31.筑波隠し
鹿子木が帰った後、洋介はいつものように東側の小部屋に籠ったが、全く閃くことはなかった。その後、敬老の日と秋分の日と土日とが続いたため、筑波ホビークラブはいつになく賑わった。そんな状況では流石の洋介も部屋籠りをしているわけにもいかず、大忙しの何日かを過ごした。鹿子木も他の事件の捜査で忙しかったのか、洋介の状況を察してくれていたのか定かではないが、電話一つ掛けてこなかった。
ようやく繁忙期を乗り越えた木曜日の午後、授業を終えた愛がいつものように筑波ホビークラブの受付に顔を出したが、お目当ての洋介の姿が見えなかった。念のためクラブの室内を西の外れから東の外れまで見て回ったが、発見できなかった。廊下を受付の方に戻ってくると、源三郎の姿が見えた。
「あっ、源三郎小父様。洋介さんはどうされたのですか?」
「ああ、洋介さんかね。今朝会った時、私に挨拶もしないで何か考え事をしていたみたいだったな。その後は姿を見ていないから、いつものように東の外れの部屋に籠ってしまったんだろうな」
「えー、また例のお籠りが始まったのですか。それではここの受付は私と源三郎小父様とで頑張るしかないですね。うふふふ」
「そのようだね」
源三郎も笑いながら愛に応えた。
洋介は岩宿に出された二つの問題を解くことに集中した。最初の問題での指定場所は、『五〇一上で筑波隠しの直ぐ右横に男の頭が見える地点にある台の上の木』であった。
「『五〇一上』とは何を意味しているのだろうか? 『五〇一』の上ということは『五〇二』という意味かもしれない。でも、『五〇一』とか『五〇二』とかは何の番号だろう? これ以外のキーワードは『筑波隠し』と『男の頭』と『台の上』だな……。先ず、具体的な名詞から調べてみようかな」
洋介はそう呟くと、パソコンに向かった。検索してみると、『筑波隠し』とは、主に、宝篋山と三角石峰とを指していることが分った。どちらの山も、見る場所によっては手前にあるこれらの山が邪魔して筑波山が見えなくなるため、『筑波隠し』と呼ばれていると書かれていた。
宝篋山は筑波山の南東側にある標高四六一メートルの山で、土浦市の一部の地区からは手前にこの山があって、筑波山はほとんど見えない。
一方、三角石峰は標高七一〇メートルの山である。筑波山は双峰の山として古くから有名であるが、北側に筑波山の第三峰として三角石峰が存在する。北側の桜川市真壁町地区から見ると、場所によっては三角石峰が筑波山を隠してしまうようであった。
洋介はパソコン上で筑波山近辺の地図を開き、三角石峰と宝篋山とが筑波山を隠す可能性のある地域を調べ、おおよその地区を把握した。
『筑波隠し』については漠然とではあるが何となく指定されている地区が掴めたものの、『五〇一上』と『男の頭』と『台の上』については洋介の頭の中に何も浮かんでこなかった。
仕方なく、二番目の問題について考えてみた。『坊主を前にして男と女とが完全に重なり合って一つに見え、さらに鳥羽の湖を由来とする駅を見出し、その場所と男とを結んだ距離と同じ距離を男から北に伸ばし、その近くにある出産で頼る場所と女とを結んだ線の中点にある白壁の上』が指定された場所であり、その解とは、岩宿が転落した崖の上になるはずであった。
「『坊主』とはどこかのお寺のお坊さんのことなのかなあ……。『男』がこの問題にも出てきているし、『女』も新たに登場した。この男女は一体誰のことなのかなあ……。しかし、坊主を前にして男女が重なり合うとは随分大胆な振る舞いに思えるなあ。それと『鳥羽の湖』という地名みたいな言葉も出てきていた。これが三重県の鳥羽市にある湖だとすれば、指定場所に関係するには遠すぎる感じがするなあ……」
その日、洋介が籠った東の外れの部屋は朝方まで電気が消えることはなかった。
翌朝、腫れぼったい目をした洋介は、出勤してきた源三郎に言った。
「あっ、源さん。申し訳ありませんが、これから外出してきます。受付の方、愛ちゃんと一緒によろしくお願い致します」
「今回は籠り部屋から出て来られるのが早かったですね。愛ちゃんもこんな状況には慣れっこになっていますから、きっと大丈夫だと思いますよ。ですから気にしないで行ってください」
「有難うございます。いつも本当に済みません」
源三郎の笑顔に送り出された洋介は、愛車エクストレイルのラゲージルームに自転車を積み込むと桜川市方面に向けて走り出した。二つの問題に含まれていたいくつかのキーワードのうち、少しは手掛りがありそうな気がする『筑波隠し』から調査してみようと思ったのであった。先ずは岩宿が転落した場所に比較的近い三角石峰によって筑波山が隠されているように見える場所に行ってみることにした。
洋介の車は桜川市真壁町真壁に入っていった。ここは倉や土蔵などがある風情豊かな町で、二月初旬から三月三日まで約百六十軒の家々でひな人形が飾られる『真壁のひなまつり』でも有名な所である。昔からの街並みがあって興味深いが、なかなか駐車する場所が見つからなかった。しばらくゆっくりと車を進め、真壁町古城に入っていくと、『りんりんロード真壁休憩所』の看板が目に入った。そこには『P』の文字が書かれていた。『りんりんロード』は自転車専用道路なので、車をここに置いて積み込んできた自転車で走るにはちょうど良いと思った。
駐車場に車を入れ、ラゲージルームから自転車を下ろし、『岩瀬から九.九キロ地点』にある真壁休憩所からりんりんロードを南に向かって洋介は走り始めた。
『岩瀬から十キロ地点』の道標が見える辺りから筑波山を見ると、左側に位置している女体山はピークというよりなだらかな丘のように見えた。中央には明確なピークを持つ男体山があり、その右側にはやや低く三角石峰が見えた。
南下するにつれ、三角石峰が男体山に少しずつ近づき、『岩瀬から十三キロ地点』の道標が立っている所に来ると、女体山は左側に相変わらずなだらかな丘のように見えたが、男体山は手前の三角石峰にぴったりと重なり、山頂近くの鉄塔の頭しか見えなくなった。
「なるほど、男体山はほぼ隠された状況だな。これが『筑波隠し』と呼ばれる所以だな」
そこから更にりんりんロードを三百メートル程南に行くと、道の両側が数十メートルの長さで路面より一メートルくらい高くなっている場所があった。東側は駐車場として使われていたが、西側の高くなった部分の北側は道路と同じ高さになる所まで階段状になっており、高くなっている長方形の部分の上部は平らで何カ所かに桜の木が植えられていた。洋介は思わずそこで自転車を止めた。
「あれっ、もしかしたらこれは昔の筑波鉄道の駅じゃないかな。高くなっている所はきっとプラットフォームだったんだろう。四月初めの頃はきっとこの桜が美しく咲き誇るのだろうな……」
洋介はそう思った。振り返って筑波山を仰ぎ見ると、男体山の山頂がほんの少しだけ三角石峰の右側に見えていた。
『岩瀬から十五キロ地点』まで南下すると、女体山は全く見えなくなったが、男体山は三角石峰の右側に聳えるように大きく見えた。そこでUターンして北に向かってペダルを踏み、筑波山の三つの峰がどのような位置関係で見えるのかを再確認しながら戻っていった。
洋介は状況が分かったことに少し安堵し、男体山が三角石峰と重なってから左にはっきりと見えるようになった『岩瀬から十二キロ地点』より少し南側の所で自転車を降り、改めてそこから見える景色を眺めてみた。その後、何となく自転車道の脇に立っていた道路標識に目をやると、上には青い六角形の板に、『県道、五〇一、茨城』と表示があり、下には白い長方形の板に『ここは、桜川市真壁町羽鳥』と書かれていた。
「そうなんだ。自転車道でも県道になっているんだ」
国道や県道は自動車が走る道路だけを示すものだと勝手に考えていた洋介には、とても新鮮に感じられるとともに、急に頭の中が回転し始めた。
ようやく閃いた洋介は一所懸命ペダルを踏み、『りんりんロード真壁休憩所』の駐車場に戻ると、急いで自転車を車に積み、南に向かって車を発進させた。問題に書かれていた『筑波隠し』は三角石峰の可能性が高くなったが、念のため宝篋山によって筑波山が隠される場所についても調べておこうと思ったのであった。
りんりんロードに立ててあった案内板に、筑波山の南側にも、藤沢と虫掛に休憩施設が設置されていることが分ったので、『土浦から七.五キロ地点』にある藤沢休憩所の駐車場に車を入れ、再び自転車に跨った。
藤沢から南に向かって土浦市街の方向に走り出したが、『土浦から六キロ地点』の土浦市上坂田までは筑波山双峰のどちらの姿も確認できなかった。正に宝篋山によって筑波山が完全に隠された状況にあった。『土浦から五キロ地点』まで南下すると宝篋山のかなり右側に女体山の頂上が微かに現れ、『土浦から四キロ地点』の土浦市虫掛まで行くと、宝篋山の右側に、男体山から女体山までの稜線とその少し下側までがはっきりと見ることができた。
これでは、問題で指示された『筑波隠しの直ぐ右横に男の頭が見える』状況になってはおらず、これ以上南に行っても問題を解くための情報は得られないと判断した洋介は、そこでUターンし、筑波山と宝篋山の状況を再確認しながら来た道を引き返した。
『土浦から十キロ地点』の土浦市土田部まで進むと、男体山山頂がはっきりと確認できるようになったが、宝篋山山頂からは相当離れた左側の裾野に近い稜線から見えたのであった。
洋介はこの調査で、問題にあった『筑波隠し』は宝篋山ではなく、三角石峰だと確信することができた。




