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39.洋介による面談

 芳雄が帰ると直ぐに、洋介は受付の電話で鹿子木に連絡した。

「ああ、神尾さんか。一体どうしたんですか? 何か良いアイデアでも浮かんだんですか?」

 鹿子木は張りのない声でゆっくりと喋った。

「前から思ってはいたんですけど、太田哲也さん、安田順一さん、それに帯織裕一郎さん以外にも岩宿さんに強い恨みを抱いていた人がいるのではないかということが気になって仕方がないんです」

「確かに、以前から神尾さんはそんなことを言われていましたよね」

「それで、私たちがこれまでに得た情報からは岩宿さんに目を掛けてもらっていたと判断している人物が、現在本当はどのような処遇を受けているのかを調べた方が良いのではないかと思うんです」

「つまり、片桐博光や江曽島靖みたいな人間が今、どんな立場にいるかを調べるということですか?」

「はい、そうです。それで、今回はできれば私も直接誰かに会って、その情報をお訊きしたいのですが、鹿子木さん、何とかしていただけないでしょうか?」

「うーん、そういうことですか……。分かりました。片桐や江曽島が現在どのような処遇を受けているかとか、その他の裏話などを訊くには安田順一が良いと思います。安田と会って不十分だと感じたら、次に総務の佐藤課長に訊くのが良いでしょうね。先ず、安田に喫茶店で会ってくれるよう頼んでみましょう。それで神尾さんは良いですね?」

「はい、勿論です。よろしくお願い致します」



 翌日の夜、洋介は喫茶『サイエンス』の窓際の席に座ってぼんやり外を眺めていた。つくば市全体としてはまだまだ明るさに乏しい夜の風景ではあったが、つくば駅と隣の研究学園駅の周辺は商業施設も多く、夜景も大都会程ではないにしてもかなり美しく見えた。

 入り口付近で女店員と話す鹿子木の声が聞こえた。立ち上がって待つ洋介の前に鹿子木に案内されて安田順一がやって来た。

「神尾さん、こちらがG製薬会社の安田順一さんです」

「神尾洋介と申します。お仕事が終わったばかりでお疲れのことと思いますが、ご足労いただきまして、本当に申し訳ありません。ただ、岩宿さんの事件を解決したくて、鹿子木さんに無理をお願いしました。警察官でもない私ですが、どうかお許しください」

「安田です。なに、いいんです。私も一度は疑われた身でもありますので、早く今回の事件が解決されれば安心ですから。それと……、岩宿さんが一体誰にどうやって転落させられたのかということは、私にとっても非常に興味あることです。あれ程多くの人間に憎まれているだろうと思える人を私は知らないんでね。私でできることでしたら何でもご協力致しますよ」

「それは有難うございます。よろしくお願い致します」

 そう言って洋介は深々と頭を下げた。二人が一通りの挨拶を終えるのを待っていた鹿子木が口火を切った。


「神尾さん、安田さんには今日のことをざっとですがご説明してあります。いきなり本題から初めていただいて大丈夫だと思います。そうですよね、安田さん?」

「はい、大丈夫です。私も回りくどいことは嫌いな性質(たち)なんで、ストレートに質問してください」

「そう言っていただくと私も助かります。それでは、単刀直入に質問させていただきます。太田哲也さんが中心となって行っていた研究プロジェクトが終結になった後、その後続テーマを担当し、非常に素早く臨床研究まで進められた片桐博光さんや江曽島靖さんは、現在どのような地位と言いますか立場にいるのでしょうか? つまり、岩宿さんに信頼され期待されていたお二人の現在がどうなっているのか、という質問です」

「あっ、そうか。片桐さんも我々みたいな扱いを受けた一人だったんだ。私も研究部門会事務局を離れてから一年以上経っていますので、最新の情報と言えるかどうか分かりませんが、私の知っている限りでは、片桐さんは今、冷や飯を食わされていると思いますよ」

「えっ、どういうことですか?」

 鹿子木は自分の考えていたことと全く異なる安田の答えに相当動揺した様子で訊いた。


「片桐さんはプロジェクトZAが臨床入りを達成できた頃は、岩宿さんとも非常に良い関係でしたが、それもそう長くは続きませんでした。医薬品開発では臨床に入ることができたとしても、実際それを薬として発売できるようになるまで、非常に多くの資金と時間とが必要になります。研究段階の比ではないのです。片桐さんはプロジェクトZAを仕上げた後、暫くの間、別のプロジェクト立ち上げる準備をしていたようです。しかし、なかなか研究すべきプロジェクトを決めることができなかったのです。一年半くらい経ってからでしたかね、プロジェクトZAの臨床研究に携わりたいとの理由で自分から開発部門への異動を願い出たのです。岩宿さんはそれが気に入らなかったようで、片桐さんは本社の総務部に異動になってしまいました。その後は本社でのことなんで、良くは知りませんが、多分、私と似たような扱いを受けているんじゃないでしょうか」

「そうだったんですか……。それでは、片桐さんは岩宿さんのことを恨んでいたのでしょうね?」

「私は片桐さんが異動になってからは一度も彼と話をしたことがないので、どんな感情を持っているかは分かりません。でも普通に考えれば、尊敬し続けていられるはずはないですよね。私なら酷く恨むでしょうね。おっと、こんな発言をすると、また私が疑われてしまうな。あははは」


「もう一人、プロジェクトZAの臨床入りに貢献した江曽島さんは今どちらに所属されているのですか?」

「ああ、江曽島さんは今でもつくば研究所の合成分門で研究していますよ。プロジェクトZAの貢献が認められて、まだ若いのに合成研究のグループ長になっていますよ」

「そうですか。そうすると江曽島さんは最近でも岩宿さんから信頼されていたのでしょうね?」

「ああ、多分そうでしょう。江曽島さんが岩宿さんの逆鱗に触れたという話はまだ聞いていませんからね。まあ、これまでの岩宿さんのやり方を考えれば、江曽島さんもそのうちどこかに飛ばされる可能性は非常に大きかったと思いますけどね。もう岩宿さんはいなくなってしまったから大丈夫でしょうが」


「そうですか……。ところで、安田さんはご自分よりもずっと年下の片桐さんや江曽島さんに対して『さん付け』なのですね?」

「ええ。意識的にそう呼んでいます。昔は『片桐君』て、呼んでいましたけれど、研究部門会事務局を担当するようになって、上から目線じゃ拙いだろうと思ったものですから」

「そうだったんですか。いろいろとご苦労をされておられるのですね。ええと、それから、片桐さんや江曽島さん以外の人で、始めのうちは信頼されていて業績を上げたにも拘らず、その後酷い扱いを受けていた人をご存知ありませんか?」

「うーん、どうかなあ……。私が知っている限りの話ですけど、片桐さんのような極端な対応を取られた人は他にはいなかったんじゃないかと思いますけどねえ」

「そうですか。本日は貴重な情報を頂きまして本当に有難うございました。また、安田さんにお訊きしたいことができた際は、こういう形でお話しを伺うことは可能でしょうか?」

「ええ、勿論OKですよ。会社で訊かれるより、こういう所の方が会社の連中に目立たないので、こっちにとっても都合がいいです」

「有難うございます。これからもよろしくお願いします」

 洋介は再び深々と頭を下げた。


 安田を喫茶店の出入り口まで送っていった鹿子木が席に戻ると洋介が訊いた。

「鹿子木さん、早速片桐さんについての捜査をやりますか?」

「それなんですがね……」

 鹿子木はそう言ったまま黙ってしまった。

「捜査することができ、片桐さんから口腔内細胞を任意で提出してもらえたとしても、科捜研でのDNA型鑑定をやってもらえるかどうか自信がない、という心配をされているのでしょう?」

「いやだな、神尾さんは私の心を読むのが上手過ぎますよ。でもその通りなんです。もう二回も私の予想とは異なった結果が出ているので、今回は間違いなく直ぐには鑑定してもらえないと思うんです」

 鹿子木はそう言うと肩を(すく)めてみせた。

「まあ、それは仕方がないですよね。こっちももっと証拠を揃えて鑑識の方にやる気になっていただかなければいけませんね。鹿子木さん、私に少し時間をいただけませんか? 今回の事件についてじっくりと考えてみたいんです。私たちにはアルカロイドと割れた鏡という証拠になるかもしれないものがあるんですから」

「そうですかねえ……。こんな状況になってしまうと、あんなものが証拠品になるとは考えられなくなりましたけれどね……。でも今は何も打つ手がないんだから、神尾さんの閃きに頼るしか方法がありません。よろしくお願いします」

 鹿子木は最近では最も足が重く感じているようなだらしない歩き方で喫茶店を後にした。


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