第14話 記憶の修復
クオンに契約を急かされて、改めて子狐姿の精霊を見る。見た目は普通のキツネと変わらない。全体的に赤身がかった黄色の毛で、お腹周りの毛は白く足先だけが黒い。しかし、耳の形を縁取っている銀色の毛だけが、普通の狐ではないと感じさせる。
「クオン、大切に守ってた稲は大丈夫なんだよな?」
「うん、影の中に移したから問題ない。一緒に森の中を移動出来る」
「そうか、それなら早く日の当たる場所に行ってやらないとな」
膝をつき、なるべく視線を低くしてやる。子狐の方は、少しでも体を大きく見せようとして足を伸ばしモフモフの尻尾を立てる。
「無理して大きく見せる必要なんてないぞ。俺たちと一緒に付いてくるか?」
すると子狐の体の力は抜け、真っ直ぐに立っていて尻尾は、今は左右に揺れ始める。
「キューーーン」
クオンが聞いた時と同じ鳴き声が返ってくる。それならば、召喚契約も了承しているのだろう。そして、少し時間を引き延ばしながら、俺の頭の中は必死に名前を考えてフル稼働している。
「五穀の精霊、そして米を司る精霊の名は、シャイ。名を受け入れて、召喚契約に応じろ」
「キューーーン」
再び同じ鳴き声を繰り返すと、俺のブレスレットの中に吸い込まれて消える。
「よし、早くこの森を抜けてやろう。こんな暗い場所より、日の当たる場所に稲を移してやらないとな」
「その前にシャイを呼んで、ご主人様。召喚して、魔力を消費させないと」
「おおっ、そうだったな。シャイ、召喚契約に応じて出てこい」
俺の召喚の呼び掛けに応じて、ブレスレットの中からシャイが出てくる。しかし、シャイの姿が少し変わっている。白かったお腹周りと黒かった足先、それに尻尾の先端が銀色に変わり、一回り大きな姿となっている。これでは、シャイをもう子狐とは呼べない。
「シャイなのか?」
「キューーーン」
しかし、鳴き声は変わらず幼さが残ったままで、クオンのように会話をすることは出来ない。名付けや召喚に応じるのだから言葉は伝わっているが、声に出すと鳴き声になってしまう。俺達の中でも、シャイと会話が成立するのはクオンだけ。それはクオンのスペックは高さを証明している。
「クオン、シャイの米の精霊の力で、何が出来るんだ?」
精霊を召喚しているだけでも、俺の体内の魔力を消費してくれるのだから、それだけでも十分に意味がある。しかし精霊の魔力と同化し、食事や睡眠を必要としない体では、米の精霊の力は俺にとってはあまり必要ないのかもと想像してしまう。
しばらく、クオンとシャイの間には、俺には理解できない鳴き声による会話が続く。
「身体能力が上がる。やってみれば分かるって」
「キューーーン」
再びシャイが鳴き声を上げると、体が少し軽くなった感じがする。しかし、マーノに囲まれたこの場所では、上がった身体能力を試せない。ただ、ルークとメーンが飛び回っている姿を見ると、明らかにスピードが増している。そして、俺の目でもルーク達の動きを余裕を持って捉え、強化されて能力の一端を知ることが出来る。
「そうか、俺にだけじゃなくルーク達にも魔法をかけたのか?」
やはりシャイは、俺の言葉を理解しているようで、誇らしげに胸を張りモフモフの尻尾を大きく振ってみせる。
しかし、変化はそれだけじゃなかった。頭の中がクリアになると、頭の中で壊れてしまった記憶が再構築される。消えてゆくものもあれば、鮮明になり残るものもある。浮かんでは消えてゆく映像や文字に、頭の中が埋め尽くされて、思考が停止してしまう。
「ご主人様、どうしたの?大丈夫、ご主人様?」
そして、クオンの声が頭の中に響く。沢山の映像や文字達を押し退けて、止まっていた思考が再び動き始める。
「大丈夫だ、クオン。忘れてた記憶を、少し思い出しただけ。シャイの能力の影響かもな。モヤモヤしていたものが、少しだけスッキリしたよ」
「何を思い出したの?」
「そうだな、ここはヒケンの森。そして、先にはオニ族の住む村があるはず。それくらいだけどな」
この森の名を思い出しても、何も変わらない。それでも、進むべき道は間違っていない気がする。俺の小説がどんな内容だったかは思い出せなくても、俺なら後味の悪い小説なんか書かない。
それに例え違う世界だったとしても、助けてくれる精霊が現れる。楽観的過ぎるかもしれないが、今はそれを信じて進めばイイと単純に思える。
「さあ、先を急ごうか!」
広くはないマジックシールドの上に、シャイを乗せては飛ぶことが出来ない。召喚解除しようとしたところで、クオンがシャイを連れて、影の中に潜ってしまう。
確かにクオンは、影の中に魔石や稲を持ち込んでいる。クオンがだけが、影の中に潜れるわけじゃない。
「クオンは、影の中で大丈夫なのか?」
「うん、シャイがぼっちになるのは可哀想」
聞くまでもないが、俺が自分の影の中に潜ることなんて出来ず、ポツンと取り残される。残された俺に、カンテが近付いてきて明滅する。
「そうだな、俺にはウィスプ達が居るもんな」




