27.良い情報と凄い情報
その日の夜、洋介が鹿子木に電話するつもりで受付の受話器を取ろうとすると、呼び出し音が鳴った。少しびっくりした表情で洋介は電話に出た。
「何だ、鹿子木さんか。今こちらから電話しようと思っていたのですよ。まさか鹿子木さんからだとは思いませんでした」
「いや、ちょっと良い情報が入ったので、後でそちらにお邪魔してご報告しようと思ったんです」
「それは良かった。私の方も鹿子木さんにお話しする凄い情報が入手できたので、是非ご相談したいと思っていたところだったんですよ」
「それじゃ、仕事が一段落したら、そちらに伺います。神尾さんは大丈夫ですか?」
「勿論ですよ。夜遅くなっても構いませんから必ず来てください」
夜十時近くになってようやく鹿子木が筑波ホビークラブにやってきた。洋介は愛の帰る時間が遅くなることを心配して愛には鹿子木来訪を黙っていたので、既に愛の姿はなかった。
「遅くなって済みません。別の事件が優先なものですから、こっちの件は後回しになっちゃうのです」
「大丈夫ですよ。鹿子木さんとの付き合いはもう結構長くなっていますから、弁解されなくてもよく分かっています」
そう言うと、洋介はキッチンに行き、コーヒーを淹れて戻ってきた。
「愛ちゃんはもう帰ったので、鹿子木さんのお好みの濃さではありませんが、我慢してください。それでは早速ですが、鹿子木さんの『良い情報』とやらをお聞きしましょうか?」
「いやいや、神尾さんの『凄い情報』からお聞きしたいですね」
「まあ、そう言わずに。先ずは警察の情報をお聞きしたいです。さあ、どうぞ」
洋介にそう言われてしまうと、鹿子木から話を始めざるをえなかった。コーヒーを一口啜ってから、数日前、G製薬会社に行って得られた一連の情報と知り合いの刑事に依頼したアリバイ捜査の結果とを簡単に報告した。
「今回の件が事故や自殺ではないと仮定しての話ですが、G製薬会社関連の聞き込みから得られた情報を整理しますと、岩宿を殺害する動機があった人間はかなりの数いるようです。特に強い動機がありそうで、かつ、アリバイがはっきりとしてない人間をリストアップしてみます。先ずは、太田哲也です。本当に酷い目に遭わされた男で、事件当日の午後四時頃のアリバイは証明できていません。また、現在は廃棄有機溶媒処理の仕事をしている安田順一も相当怪しいのです。もちろんアリバイはまだ証明されていません。それから、G製薬会社本社の総務部にいる帯織裕一郎です。彼も岩宿の餌食になったそうで、恨んでいることは間違いないと思える人間です。事件当日は朝からつくば市に来ていて、昼飯後一人でパーラーEというパチンコ屋に行き、夕方七時頃まで帰って来なかったそうですが、アリバイは今のところ証明できていません。パチンコ屋などでの聞き込みは別の事件への応援で忙しくてまだ手付かずの状況なんで、明日にでは私がやるつもりです」
「そうでしたか。現時点では動機があってアリバイが証明できてない人物として、太田哲也さん、安田順一さん、それから帯織裕一郎さんの三名が挙がっているということですね」
「そういうことです。それでは、そろそろ神尾さんの『凄い情報』とやらを聞かせてくださいよ」
鹿子木は目を輝かせて催促した。
「岩宿さんが倒れていた傍の崖の中腹で白い手袋を拾ったことを鹿子木さんは覚えているでしょう?」
「勿論ですよ。それがどうかしましたか?」
「あの手袋は警察できちんと保管されているのですよね?」
「勿論ですが、まだ事件だと確認できていないので、とりあえず私が大事にしまっていますよ。神尾さん、焦らさないで早く教えてくださいよ」
鹿子木は語気を強めて催促した。
「あの手袋を拾った時、私が使った手袋を、鹿子木さんからいただいたポリエチレンの袋に入れておいたでしょう。あの左手用の手袋からアルカロイドが検出されたのです」
「何ですって!」
「あの手袋は鹿子木さんからいただいた新品でしたよね?」
「ええ、勿論です。必ず新しい手袋で捜査することになっていますから、間違いありません」
「そうすると、私の左手用の手袋にアルカロイドが付着したということは、あの崖の中腹で拾った手袋にはもっと濃い濃度のアルカロイドが付着していたと考えられますよね」
「早速、あの手袋を鑑識に回して調べてもらわなくちゃいけないですね」
そう言うと、鹿子木は直ぐにでも帰りそうになったので、洋介は次の言葉を発した。
「私の手袋に付着していたアルカロイドはいくつかのスポットが観察されたので、精製された純品ではなく、粗製の状態のアルカロイド混合物かもしれません。つまり、岩宿さんの顔に付着していたものと同じ成分の可能性も十分にあると考えられるのです。もしそうだとすれば、白い手袋はあの崖の中腹の小さな木の枝に一月余りも放置されていたのでしょうが、大した分解や変性も受けなかったのでしょう。きっと直射日光がそれ程当たらないような場所に引っかかっていたからなのでしょうね。それを私が掴んだ時に私の手袋にも付着したと考えられます」
「神尾さん、もし、警察で保管しているあの手袋から岩宿の顔に付いていたものと同じアルカロイドが検出されたら、事件の可能性が凄く高くなりますよね?」
「そう考えるのが妥当でしょう。わざわざ手袋をしてアルカロイドを自分の顔に塗るような人はいないと考えるのが普通でしょうから」
鹿子木はもう我慢できなかった。洋介の言葉が終わらないうちに受付のドアの前まで歩いていた。洋介に挨拶するのもまどろっこしいような素振りですっ飛んで帰っていった。




