第27話 次の手がかり②
かつてのロザリアは確かに優雅かつ高飛車な気品を放っていたが、今の彼女はそこに「しなやかさ」が加わっている。多くを失ったからこそ持てる強さといってもいいだろう。
「新たな強さ、ですか。お嬢様が今まで培った王太子妃候補としての教養や誇りが無駄になるわけではありませんよね。それらを今度は敵を倒す力として使う、そんなイメージでしょうか」
「ええ。私はもう王太子妃になる道は閉ざされたかもしれない。でも、そのために学んだ振る舞いや知識は、誰にも奪われない。むしろ王太子妃候補だったからこそわかる『王宮の常識』や『公文書の特徴』などを、逆手にとってこそ意味があると思うの」
ロザリアの瞳は力強く輝き、かつての挫折が嘘のようだ。もちろん、傷は深く残っているが、それをバネに変えるほどの覚悟が固まっている。レオンは目を細め、言葉に熱を込めて続ける。
「では、あとは具体的に偽造書類や王太子が使ったとされる文書との比較を急ぎましょう。僕が街で得た資料と、公爵家の保管文書や騎士が持ってきた証拠をつなぎ合わせれば、相手を揺さぶる手段が見えてくるはずです」
「レオン、そうね。あなたも大変でしょうけど、お願い。私も同じことをやるわ。騎士の皆さんにも協力してもらって、疑わしい印章や筆跡を洗い出しましょう」
ロザリアがやや興奮気味に指示を出すと、室内の空気が一気に活性化した。見えない霧の中で手探りしていたチームに、ようやく輪郭が見え始めているのだ。まだエレナ派の妨害は衰えないが、それでもこの小さな突破口を広げられれば、ロザリアの失った名誉を取り戻すだけでなく、王国を蝕む陰謀を暴き出すことも夢ではない。
「新たな証拠が集まれば、エレナ派の弱点を突けますね。そちらが焦ってさらに荒っぽい手段を使うかもしれませんが、逆に言えば私たちが追い詰めている証拠でもある」
「もしかしたら、陰謀の首謀者がエレナというより、その背後の派閥かもしれないわ。けれど、エレナが王太子殿下を利用している事実は変わらない。私たちはそこを突くべきなのよ」
ロザリアの言葉に皆が静かに呼吸を整え、「ここからが本当の逆襲だ」という空気が漂う。騎士たちは手持ちの資料をまとめ、執事が「近いうちに新しい会合を開きましょう」と提案して、総意が固まる。ソフィアはメモをとりながら、ロザリアの表情を伺う。つい先日まで苛立ちや落胆が表ににじんでいた彼女の顔には、今や明確な「闘志」しか感じられない。
「ここまで私を追い詰めたエレナに、必ず痛い目を見せてあげる。……あの夜会で私を陥れた罪は重いわよ」
吐き捨てるように低く言ったロザリアを、レオンが心配そうに見つめる。しかし、その目にはもう悲壮感よりも「強い意思」がはっきりと見えていた。恋に翻弄され、王太子に婚約破棄を突きつけられた哀れな令嬢ではなく、己のプライドと仲間の力を糧に新たな戦いへ歩み出す戦士――それが今のロザリアの姿だ。
「ロザリア、どうか無理はしすぎないで。噂がエスカレートすれば、身体的な危険も否定できません。子爵家でも警戒を強めていますが、公爵家でもしっかり護衛を配置してくれていますよね?」
「ええ、父たちもようやく重い腰を上げたようで、私に護衛をつけることに同意したの。昔は『王太子妃候補だから問題ない』と思っていたみたいだけど、婚約破棄されてからのほうが大変だなんて皮肉な話ね」
かすかな苦笑がこぼれるが、その裏には「親に守られるだけの令嬢で終わるまい」という決意がある。ロザリアはもう逃げず、エレナ派に正面から立ち向かうと決めたのだ。それこそが、今の彼女が持つ新たな強さ――婚約破棄前の華やかさや甘えではなく、失うものを失った後に培われた強さだ。
「それに、王宮に立ち向かうとなれば、昔の私が得た知識や立場も無駄にはならないわ。王太子妃候補として学んだことが、こんなかたちで役立つなんて考えもしなかったけど……」
「そうですね。お嬢様は王太子妃教育を受けてきたからこそ、王家の内部事情や公文書のフォーマットにも精通しています。そこを最大限活かしましょう。エレナ派が偽造した文書との比較を進めるには、お嬢様の目が欠かせません」
ソフィアの言葉にロザリアは「ええ、もちろんよ」と応じる。自分が長年掛けて身につけた知識が、今は大きな武器になる。かつては「王太子の妃に相応しい」ための勉強でしかなかったが、もはやその夢は失われた。それでも知識や技術自体は彼女の中に残り、今度はエレナ派を討ち破る材料になるかもしれない。
室内の雰囲気が一段と活性化したところで、執事が「では皆さん、ご作業を」と声を掛け、各自が動き出す。ロザリアも含めて資料の整理や情報のすり合わせを進め、次なる作戦の輪郭が見えてきた。
エレナ派が流す噂は激しいが、それと同時に裏で動いている怪しい文書や金の流れを照合すれば、その連携の全体像が割り出せるかもしれない。さらに、ロザリアの過去の知識で、王宮公式文書との相違を立証すれば、エレナが王太子をも騙している可能性を示せる。そうなれば世論をひっくり返すことも夢ではない。
「ふふ、楽しみだわ。彼らが私を追い落とそうとしている以上、こちらも遠慮なくやり返すべきよね」
ロザリアは書類を手に取り、眉を上げて微笑む。そこには悲壮感よりもむしろ「戦意」が宿っている。レオンが黙ってその姿を見つめ、ほんの少し感嘆の表情を浮かべた。
「ロザリア、今のあなたなら絶対にやれる。僕も最後まで付き合います。必ず勝ちましょう」
「ええ、勝ちましょう。あの夜会で私から奪ったものを、全部取り返す。そのためにも、情報を完璧に繋ぎ合わせてエレナ派を追い詰めるわ」
互いに微笑み合う二人を見て、ソフィアや騎士たちも胸を熱くする。ここまで辛い日々だったが、ようやく反撃の兆しがはっきりと見え始めたのだ。エレナ派がどれほど強大なネットワークを持っていても、偽造という悪意が伴う限り決定的な破綻がある――その隙をロザリアたちは突こうとしている。
「……もう逃げない、戦うわ。かつての私は王太子妃になるために必死だったけど、今度は私自身の誇りと大切な人たちを守るために、王宮に立ち向かう」
ロザリアは自らの口で、新たな決意を声に出した。昔のように「ただ王太子妃の座を守る」のではなく、「真実を暴き、罪を晴らす」ための勇気だ。それこそが、エレナが最も恐れる逆襲の一歩でもある。




