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第一章・6

 6.


 その日、日が落ちて一行はまた野営の準備をした。適当な木切れを集めて来て焚き火を熾す。その火で保存食を炙り、温めて簡単な食事を済ませた。

「ふぅ……」

 イオンが布切れで額の汗を拭い、水袋の水を飲みながら、焚き火の前に陣取るコリンの横に座る。ハーヴェイとの稽古の後だった。

「今日はだいぶしごかれたよ。まあ、強くならないといけないから、仕方ないけどさ」

 冗談めかしてコリンに話しかけるが、コリンはいつものように明るく答えることはしない。

「本当に、イオンは強くなりたいと思ってるの?」

 燃え盛る炎を見詰めながら言う。

「いや、できれば俺は村で畑を耕していたかったけど……」

 コリンの妙な態度に戸惑いながら、イオンがついそう口にした。

「だったら! だったら何でこんな危ない旅に出たりしたの!? イオン、わかってるの? あんた、死んじゃったかも知れなかったんだよ!?」

 コリンが身を乗り出して叫ぶ。その視線が痛々しくて、イオンは目を背けて頭を掻いた。

「いや、だって、村長が行けって……」

「……イオンは、村長が死ねって言ったら死ぬの? 自分の命より、村の方が大事なの?」

 その言葉に、今度はイオンが腹を立てた。

「そ、そんなわけないだろ! でも、村の決まりは守れって小さい頃から教えられてたし……。大体、コリンこそ何で着いて来たんだよ? どうせ面白そうとかそんな理由だろ?」

 その言葉に、コリンはギリギリと歯を食いしばり、イオンを睨み付ける。

「……馬鹿っ! イオンの馬鹿! あんたなんて……そこの変な女の子と一緒にどっかに行っちゃえばいいんだっ!」

「お、おいコリン……」

 コリンは自分の鞄を手に取ると、街道を走って行ってしまった。

「おい! 待てよ!」

 イオンは立ち上がったものの、どうしたらいいのかわからなかった。確かに自分が少々言い過ぎたのはわかるが、なぜあそこまでコリンが怒るのかも理解できない。

 少し離れたところで空を見上げていたハーヴェイが二人の大声に気付いたらしく、こちらを見ている。

 イオンは助けを求めるようにハーヴェイを見たが、ハーヴェイは無情にも手をひらひらと振ると、再び空を見上げ始めた。

 コリンは脚が速い。小さい頃から一緒に村の野山を走り回って遊んだ仲だが、頭を使う遊び以外は全てコリンに勝てたことはない。

 イオンが戸惑っている内に、コリンはとっくに遠くに行ってしまっただろう。ましてや、すっかり日が落ちて辺りは暗い。まだ街道を進んでいる途中とはいえ、森の中に行ってしまったのならもう探しようはない。

 だが――。

(探さないと不味いよな……)

 弓の名手とはいえ、コリンとて少女である。それに、どうも自分の言葉で傷付けたようなので、ここはイオンが謝りに行くのが筋だろう。

 長い付き合いだ。何度か喧嘩したこともあるが、旅先で突然走り去られては探す当てもない。

 どうしたものかとイオンがボリボリと両手で頭を掻いてると、さっきまでこっくりこっくりと船を漕いでいた巫女が、いつの間にか空中に手を彷徨わせている。

 だんだんわかってきたのだが、巫女がこの仕草をするのは、誰かを探している時だ。そして、何となくこうする時は不安そうな印象を受ける。なので、イオンは空中を彷徨う巫女の手を取って、握手をするように軽く上下に振ってやる。こうして、自分がここにいることを知らせてやれば大体安心してこの仕草を止めるのだ。

 が、今日に限ってはイオンがそうしても一向に止める気配がない。握られたイオンの手を、なお上空に、上に上に持って行こうとする。

「な、何だ? どうしたんだ?」

 巫女はなおもぐいぐいとイオンの手を上に引っ張る。もしかして、そう思ってイオンが立ち上がり、巫女を引っ張り上げる。すると、案の定巫女も立ち上がった。

 更に、巫女はイオンの手を握ったまま、どこかへ行こうとする。

「お、おい! 危ないって!」

 しかし、巫女に声は聞こえないという。構わず巫女はイオンの手を引き、どこかへ連れて行こうとする。

 二人の異常に気付いたハーヴェイが、こちらにやって来る。

「おい、巫女様に何があった?」

 巫女のこととなると、ハーヴェイは厳しい。

「いや……その、何か、俺をどこかに連れて行こうとしてるらしい」

 ハーヴェイが行く手を遮るように巫女の前に立つと、巫女はハーヴェイの前で手を彷徨わせる。ハーヴェイもイオンと同じく、その手を握る。すると、巫女はイオンとハーヴェイ、二人の手を引き、またしてもどこかに行こうとする。

 その様子に、イオンは、

「……もしかしなくても、コリンを探しに行くつもりなのか?」

「どうやらそのようだ。全く、どうしてくれる?」

 ハーヴェイが溜息をつく。

「その、止めようって言っても聞こえないんだよな?」

「ああ」

 ハーヴェイの声は、明らかに不機嫌そうだ。二人の痴話喧嘩のせいで、巫女が危険な行動に出ようとする羽目になったのが気に入らないらしい。

「巫女さんは、マナで生き物を感知できるんだよな? なら、巫女さんの後に着いて行けばコリンが見付かるかも知れない。……悪い、しばらく巫女さんの力を借りたい」

 そう言って、イオンがハーヴェイに頭を下げる。

「半刻だけだ。それ以上時間がかかるようなら、抱きかかえてでも巫女様はお連れする」

 ハーヴェイは最早完全にイオンを睨んでいたが、少しばかり猶予をくれた。ちなみに、『刻』というのは時間の単位で、一日を八つに分けたのが一刻である。半刻は更にその半分なので、一日の十六分の一。

「ありがとう……」

 そう言って、イオンは巫女に先を任せて野営地を離れ、夜の闇の中を歩き始めた。


   *


 イオンと巫女、ハーヴェイの三人はしばらく歩いた。巫女の足取りは相変わらずたどたどしいので、余計に時間がかかる。

 イオンは中々進まない巫女の足に少しばかり苛立ちを、後ろから睨むハーヴェイの視線に気まずさを感じていた。

 が、やがて巫女は森の前まで来て立ち止まった。

「ここに、コリンがいるのか?」

 聞こえてないとわかっていても、つい尋ねてしまう。

 巫女は森の入り口まで来ると、何やらおろおろとし始めた。

「どうしたんだ……?」

 痺れを切らしたように、ハーヴェイが代わりに説明する。

「恐らく、コリンはこの森にいるのだろう。だが、夜の森は獣や魔物のねぐらだ。しかも、古い大樹は発するマナも大きい。巫女様もこれ以上は気配を察知できないか、或いは邪悪な気配に脅えてらっしゃるようだ」

 とりあえず、イオンは巫女の両肩を軽く叩いて落ち着かせる。

「ここからは俺が探しに行って来る。ハーヴェイたちは……」

「言われずとも、巫女様を危険に晒すような真似はさせぬ。一人で行って来い」

 機嫌の悪いハーヴェイは普段とは打って変わって大人気なく冷たい。しかし、元はといえばイオンとコリンの問題なので文句は言えない。むしろ、ここまで付き合ってくれただけでもありがたい。

 イオンは暗い森の中へと一人足を踏み入れた。


   *


 慌てて出てきて灯りを忘れたことをイオンは今更後悔していた。

 夜道を歩いていて多少目が慣れたと思っていたが、木々が空を覆う森の中は完全な闇だった。

 それに加えて、同じ様な景色が続いており、下手をすれば出られなくなりそうだ。

 しばらく悩んだ後、イオンは決心すると、叫ぶ。

「コリン! いるんだろ! 俺が悪かった! 危ないから戻って来てくれ!」

 一瞬、木々の木の葉が風にゆれる音かと思った。だが、もう一度、今度ははっきりと聞こえる。

「……本当に、悪いと思ってる?」

 コリンの声だ。近くから聞こえる。だが、見回しても人の影は見えない。仕方ないので、再びイオンは叫ぶ。

「ああ! 俺が悪かった! コリンは、その、俺のことを心配してくれたんだよな? 旅に着いて来たのも、俺を心配してくれたんだよな? なのに……ごめんっ!」

 ガサ、と上の方から音がした。そして、イオンの目の前に人影が立つ。木の上から飛び降りてきたコリンだった。

「気付くの遅いよ、バカ……」

「本当に悪かった。けど、もう危ないからこんなことは止めてくれ」

「ん」

「これからどうするんだ? まだ、一緒に来てくれるのか?」

 イオンが尋ねる。

「まあ、帰るにはちょっとタイミングが遅いしね。それに、イオンもちゃんとわかってくれたみたいだし。また今日みたいなことがあるかも知れないし」

「ああ……ありがとう!」

「……ところで、イオンはその……あの巫女さんのこと、どう思ってるの?」

 小声でコリンが尋ねると、イオンは嬉しそうに言う。

「いや、実はコリンを見付けられたのも、あの娘のおかげなんだ。ほら、あの娘、マナで生き物の気配がわかるだろ? 今もハーヴェイと一緒にコリンが帰ってくるのを待ってるよ」

 その返事に、コリンは眉間に皺を寄せてうううー、と唸った。

「イオンのバカっ!」

「えっ!?」

 今度こそ何故怒鳴られたのかさっぱりわからないイオン。コリンは一人、すたすたと森の出口に向かって歩き出す。

「ちょ、ちょっと待てよ!」

「知らないっ!」

 しかしコリンは、さっきのように走っては行かず、大股で歩いて行った。慌ててイオンが後を追う。

 やがて、森の入り口で待つハーヴェイと巫女の姿が見えてきた。

 コリンが近付くと、巫女は嬉しそうな顔をして、手を空中で彷徨わせる。コリンもその仕草の意味を理解しているので、すぐに握り返してやる。

「ありがと、巫女ちゃん。あたしのこと、探してくれたんだってね? オジサンも、迷惑かけたね、ごめん。ほら、行こう」

「おい、待て、待てってば!」

 腰の剣をガシャガシャと鳴らしながら小走りに追いかけてくるイオンを置いて、三人は元居た野営地に戻って行った。

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