在に。
彼の隣には、彼の姉であるルルが座っている。
「姉さん、僕も将来この本に出てくる勇者様みたいになれるでしょうか? 」
「ええ、なれるわ。だってカインはとても優しいもの・・・・・・ 」
この世界、レムリア大陸には勇者や転生者と呼ばれる者達がいる。ごく一部の者が、女神様よりS〜Eランクまでスキルや魔法を授かり、勇者となるのだ。
さらに前世の記憶と人格、さらに強力なスキルを授かった者は、勇者の中でも転生者と呼ばれている。
そんな平和な日常が終わりを告げたのは、皮肉にも帝国の勇者の一団が村を訪れた時だった。村人達は戸惑いながらも、蜂蜜酒や山の珍味で勇者達を歓迎する。帝国勇者は村人を広場に集めると、態度を一変させた。
「これより精霊種族討伐の任務を開始する! 各員、女神様と皇帝陛下のため己の役割を全うせよ! 」
突然、リーダー格の男が号令をかけると、勇者達は素早く散開して村人達に襲いかかった。
抵抗した村人は剣士の剣で切り裂かれ、隠れた者は魔道士の魔法で炙り出される。そして、われ先に逃げ出した者は弓使いに次々と射抜かれた。
「正義の味方じゃ、なかったのか・・・・・・」
震えながら立ち尽くすカインの独り言に、勇者の一人が答える。
「何を言っているんだい。今だって魔王を討ち取るために、そして民を守るために、君達を狩って魔石を集めているんじゃないか? 」
勇者は話しながらレイピアを引き抜くと、そのままカインに斬りかかった。
だが、ルルが咄嗟にカインを庇う。彼女の鮮血が霧のように吹き出され、カインの視界が赤く染まる。レイピアはルルの胸を貫通し、そのままカインの胴を掠めた。
「姉さん‼︎ ・・・・・・」
直後、幸運にも村の倉庫が激しく燃え、勇者の気が逸れた。それを見計い、カインはルルを抱き抱えて走り出す。
その後なぜ逃げ切れたのか、カインはあまり覚えていなかった。ルルを助けることで頭が一杯だったのだ。
応急処置を施したが、その甲斐なく、しばらくしてルルの胸の鼓動が止まる。彼女の指先から、ゆっくりと力が抜けていった。
カインにはそれが信じられなかった。まだルルの体からは温もりが感じられるが、すぐに冷たくなってしまうだろう。
そして、カインは猛烈なめまいに襲われる。少女1人を抱えての何キロもの疾走で、剣傷が広がってしまったのだ。もう涙を流す気力すら残っていない。
地面に横たわり、虚ろな目で空を見上げる。
(悔しい・・・・・・ あいつらが憎い。勇者が憎い。帝国とか言うのも全て憎い・・・・・・)
カインは自らの死を悟った。
住んでいた村は壊滅、憧れていた者に裏切られ、家族まで失った。
大切なものも全て失ってしまった。
(でも無理だ・・・・・・ 僕の力ではどうにもならないし、もう死ぬ・・・・・・ いやだ!死にたくない!こんな惨めに独りで死ぬのはいやだ! )
カインは自らの非力さを呪った。
突然、カインの脳内に誰かの声が響く。
「おやおや、ようやく転生できると思えば、まさか体が死にかけとは・・・・・・ ハハ、これは私への天罰ですかな」
知らない男の声。
「あなたは誰ですか・・・・・・ 」
カインは自分がおかしくなったのかと思った。
「なに、ただの君の前世だ。まあこれも何かの縁、私の持つ知識の全てを君に与えようじゃないか」
カインの脳内に、走馬灯のように映像が次々に流れ込んでくる。
頭蓋の内側を直接かき回されるような激痛に、カインは声も出せず歯を食いしばった。
再び薄れゆく意識の中で聞こえてきたのは、馬蹄の音、そして若い男女声だった。
* * * *
カインが意識を取り戻したのは、知らないベッドの上だった。
(僕はまだ生きている・・・・・・ )
ぼやけた視界の端に、人影が見えた。 逆光の中で淡い髪が揺れ、見慣れた輪郭が重なる。
「・・・・・・姉さん!?」
カインは弾かれたように上体を起こし、荒く息を吸った。
だが、僅かな希望もすぐに打ち砕かれてしまう。
「よかった、気が付かれたのですね」
聞き覚えのない声で、現実をようやく認識する。
そこにいたのは、見知らぬキャットシーのメイドだった。
調度品から、地方貴族か領主か何かの屋敷であることがうかがえる。詳しい場所を聞こうとしたが、すぐ主人に報告しに部屋を出ていってしまい、タイミングを逃してしまった。
1人になり、今までのつらい記憶が思い起こされる。
だが引っかかることがある、自分の前世と名乗った者からの記憶だ。
テーブルに置いてあった自分の所持品の中から、非常食の塩漬け魚を取り出して表面に浮き出た塩を集めた。そして、集めた塩を燭台のロウソクの炎に振りかける。
「炎色反応」、もし前世の記憶とやらが真実なら、塩(塩化ナトリウム)を炎に振りかければ色が変わるハズだ。
「黄色に・・・・・・ 変わった・・・・・・⁉︎ 」
カインの目に光が戻っていく。
「復讐」という名の希望が、彼に生きる活力と目的を与えていった。
カインは実験を続ける。物を投げれば弾道は放物線を描き、水の入ったガラスのコップ(この世界では貴重品)に日光を当てればレンズになって一点に光を集めることができた。
どうやら前世の記憶とやらは正確らしい。だが、自分の頭の中に知らない記憶があるというのは、もの凄い違和感を感じる。
カインの前世、工学者ヴェルナー・フォン・グレイは、研究のために悪魔に魂を売り渡したような男だった。
幼い頃から宇宙旅行を夢見ていた彼は軍の潤沢な資金に釣られ、若くしてドイツ陸軍兵器局に所属する。その後、祖国の敗戦が濃厚になると躊躇なくアメリカに鞍替え、敵国の宇宙開発に貢献して天寿を全う・・・・・・と言う具合だ。
だがカインが注目したのは彼の生涯よりも、彼が記憶していた20世紀の科学技術だった。物理学・機械工学・化学・生物学など幅広い分野の知識が揃っている。
その知識の価値は、大陸中の全ての金銀にすら勝るだろう。
やり方次第では、勇者への復讐でも世界征服でも可能になる。
「世界征服か・・・・・・ 」
もし、カインが前世の記憶を手に入れていなかったら、姉を殺した勇者の1人と不意打ちで差し違えられただけで、復讐心を満たせただろう。
いや、それだけで「満足せねばならなかった」と言う方が正しいかもしれない。
だが、今は違う。
カインにとって大切な姉の命と、たかが「数十人の勇者」どもの命がつり合うわけがなかった。
(あいつらを絶対に許さない。帝国勇者とやらには、その命で罪を償ってもらう。指示した者も、協力者も、みんな同罪だ。もし、あいつらを庇う者が現れたら――その頭に、あの日と同じ恐怖を叩き込んでやる・・・・・・ )
すると、タイミングよくドアがガチャッと言う音を立てて開かれた。メイドさんに続いて2人の男女が入ってくる。
1人は銀髪のダークエルフの青年、もう1人は翼を持った細身の少女だ。




