第19話 王宮周辺での探索②
二人は再び足を進め、目印となる看板の店を見つける。こじんまりした店の中には、忙しそうに仕分けをしている年配の女性が一人。店内に客がいないのを見計らって、レオンが扉をそっと開けると、女性が「あら、いらっしゃい」と迎えてくれた。
「すみません、実はちょっとお尋ねしたいことがあって。王宮でお使いになるものをよく卸してらっしゃるそうですね?」
「まあ、うちも細々とではありますが、王宮に野菜や果物、お茶の葉を仕入れていますよ。若い方々は珍しいですね。観光の方?」
「いえ、実は……最近、王太子殿下がどなたか伯爵令嬢と一緒に新しい行事を計画しているとか伺いまして。もしや、そちらからのご注文が増えていたりはしないかと思いましてね」
すると女性店主は「ああ、あのエレナ様の件?」と口を尖らせ、苦笑いを浮かべた。
「王太子殿下は、よくご友人とお茶会をされたりするけれど、今回ばかりは品数が増えて驚きました。聞くところによると、その伯爵令嬢が『とても細やかに茶会を演出したい』と仰ったとかで、通常より豊富な花材や食材が求められているんですよ」
「なるほど、やはり短期間であれこれ準備が整っているんですね。それにしても、伯爵令嬢一人の発案でここまで大掛かりになるものなのでしょうか」
「さあ……普通なら手間もかかるでしょうし、王太子殿下の許可もいるし、王宮の官吏たちの承認も得なきゃならない。あまりにもスピーディーに進んでいるのは、私のような小さな店の者でも不自然に思いますよ。ただ、依頼が来たら受けるだけなので、深くは知らないのですが」
店主は忙しげに道具を整理しながらそう話す。レオンとソフィアは顔を見合わせ、やはり「何か裏がある」という感覚を強めた。王太子の名の下であれだけの行事や物資が動くには、多くの手続きを経るのが通常だ。それを一伯爵令嬢が容易に動かせるのは不自然を通り越して奇妙ですらある。
「わざわざありがとうございました。お店を繁盛させたい気持ちはわかりますが、お体に気をつけてくださいね」
「ええ、ありがとう。あまり深入りはなさらぬよう……王家周りの噂は、怖いことになるかもしれませんから」
店を出たあと、ソフィアが遠慮がちにレオンに声をかける。
「どうやら本当に、エレナ様が短期間で大きな力を持っているらしいですね。殿下の許可があったとしても、一人の令嬢がこんなに活発に行事を動かせるものなのでしょうか?」
「普通は難しいはずです。王宮に書類を提出し、関係各所の調整があって、ようやく一つの茶会が成立する。それをいくつも同時進行で企画しているというなら、相当な派閥の後押しがあるに違いない」
「となると、ロザリア様の婚約破棄直後からエレナ様がこうした大掛かりな行動に出たのは、ただの偶然ではなさそうですね」
ソフィアの言葉に、レオンは力強くうなずく。やはり自分たちの疑念は的中しつつある。エレナが王太子の信頼を得るまでの不可解な経緯――それは背景にいる派閥の存在が隠せないほどの規模になりつつある証拠だ。単なる殿下の新しいお気に入りで終わる話ではない。ロザリアが失脚した空席を一瞬で埋める勢いを持つには、何らかの手立てが用意されていたに違いない。
「この先、もっと深く探る必要がありますね。王宮内部でエレナ様がどう接触しているのか。それこそ、王太子殿下の近侍や官吏に知り合いはいないか、当たってみましょうか」
「ええ。でも、あまり強引に踏み込むと私たち自身が危険かもしれません。王宮内部で怪しまれない程度に情報を集めるのが先決ですね。私も公爵家のつてを頼りに、使用人仲間を探ってみます」
二人は相談を続けながら、王宮周辺をゆっくり一周する形で足を進めた。正門の近くは相変わらず賑わっており、多くの人が出入りするが、最終的に有力な情報は得られなかった。けれども、兵士や商人、店主との短い会話だけでも「エレナと王太子の急接近に不自然さを感じる声」が多々あることがわかった。そこから察するに、単に殿下が新しい恋を見つけた程度の話ではない可能性がますます高い。
「エレナ様への反発や疑問を抱えている人も少なくないようですが、皆口にするのをはばかっていますね。殿下に睨まれたら大変ですし、エレナ様の背後にある派閥も恐ろしげな気配です」
「そのとおりです。これは僕たちが自力で根拠を集めて、ロザリアの無実を暴くしかない。エレナの急激な台頭が裏から仕組まれたものだと証明できれば、あの夜会の罪状も覆せるかもしれません」
こうしてレオンとソフィアは、一連の調査でわかったことを整理するため、人気のない路地に入って立ち止まる。ソフィアが小さな手帳を取り出し、聞いた話をメモしていく。レオンは「何か物的証拠が欲しいですね」と漏らしながら、周囲を気にするように目を走らせた。陰謀を探る行為は、もし見とがめられれば危険な行為だ。だからこそ、手掛かりが必要なのだが、その道はまだ遠い。
「いずれ、王宮の中にも踏み込まないと駄目かもしれませんね。エレナ様が何らかの文書を使って殿下を動かしたとか、そういう形跡があるなら……」
「そうですね。ただし、私たちが王宮に入るのはリスクが高い。公爵家で何か招待されれば別ですが、今の状況では難しいでしょう。だから、内側に友人がいる使用人や、兵士の仲間を頼るしかありません」
ソフィアは手帳を閉じ、ドレスの裾を軽く払う。そして、ロザリアとの「共闘」を実現するために、こうした地道な調査を続ける意義を再確認する。わずかな会話のなかからも、エレナが王太子との親密さを怪しまれるほど急速に築いたことが伝わってくる。何らかの陰謀があるとするなら、それを裏づける事実を集めることが、ロザリアの汚名を晴らす大きな鍵になるのだ。
やがて日も高くなり、二人は王宮近くを一通り回ったあと、一旦離れた場所にある小さな喫茶店へ足を運ぶ。そこは街中からは少し外れ、人通りが多くないため、落ち着いて情報を確認できる空間だ。二人は隅のテーブルを確保して向かい合うと、互いに息をついた。
「これまでに得たものをまとめると、エレナ様が本来なら手間取るはずの手続きを簡単に飛び越え、多くの行事を殿下に提案していること。短期間で貴族らの支持を得ていること。そして、兵士や商人が口を濁すほど、裏事情がありそうなこと……」
「ええ、やはり殿下の耳に何かが入っているのでしょうね。エレナを推す派閥が、殿下に強い影響力を行使しているか、あるいは殿下が自ら求めているのか……。いずれにせよ、不自然です」
店の給仕が運んできた紅茶を静かに口に含み、レオンはしばし思案する。ロザリアへの断罪が確かに根拠不明だったことを考えれば、エレナがそもそも背後で何らかの計画を進めていたとも思えるのだが、今のところ「怪しい」という印象以上の確証はない。ソフィアも同じ考えのようで、少し唇を噛みながら言葉を選んだ。
「この調子で情報を集めていけば、いずれエレナ様の不可解な動きの裏をつかめるかもしれません。ただ、あまり騒ぎを大きくすると、私たちが警戒されてしまう……難しいところです」
「そうですね。まずは細心の注意を払いつつ、ロザリアにも報告しましょう。あとは彼女の知識や記憶を頼りに、エレナが王太子に近づく前後で何があったかを割り出す。いつ、どこでどういうきっかけでエレナが殿下の目に留まったのか。そこを掘り下げたいです」
二人は軽食をとりながら、具体的な作戦を詰めていく。王宮周辺の兵士や業者だけでは限界があるし、エレナ自身への直接の接触は危険すぎる。ならば、ロザリアが持つ貴族社会の内部情報を活かして、違和感のある行事の日程や、エレナが宮廷に出入りし始めた時期を確認するのが先決だ。
「レオン様、そろそろ公爵家の離れに戻りましょうか。お嬢様たちが先に待っていらっしゃるかもしれませんから」
「そうですね。思ったより有益な情報は少なかったけれど、『短期間で異常なほど影響力を得た』という点ははっきりしました。まずはそこをロザリアに報告しましょう」
喫茶店を出て、二人は子爵家の馬車を使わず徒歩で戻る。公爵家に着いたら、またあの隠れ家のような談話室で情報をまとめる手はずになっている。まだ道半ばだが、徐々に事実の輪郭が見えつつある――エレナが持つ力は明らかに並外れた“後ろ盾”あってのものだ。もしそれがロザリアを貶めた一端にあるなら、そこを突けばロザリアの汚名を晴らす糸口になるかもしれない。




