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「あの男!本気で許せないんだってば!」


鬱憤を晴らすようにビールジョッキを勢いよく飲み干す常連の姿に、居酒屋マルヤの店主の巧は苦笑しながらも宥めるように枝豆をそっとサービスした。


「聖恵ちゃん、俺そのセリフもう何度も聞いてる気がするんだけど。…まぁとりあえず今日はこれ食べて気分変えてこ。」


思いがけないサービスをされた聖恵は、ぶすっとした顔をしつつも巧にお礼を言うと、パクリと美味しそうにそれを頬張った。


「だってあの男、潤也だけは違うと思ったんだもん!結婚してもいいってアタシに言ってきたんだよ?それなのに!」


そう、それなのにあの潤也という男は聖恵の他に3人も付き合っている女性がいて、聖恵は危なく結婚詐欺にあう所だったのだ。

きっと男は聖恵の家の財産を狙っていたに違いない。


あんな男とよく自分は3ヶ月も付き合っていたなと思う。


「あんまりにもムカついたから顔に一発お見舞いしてやったわ!でも初めて人の顔なんて殴ったからまだちょっと手が痛いけど…。」


右手を力ない動作で揺らしながら

少し興奮気味にそのことを思いだして語る聖恵の姿に、若干引き気味になった巧は殴っちゃったんだぁ、すごいねぇと小声で呟く。


「まーでも聖恵ちゃんはせっかくの美人でお金持ちで素敵な子なのに…。ホント神様は聖恵ちゃんからその、男運だけは持ってっちゃったのかねぇ。」



「そんな…巧ちゃん、悲しくなるようなこと言わないでよ。」


深いため息をつき、ついにカウンターにうつ伏せになった聖恵は、少しだけ自分の生い立ちを恨んだ。



聖恵の親は日本三大不動産会社の一つ、庄司不動産を経営しており、聖恵は両親に溺愛されながら幼少の頃より美人だね、将来が楽しみだねと蝶よ花よと何不自由なく育てられ、本人の努力もあって国立のT大学を卒業した。ここまでみれば一般的に素晴らしい経歴といえるだろう。


ただ、残念ながら聖恵は大学卒業までの間、全くと言っていい程、男性と関わることが少なく、一度もまともな恋愛をした事がなかった。



それは常に聖恵の側にいるSP達のガードが堅く、関係を持とうとする男性達を片っ端から遠ざけたり、聖恵が話しかけようとするとどの男性も面倒に巻き込まれるのが嫌なのか、顔を背けるばかりで、男友達の一人も作る隙が無かった事が原因だった。



その結果、親の期待通りの世に珍しい程の清純な女性へと成長していた。



だが、聖恵は純粋な恋愛をしてみたかった。



少女漫画に出てくるような遊園地デートや、映画デート。待ち合わせに少しだけ遅れてケンカしたりしなかったり。。

そんな他愛もない事も誰かとしてみたかった。


だが、このままではもしかしたら彼氏を通り越して知らない誰かと結婚させられるかもしれない。


それは嫌だと、少女漫画で毒された聖恵の乙女心が猛反発し、全力で親の反対を押し切って大学卒業後はあえて親族の会社は全て避け、何も関係が無いIT関連企業の広報部へと就職した。



しかし、環境を変えたからといってすぐに理想の彼氏が出来るほど世の中甘くはない。



ガードが緩くなった聖恵はこれぞチャンスと ばかりに積極的に異性に猛アピールし、たまに好みの男性に巡りあえば、100発100中で交際にまで発展したが、その度に相手は聖恵の親会社を気にしたり、聖恵の外見だけしか見ようとしない為、殆どが1週間〜3ヶ月で別れることを繰り返していた。


「はーホントまともな彼氏が欲しい。」


コロコロと交際する人を変える自分が言えるセリフではないのかもしれないが、

聖恵は早くステキな恋愛をしたいと常に心の何処かで焦っている自分を感じていた。


「まぁ、聖恵ちゃんの場合、本気の恋愛じゃないからダメなんだと思うよ」


巧曰く、本当に好きな人なら女の子はどんな最低な人でもついてっちゃうからさ〜。というのが見解で、ちょっとでも相手のダメところを許せないで別れるのは、相手を本当に好きではない証拠なのだそうだ。


「うーん。じゃあ私の本当に好きな人は何処にいるのよぉ。。」


枝豆を食べながら、すでに空になったジョッキを眺めていると、丁度新しい客が来たようで、店内が一瞬静かになった。


「隣座ってもいいですか?」


急に声を掛けられた方へ聖恵が振り向けば、そこには肩まである漆黒の髪に少し垂れ目がちな茶色の瞳を持つ男性が甘い微笑を携えて立っていた。


「え?あっ…どうぞ。」


あまりにもその男性がカッコよかった為か、つい声が裏返ってしまった。


男性はどうも。と一言いうと、隣で巧にビールを注文している。


ヤバイ、ホントこの人タイプかも!少しドキドキしながら聖恵がもう一度コッソリ隣を見れば、横顔もやっぱり素敵な美男子である。


どうしよう、こんなチャンス滅多にないよね。


それに相手も何故か一人で飲みに来ているようだし、少し話し掛けてみようかな。


「あの…」


聖恵が勇気を出し、話し掛けようとした時だった。


「ハイ、コレお隣さんから驕りだって。」


急に巧からビールジョッキを渡されて聖恵は少しムッと思いながらも、驕りという言葉に首を傾げた。


「驕り?」


その言葉を繰り返しながらも、巧の方を見れば、巧は聖恵に何故かウインクしている。


「そう、俺からの驕りです。良かったら一緒に少し飲みませんか?」


まさかと思い、隣を見れば

男性は聖恵に目線を合わせてからゆっくりと、微笑んでいる。


(ぇえー!ちょっと待って、コレって何?)


向こうから声を掛けられるなんてー。


頬を染めながら、コレは夢じゃないかと自分の頬を捻ってみる。


うん、痛い、ウソじゃない。


(何だか運命を感じちゃうかも!)


突然の嬉しいお誘いに、聖恵が出した答えは一つしかない。



「ありがとうございます。是非お話ししまょう」




ニヤけている自分の顔を必死に戻そうと、聖恵は全力で太腿をつねっては、自分に冷静になれ!と暗示をかけていた。






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