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誇り高き令嬢は、婚約破棄されても負けません! ~幼馴染と挑む華麗なる逆転劇~  作者: ぱる子
第4章:巡る思い出

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第12話 揺れる心③

 扉の外では、ソフィアがまだ立ち去らずにじっとしている気配がある。彼女がもう一度花束を持ってこようか迷っているのかもしれない。ロザリアは気づきながらも声を出さず、視線を床に落とす。少しだけ部屋を出て行って、その花束を見に行きたいと思う衝動に駆られるが、足が動かない。


(レオン、あなたはどうして今さらこんな想いを……。昔の記憶を呼び起こすだけでも、私にとっては痛いのに)


 そう考えながらも、心の中のどこかが「それでも嬉しい」とささやいているのを無視できない。幼少期のかすかな火種が、今になって二人を繋げようとしているのだろうか――しかし、ロザリアは自分から焼かれるつもりはない。いまの弱い自分を表に出すわけにはいかないのだ。


 結局、彼女はカップを置き、再びソファに深くもたれかかって目を閉じる。ソフィアがいる気配は無視し、扉の向こうからの細やかな物音にも反応しない。頭の中に浮かぶ花束のイメージを振り払い、眠りの中に逃げようとするように呼吸を整えてみるが、まぶたの裏には何度も花の色がよぎる。レオンが選んだであろう花を、一瞥(いちべつ)すらしていないのに想像だけでこんなに心が乱されるとは思わなかった。


「……私って、案外弱いのかもしれない」


 ぽつりとつぶやいた声は、だれにも聞こえない程度の小ささだ。いくら拒絶を繰り返しても、レオンが花束を届けてくれるたび、ロザリアの中で幼いころの思い出が呼び起こされ、心の一部分が柔らかくなりそうになる。それを咄嗟(とっさ)に硬い鎧で覆うのが、いまの彼女の生き方――そうしなければ自分を保てないし、涙を流してしまったら誇りが崩れてしまうと恐れている。


 そっと目を開けると、視界の端に紅茶の湯気がかすかに揺れている。ソフィアは少しでも温かい気持ちになれるようにと気を利かせたのだろうが、花束の香りとは違う。かつてはロザリアも花を愛でる習慣があり、庭や温室で花を摘んで楽しんでいた時代があった。思い返せば、それはまだレオンとも気軽に話せていた幼いころだ。そのころの自分は今と全く違う表情をしていただろう、と考えると胸が痛む。


(もうあのころには戻れない。王太子に裏切られ、婚約まで破棄されて……私には何も残っていない。子爵家の助けなんて、求める資格も意味もない)


 そうやって意地を張り続ける一方で、レオンの存在が心の底で優しく光るのを感じてしまう。その相反する感情がロザリアを疲弊させていくのだが、彼女はただ両手で顔を覆い、深い息をつくしかなかった。差し入れの花束を介して、懐かしい記憶と切なさが混然となって押し寄せる。扉を(かたく)なに閉ざしているけれど、数ミリだけ隙間が開きそうな気配もある。


(こんな弱い私を見せたくないの……ごめんなさい。だから、ソフィア……花束は持ってこなくていい。レオン、あなたもこんな形で私を救えると思わないで)


 しかし、その思いは自分への問いかけでもあった。ロザリアは何よりも王太子妃となるための努力と誇りを失っている今、どう生きていけばいいのかわからない。だからこそ、レオンの誠実な想いを受け取ることが怖いのだ。もし心が溶けてしまえば、自分の存在意義すら揺らいでしまうのではと恐れている。


 時が経ち、ロザリアは意識の中で繰り返し花束の姿を思い浮かべていた。ソフィアの言うように、青い花が混じっているのかもしれない。あるいは淡いピンクの可憐な花が含まれているのかもしれない。いずれにせよ、レオンは自分の好みに合わせて選んだのだろうか……と考えれば考えるほど心はほんの少しだけ温まる。だが、その暖かさは危険なほど心地よく、溶けてしまうのを怖れるがゆえに、頑なな態度が崩せないという悪循環。


「……一度は断った。今さら『やっぱり欲しい』だなんて言えるわけがない」


 わざと冷たい声で言い放ち、ロザリアは再び椅子から立って窓際へ向かった。外を見れば公爵家の庭が広がるが、そこにはかつてのような輝きは感じられない。数多くの花が咲き誇る季節が過ぎ、今はどこか殺風景な空気が漂っている。まるで彼女の心を象徴しているような景色だ。


 それでも、たとえ薄暗い心の中でも、差し入れられた花束のことが頭から離れない。結局、ロザリアの心はわずかにほころび、そしてプライドがそれを締めつけるというせめぎ合いを続けている。その矛盾がいっそう孤独感を高めても、彼女は「仕方ない」と受け入れるしかない。誇り高い公爵令嬢としての自分を守るためにも、この苦しみを抱え続ける以外の選択肢が見えないのだ。


(レオン……花が枯れる前に、どうか諦めて。私にこんな戸惑いを与えないで)


 胸中で小さくつぶやき、ロザリアはカーテンを引ききって部屋の外からの光を遮った。暗がりの中で、彼女はただ一人、その花束の香りを想像しながら深い息をつく。またソフィアが持ってくるかもしれないが、受け取らない。捨てはしないが、受け取ることもできない――そんな宙ぶらりんな感情に、少しずつ心が(むしば)まれる。


 こうして、ロザリアの心にかすかな揺れが生まれつつあるものの、それが一気に解放される気配はない。花束を介して感じるレオンの優しさは、幼いころの記憶を呼び起こし、一瞬の温もりを与えてくれるが、同時にプライドを刺激して「そんな感情に逃げてはいけない」と警鐘を鳴らす。まるで小さな火種を必死で消そうとするかのように、彼女は拒絶を続け、扉を固く閉ざし続けるしかないのだ。


「……みっともない姿、誰にも見せたくない。王太子妃になるために築いてきたものを、こんな形で崩されて……どうすればいいのか、わからないから」


 暗い室内で、自分の声だけが響く。レオンの思いが届けられ、心が少しずつ和らげられる可能性を感じながら、同時に傷つくリスクを恐れて尻込みしている自分を恨むような苦しみを噛み締める。けれど、いま彼女ができるのはこうして「冷たい拒絶」を装うことだけ。幼いころの健気な笑顔は見る影もない――そう自覚していても、それがどうしようもない現実なのだ。


 扉の外でソフィアが気遣う視線を送っているのをかすかに感じながら、ロザリアは静かにベッドへ身を横たえる。頭の中にやまない花束のイメージを振り払おうとしても、結局は思い出してしまう。香りを想像し、レオンの必死な姿を思い浮かべるたびに、胸の中心がじわっと熱を帯び、戸惑いを増す。


「いらない、と言ったのに……捨てるように言えばよかった。そうすればこんなに心揺れないのに」


 しかし、それすらできなかった。ひどく矛盾した自分――花束を断りながら処分も指示できない。そこにかすかな未練と感謝があるのを知っているから、彼女は余計に苦しむ。もしプライドを捨てられるなら、もう一度だけその花束を見てみたいとも思う。けれど、その一歩が踏み出せない。


 部屋は再び沈黙し、ロザリアはゆっくり目を閉じたまま思考を止めようとする。少し前の自分なら、こうした葛藤を抱えて眠るなど考えられなかっただろう。王太子妃になるための明確な目標があり、余計な感傷に浸る暇などなかったからだ。あのプライドが粉々にされた今、レオンの優しさがどれほど心地よいかを痛感し、同時にその心地よさを拒むことでしか自分を保てないのだ。


「……そうよ、私は公爵令嬢。子爵家に頼っても仕方がないの。わかってる。こんなもの、ただの無駄」


 そう言い聞かせて、ロザリアは布団をまくり上げ、頭を隠すようにして横になる。どこからか花の香りが漂ってくるような気がして、思わず深い呼吸をする。しかし、それは単なる想像でしかない。もしドアを開けて花束を手に取ったら、心はどう変わるのだろう――そんな疑問が頭をよぎるが、彼女はもう考えないように強く瞼を閉じた。


 こうして、レオンからの花束はロザリアをわずかに揺さぶりながらも、最終的に扉を開かせるには至らなかった。ほんの少しだけ解けかけた心が、再びプライドに押し戻されてしまったのだ。けれど、この一瞬のほころびが確かに存在したことが、後々になるまでロザリアの記憶に残り続ける。今はまだ、彼女自身もそれを認められないだけなのだ。


「ごめんなさい、レオン……。私はもう……どうにもならない」


 頭を布団の中に沈め、か細い声でつぶやいて誰にも聞かれないまま息を吐く。花束の色合いや香りを想像するだけで、幼いころの思い出が蘇り、痛いくらいに胸を締めつける。その苦しさから逃げたい一心で、ロザリアは布団を固く握りしめる。花束を捨てることもできず、受け取ることもできない――そんな自分の弱さを噛み締めながら、夜の訪れを待つのだ。


 これが、ロザリアの心にわずかに芽生えた変化の兆しともいえる。(かたく)なな態度を取り続けながらも、レオンの優しさを完全には否定しきれない。それは彼女自身の柔らかい部分がまだ生きている証拠であり、そのかすかな火種が大きな波乱を呼び寄せるかもしれない。だが、今はまだ闇の中に小さな光が宿ったに過ぎない。ロザリアが真に扉を開けるか否かは、もう少し先の話だった。


 そうして部屋には再び静寂が落ちる。ソフィアは花束を胸に抱え、「いつの日かお嬢様が受け取ってくれるかもしれない」と密かな希望を抱えながら、廊下の奥へと去っていく。一方、ロザリアは扉の向こうに残る花のイメージを振り払いたくても振り払えず、ベッドに倒れ込んだまま苦しい呼吸を繰り返している。花束が呼び起こす幼い日の記憶と、現在の絶望的な状況――その板挟みで、彼女はなおも揺れ続けるのだ。


「……捨てること、できなかった」


 そんな独白が、部屋の闇に溶けて消えた。レオンが差し出した花束は、わずかにロザリアの固い心をほどきかけた。けれど、プライドの鎧はまだ堅牢だ。いらないと拒絶しながらも、捨てずにいる矛盾が、いつかは彼女の運命を大きく動かすことになるかもしれない。だが、今はまだ夜会で傷ついた少女が、一人きりで苦悶とプライドを抱え込むだけ――それがロザリア・グランフィールドの現実だった。

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