第27話 次の手がかり①
公爵家の離れに設えられた応接間――壁際に重厚な書棚が並び、中央には大きめのテーブルと椅子が配置されている。その室内に、ロザリア・グランフィールドを中心としたメンバーが再び結集していた。ここしばらく、エレナ派による執拗な妨害が続き、ロザリアの評判はさらに悪化したかのように思われる。だが、その一方で、チームは新たな手がかりをつかみ始めていた。
テーブルには紙束や書類、地図やメモ書きが散らばり、皆が真剣な表情でそれらを見つめている。まず口を開いたのは、子爵家のレオン・ウィンチェスター。最近、街や商会、さらには王宮の裏付け情報を地道に探っていた張本人だ。
「僕が調べを進めたところ、どうやらエレナ派が王都の一部の商会や貴族から大規模な資金を引き出しているらしい。しかも、その動きがロザリアへの誹謗中傷が加速した時期と重なっているんです」
「資金……。やはり、あの噂や捏造書類を広めるのにもお金が必要ですものね。おそらく、職人や業者を買収しているのかもしれないわ」
ロザリアが苦々しく言葉をつなげる。実際、エレナ派による妨害工作はあまりに統率が取れすぎており、大勢が示し合わせでもしない限り、あそこまで短期間で噂を広げるのは難しいだろう。となれば裏で潤沢な資金が動いている可能性が高い。
「ここにある文書を見てください」
レオンが取り出したのは、地図と商会の取引記録の写し。それによれば、エレナが王太子との関係を得てから急速に支援者を増やしているのがうかがえる。その支援者のリストには、王都で影響力を持つ複数の貴族の名も記されているが、共通点として「公にしていない支出」が見え隠れするのだ。
「詳しい金の流れはまだ把握できないけど、少なくとも『まとまった額を、いつどこで使ったか』が曖昧になっている領主や伯爵らが何人もいるんだ。これが噂や偽造書類の裏工作に使われているとしたら……」
「この派閥の規模、大きいわね。王宮の一部官吏も抱き込まれているという話を耳にしました。彼らが動けば、わざと偽造書類を見過ごしたり、私に不利な情報を流したりもできるでしょう」
ロザリアは悔しげに拳を握りしめる。妨害が執拗なわけだ。だが、その一方で、チーム全体の目線はすでに次の段階へ向いている。単に噂に苦しむだけでなく、それを逆手に取ってエレナ陣営の裏を暴こうとしているのだ。執事が低く咳払いしながら、資料の一枚を広げる。
「実は私たちも、騎士団や公爵家の古参の使用人を通じて、王宮内部での公文書と照合を続けていたところ、殿下が書かれたとされる文書や公式に使われた印章の中に、明らかに不自然なものが混じっていると判明しました。日付の矛盾や、押印の形が通常と微妙に違うとか……」
「つまり、エレナ派が王太子殿下の権威を借りるために文書を偽造して、あたかも殿下の意向であるかのように見せかけている可能性があるということね」
ロザリアの声には鋭い光が帯びている。かつて王太子妃となるべく教育を受けていた彼女は、王宮の文書が本来どんな形式で扱われるか、ある程度の知識を持っている。偽造書類の件と同じ手口が、別の形で王太子の署名や印章に及んでいるのなら、これを糸口にエレナ派の大がかりな不正を暴くチャンスだ。
「ええ。さらに、レオン様がお持ちの情報と合わせれば、『どの貴族がその偽造文書を使って資金を動かしたのか』を追跡できるかもしれません」
「なるほど……。噂を使った妨害や、中傷を広めるためにも、偽造文書を駆使している。私に罪を被せたのと同じように、王太子をも利用しているわけね。ならば、そこを突けば派閥に大打撃を与えられるわ」
ロザリアは新たな手掛かりに、不思議な高揚感を得ていた。今まで誹謗中傷に悩まされ、守勢を強いられてきたが、ここへきて明確な「攻め手」が見つかりつつある。自らに向けられた偽造書類の手口が、他の場面でも乱用されているとしたら、そこには矛盾が多くなるだろう。矛盾を突いて裏を暴けば、エレナが王太子ジュリアンをも利用していた証拠を示せる。
「今はまだ確定的な証拠とは言えませんが、もう一押しです。怪しい印章や署名をもっと集め、比較検証を加えれば、同じ書き手が一連の偽造を行っていると立証できるかもしれない」
騎士が静かに補足すると、レオンもうなずいて資料を指さす。
「ここで使われている筆跡や印章の癖が、ロザリアに関する偽造書類と明らかに似ているんです。まだ裏付けが甘いけど、同じ職人や同じ人間が絡んでいると考えられる可能性が高い」
「つまり、私が『王家への裏切り』として断罪されたときの書類や、その後に流布された噂を裏付ける怪文書なんかも、同じ連中の手で作られた可能性があるというわけね。……これは大きいわ」
ロザリアの胸には、かつて感じた絶望を切り裂くような希望が湧き上がっていた。あの夜会で自分を断罪した根拠となる文書の偽造が証明されれば、王太子ジュリアンが被っている陰謀も炙り出せる。まだ先は長いが、いよいよ“反撃の準備”が整いつつある。
「ロザリア、今こそ逆襲の兆しです。妨害に対して我々も黙って耐えるだけじゃない。ここでチャンスをつかんで一気に突き崩したいですね」
レオンが熱を帯びた声で言うと、ロザリアはじっと彼の目を見つめ、小さく微笑んだ。
「ええ、私もそう思ってる。まだ何もかも手探りだけど、『このままじゃ終われない』って強く感じてるの。どれほど嫌がらせを受けようと、あの夜会での恥辱を晴らすまでは引かないわ」
その言葉にチーム全体が意気を高める。執事や騎士は細かい証拠の詰め方を提案し、ソフィアはロザリアの予定を組みつつ、表舞台での発言機会を窺う。少しずつ準備が整い、ロザリアの目に強い決意が再び宿る。
「でも、今のまま私がただ堂々と『偽造文書がある』と叫んでも、周囲は私を妄言だと笑うでしょう。だからこそ、十分な裏付けを揃えて、一気に爆発させる必要があるわ」
「同感です。タイミングを見極めましょう。王太子殿下との対面の機会を利用するのか、あるいは大きな宴などで公に証拠を提示するのか、方法はいろいろあります」
「殿下に直接話すには、私にかけられた疑惑をクリアにするだけでなく、エレナが殿下を利用している証拠を見せなきゃ駄目ね。……いいわ。ここからが勝負ね」
ロザリアの言葉に、室内の空気が締まるようだった。皆が静かに呼吸を整え、この作戦が一歩でも進めば、エレナ派の牙城を崩せると期待している。騎士がひとつ咳をして口を開く。
「ロザリア様、昔のあなたなら、こういう危機に陥ったとき、果たして耐えられたでしょうか。正直申し上げて、王太子妃の座を守るためのプライドが先に立ち、誰かに真に助けを求めることはなかった気がします」
「そう、そうだと思うわ。昔の私は、王太子妃になるためだけに必死で……周りを見下すこともあった。けれど、今の私はあの頃の私とは違う。王太子妃という立場を失って、『本当に大切なもの』が見えた気がするの」
ロザリアは穏やかながらも、はっきりとした声音で言う。切り替わりを象徴するように、「昔の私に戻るのではなく、新たな強さで立ち向かうのよ」と続けた。ソフィアやレオンは、その言葉に深くうなずく。




