第一章・7
ちょっとだけラノベっぽくなってきたかも知れません。
7.
一悶着あったものの、一行は翌日は何事もなく無事に旅を続けた。
コリンはまだ何かイオンに対して不満を持っているようだったが、今までと同じ様に冗談を言ったりするようになった。
イオンが自分達を襲った先の下手人についてハーヴェイに尋ねたが、ハーヴェイは知らないという。だが、巫女を狙う輩や、巫女を襲う理由ならばいくらでも想像はつく、とそれだけ言った。
やがて、その日も日が落ちて、一行は野営の準備をした。
焚き火の上で、小さな携帯用の鉄の鍋が熱されている。その中には、布でこして簡単にろ過した水に、調味料と干し肉を入れて作った簡単なスープがブクブクと沸騰している。
干し肉を放り込んで、鍋をかき混ぜていたコリンが、渋い顔で言った。
「何かさー、段々ご飯がひもじくなってきてる気がするんだけど……」
横に座っていたイオンが、頬を掻きながら答える。
「……多分、気のせいじゃないな。そろそろ食糧が尽きかけてる」
その言葉に、コリンがぐい、とイオンに顔を寄せて怒鳴った。
「『尽きかけてる』じゃないよ! ほら! これでお肉最後だよ!?」
そう言って、手でちぎっていた干し肉の残りを乱暴に鍋に放り込んだ。勢いでスープが跳ねて雫がイオンの顔にかかる。
「熱っち!」
「オジサン! どうするつもりなのさ!」
イオンに構わず、コリンが向かいに座っているハーヴェイに問い詰める。ハーヴェイは平然とした顔で、
「俺の計算では、明日の昼前には町に着く。そこで買い物をすれば問題なかろう」
そう落ち着いて答えた。
「ご飯だけじゃないんだからっ!」
コリンがイオンと反対側の自分の隣に座る巫女の長い真っ直ぐな銀髪をなで上げながら大袈裟に嘆かわしそうに言う。
「もう何日もお風呂に入ってないから、巫女ちゃんのせっかくの綺麗な髪の毛が。あたしが一生懸命櫛を通してるのに……」
髪を撫でられている当の巫女は、目が見えないからか特に反応はない。
「そうか? 俺にはわかんないけど……。それに、俺は別に何ともないぞ?」
「男と一緒にしないでよっ! イオンは川に頭突っ込んで洗ってるからでしょ!」
そう言って、おたまでスープを僅かにすくってイオンの手の甲に垂らした。
「だから熱いっての! おまえいい加減にしろよ! 食べ物を粗末にするんじゃねぇよ!」
一瞬反省しかけたイオンも、コリンのあんまりな行動に怒鳴り返す。
「ふんっ!」
しばらくして、煮立ったスープをコリンがよそって各々に配った。しかし、イオンの器には、肉が入っていなかった。
翌日。
朝起きたイオンは川の水を頭から被る。それを何度か繰り返した後、布切れで簡単に頭を拭く。酷いボサボサア頭だが、放っておけばその内乾く。
毎日無意識にやっていたことだが、確かに年頃の女の子ではこうも適当にはいかないよな、と昨晩のコリンの言葉を思い出す。
そうは言っても、イオンは毎晩ハーヴェイの稽古で汗をかいてるし、最近は夜の見張りも交代でやっている。多少大目に見て欲しいものだ、と思った。
*
「町だー!」
コリンが歓声を上げる。確かに、道の先に魔物除けの柵が見えてきた。ここから少し低い土地にあるのか、家々の屋根が連なっているのも見える。
「結構大きいんじゃないか?」
巫女の手を離して走っていってしまったコリンに代わり、巫女の手を引きながらイオンが尋ねる。
「そうでもない。人口は多いかもしれないが、交易はそれほど活発ではない。経済的にはそれほど豊かな町だとは聞いていない」
そう言えば、ハーヴェイとて何でも知っているわけではないのだった。
「とは言っても、食糧を買い足して、宿に泊まる分には不自由しないだろう」
憶測でも、その一言は頼もしかった。
「美味しいー!」
道端で人目もはばからず、パンにタレで炙った肉が挟まったものをかじりながらコリンが叫ぶ。
「馬鹿、恥ずかしいからよせ」
イオンがなだめるが、コリンはじっとりとした視線を返して言う。
「何よー? 美味しいものを美味しいって言って何が悪いの? むしろお店から宣伝料をもらったっていいくらいじゃない!」
そういって、またパンにかじりつく。
また何か言い返そうとして、イオンは面倒くさくなって止めた。確かに、食糧は温存しなければならない日々が続いていた。コリンの気持ちもわかる。イオンとてさっきハーヴェイが買い足した食糧を鞄に詰めているが、その重さが何だか幸せに感じる。
「とりあえず、ハーヴェイが呼んでる。行くぞ」
そう言って、巫女と手を繋いでるのと反対の手でコリンの襟首を掴んで引き寄せる。が、コリンは踏ん張って引きずられまいとする。
「もう一個買って!」
「ダメだっ!」
イオンは即答した。昨日のスープの復讐は果たされた。
ハーヴェイの後を着いて行くと、一軒の大きな建物の前に来た。つい見上げてこれは何の建物かと尋ねようかと思った矢先、看板を見付けた。
「宿屋か」
イオンがポツリと言う。
「お風呂付いてる!?」
コリンが興奮気味に言う。
「ああ、さっき主人に聞いた。今夜はここに泊まるぞ。支払いは済ませてあるから、出入りは好きにしろ」
まだ日が高い。泊まるということは、今日は自由に行動していいということなのだろう。
コリンが巫女の手を引いて、遠慮なくドアを開ける。
「さ、巫女ちゃん、行こう! 一緒にお風呂入ろう」
最近わかったのだが、巫女は一行の気配と、大体の感情を把握できるらしい。コリンが嬉々として自分の手を引いてるのに気付き、嬉しそうにその後に付いて行く。
イオンはどこに行こうかと思っていると、コリンがビシッと指を差して言う。
「お風呂、見張ってて」
イオンは胸焼けでも起こしたような顔で拒否の意思を表示したが、儚くも無視された。
部屋に荷物を放り込んで、一体どういうことかとコリンに説明を求めると、若い女二人で入浴するのは誰かに覗かれる心配があるから窓の外で見張っているように、とのことだった。何度も考えすぎだと主張するイオンを無視して、貸し出されたタオルを抱えてコリンは風呂に向かって行った。
途中で抜け出してしまえばいいだろう。そうすれば、あれこれうるさく言われることもない。イオンはそう判断して、宿のドアから外に出て、風呂のある壁に寄りかかった。
風呂のある壁側は、町を囲う柵に面していた。要するに、この宿屋は町の外れにある。どう見ても、覗きが隠れられる場所はない。ちゃんと窓も高い位置にある。横の煙突から、蒸気が空に逃げている。
やがて、バシャバシャという水音と、甲高い声が聞こえてきた。思いの他、この宿屋の壁は薄いらしい。恐らく内側が石などで加工されていないのだろう。湿気ですぐに木が腐るので、簡単に取り替えられるように薄い木材で造られているのだ。
何を言ってるかはわからないが、コリンの声が聞こえる。子供のようにはしゃいでるのは間違いない。そして恐らくお湯を流しているのだろう、水音がする。
見張りなど馬鹿馬鹿しい――そう思っていたイオンだったが、ぼーっと壁に寄りかかっている内に、何となく落ち着かなくなってきた。
この薄い木の壁の向こうには、自分の幼馴染と護衛対象の少女が二人いる。二人は風呂に入っている。つまり、今の二人は――。
そこまで考えて、イオンは急に気恥ずかしくなってきた。そういえば意識していなかったが、コリンももう小さな子供ではない。それに、巫女も正確な歳はわからないし、痩せた体型だが、美しい少女である。
意識し始めると、そわそわして落ち着かない。これでは生殺しである。と言うより、まるでイオンが覗きをしているようではないか?
「あー、さっぱりした! イオーン、もういいよ、ありがとね。……イオン、何してるの?」
風呂から上がったコリンは、宿に巫女を置いて、見張りをしているであろうイオンに見張りを終えていいと告げに来た。
「お、おう……」
風呂の壁の前で、イオンが腰の剣を抜いて、必死に素振りをしていた。
「剣の稽古? すごい汗かいてるよ?」
「あ、ああ。ちょっと暇だったんでな」
確かにイオンは息が上がっており、額は汗で濡れている。
「お風呂、上がったから、もう見張りはいいよ。イオンもそんなに汗かいたなら、お風呂入れば?」
ちょっと引き気味に、コリンが言う。
「ん? あ、ああ。そうしようかな。それと、ここは多分覗きは出ないぞ。構造的に」
「そう? まあ、ありがと」
コリンはそう言うと、怪訝そうな顔で宿屋に引っ込んで行った。
宿屋のロビーでは、テーブルの上に地図を広げたハーヴェイが難しい顔をしていた。
「イオン、何か知らないけど、一生懸命剣の稽古してたよ」
何とはなしに、コリンがそう告げる。
ハーヴェイは確かイオンが外に出て行った理由を聞いていたので、コリンの言葉を聞くと、ニヤリと笑って、
「大した若造だ」
と、それだけ言った。
コリンは妙な男二人に首を傾げると、巫女の手を引いて部屋に戻った。
やがて、ドアが開いてイオンが入ってきた。剣は腰の鞘に収められているが、いつも使っている布切れを持っていなかったのか、汗はそのままだ。
再び地図から顔を上げると、ポツリと、
「欲求不満の解消方法としては、実に良い方法だ」
そう、何もかも知り尽くした長老のように言った。




