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エピローグ

 江曽島の身柄を確保した日から半月後の夜、会員たちのほとんどが帰って静かになった筑波ホビークラブの受付の中に、事件のその後について報告するために鹿子木が来ていた。その場には、洋介と愛の他、愛から知らせを受けた洋介の父芳雄も二人の後に座って聞いていた。

 鹿子木は江曽島の犯行の一部始終を説明し、逮捕後に江曽島から採取した口腔内細胞のDNA型と白い手袋に残されていた皮膚片のそれとが完全に一致したこと、さらに、犯行現場で採取した岩石の分析結果も洋介の予想した通りの結果であったこととを報告してから自分の感想を述べた。

「いやー、驚きました。犯行の流れはほとんど神尾さんの推理通りでした。江曽島が供述している時、私には次に彼が何を喋るかがほとんど分かっていましたからね。本当に神尾さんは凄いですよ」

「いやいや、あの推理に辿り着けたのも、愛ちゃんと父さんの適切なアドバイスがあったからですよ。本当に二人には感謝しています」

「確かにその通りですね。でも、それって、毎回のことですよね、えへへへ」

 やや緊張して聞いていた三人は、鹿子木の言葉で笑顔になり、場の雰囲気は柔らかなものになった。


「いやー、江曽島の犯行動機を聞いた時には、私も相当同情しちゃいましたねー。刑事がそんなんじゃダメなんでしょうけどね。神尾お父さんは長いこと研究所の上をやってこられたんですよね。江曽島の発言はどう思われますか?」

「今回の事件は被害者が岩宿明さんで、加害者が江曽島靖さんという結末になりました。これは法律上の結末だと私は思います。事件を研究環境という視点から見つめ直すと、加害者が岩宿さんで被害者は江曽島さんや太田さんや安田さんたち、真面目な研究者たちと言えなくもないでしょうね」

「確かにそういう見方もできると思いますけど、私は曲がりなりにも刑事ですから、そういうことを言うことはできません」

「そうでしょうね。ところで、研究者が受けるストレスには二種類あるようです。一つは今回のケースのように、ある意味邪悪な人の行動によって他の人に生じてくる『無い方がよいストレス』、もう一つは真実を探求するという非常に難しいことを成し遂げようとすることから起こる『まともなストレス』だと思います。できれば、研究者を『まともなストレス』に対してだけ自分の全精力を投入できる環境に置いてあげたいと思います」

「うーん、それは研究者の世界に限ったことではないように思えますけどね。少なくとも警察や一般企業にもその二つのタイプのストレスがあると感じますよ」

 鹿子木は自分でも沢山経験したことがあるというような顔で応えた。


 芳雄は、まだ言いたいことが残っていた様子で、鹿子木の言葉に同意するように頷いた後、話を続けた。

「ところで、江曽島さんの供述の中に研究所組織における上司像に関するものがありましたね。私はその言葉を聞いて、身につまされるものを感じました。私も自分としては、アイデアを出したり研究を実際に行なって仮説を実証したりした人をきちんと評価しようと思って、それを実践してきたつもりではいるのですが、現場の研究者たちから見た場合、果たしてどのように映っていたのか、若干の不安は残っていますね」

「でも、その点に関しては、父さんは相当しっかりとやってきたと思いますよ。私の知り合いの研究者で元父さんの組織にいた人から話を聞いたことがあります。父さんの組織に所属していた研究者の中で、世界的な研究者に育った人が数人いるそうです。この事実は、その研究者たちの業績を父さんが奪い取らなかったばかりでなく、研究者としてしっかりと育んだ証拠である、とその人が言っていました。父さんに関しては安心して良いのではないのですか」

 洋介ができるだけ客観的な見方をしていることを強調するような言い方でコメントした。

「まあ、そう言ってもらうと少しはホッとしますが、本当に重要な問題だと思っています。研究所におけるリーダーたるもの、少なくとも自分が責任者となっているグループで研究してくれている人たちの成果を積極的に掘り起こし、研究所内外に示すよう努力することが最も重要な仕事だ、と私は思いますね」

「それは研究所ばかりでなく、一般の組織においても大事なことですよ。それがきちんとできる人があまりにも少ないのが大問題だと思います」

 鹿子木は、我が意を得たり、とばかりに大声で主張した。


 頷いて聞いていた洋介が少し論点を変えた発言を始めた。

「ただですね、鹿子木さん。研究者自身も何でもかんでも『他人のせい』にしてしまうことも問題だと思っています。私の研究所勤めの期間は短かったですけれど、周りの若い研究者の中には、常に『他人のせい』にしてしまう人を何人か見ましたよ。

 確かに今回の事件における岩宿さんの行動は本当に酷いものだったとは思います。ただ、江曽島さんは岩宿さんを崖から転落させる以外に選択肢は本当になかったのでしょうか。自分たちにでもできる別の方法を何とか見出すことができなかったのかな、という思いが拭い去れません。

 きっと江曽島さんは相当な努力をして現在の研究者としての実力を磨いてきたのだと思います。こんな事件に巻き込まれなければ、将来、素晴らしい研究成果を上げてくれる可能性も十分にあったのでしょう。江曽島さんは今回の行動に出てしまった結果、全てを失うことになってしまうでしょうから……。残念としか表現のしようがありません」

 それを受けてまた芳雄が発言した。

「確かにそういう傾向がないわけではありませんね。それから、最近は成果を上げることが最重要視されていますが、このことが種々の問題を引き起こしているのではないかと思います。成果を挙げないと評価されない、というよりは、成果以外に関してまともな評価がなされていない、ということが問題なのです。例えば、昔は宴会屋さんと呼ばれる人が大概の組織にいて、皆の潤滑剤の役目を果たしていたのですが、今、この役をやる人はほとんど評価されません。だから、そんな役割をやろうという人はいなくなってしまいました。つまり、チーム全体としての成果を上げることに直接的ではない形で貢献した人が全く評価されないのです。この辺りにも問題があるような気もしますね」


 鹿子木は力強く頷いて芳雄の見解を肯定した。それまで黙って聞いていた愛も頷きながら初めて言葉を口に出した。

「事件というのは、世の中の縮図をみさせてもらっているみたいですわ」

「本当にそうだね。確かに今回の事件は一製薬会社の中で起こったことではありますが、これは世の中、ひいては世界の縮図の一パターンといっても良いのではないでしょうか。一人のエゴは、その人を取り巻く人たちに争いを引き起こします。その争いはひいては戦争へと繋がっていくのかもしれません。人間のエゴを、どうにかして対立を引き起こさないように処理していく、ということは平和を(もたら)すための重要なポイントと言っても良いのではないか、と私は思いますね」

 芳雄の言葉に皆が頷き、しばらくの間静かで穏やかな時間が流れた。


                    完


 最後まで読んでいただき、本当に有難うございました。

 第3弾の投稿終了後、一年半も経ってしまいましたが、ようやく第4弾を投稿することができました。

 本シリーズの次作に挑戦するか否か、まだ決めかねています。次の世代に継承していただければ嬉しいな、と考えていることがあり、普通の小説として書いてみたいという思いもあります。ただ、推理小説の良いネタが思い浮かべば、第5弾を書くことになるかもしれません。もしそうなりましたら、また読んでいただければ幸いです。


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