第一章・3
3.
ハーヴェイの後ろに巫女、その左右をイオンとコリンが挟むような隊列で、一行は歩く。もっとも、隊列などという仰々しい決まりでそうなったわけではない。イオンもコリンもまだ行き先を聞いていないので、自然とハーヴェイに先導を任せる形になったので、彼が先頭を歩いている。その後ろにイオンとコリンが着いて行くわけだが、“物理的に”目が見えない巫女はちょっとした地面の起伏や石ころ一つで転びそうになって危なっかしいので、自然と左右から二人で支えるような形になっただけである。
山の中腹にある村を出てから、そのまま山を下る街道を下っている。この先には、イオンは名前は知らないが村人から「町」と呼ばれているところへ繋がっている。
村ではどうしても物資が足りない。実際問題として、最近人口も増えつつある村は自給自足が完全にできてはいない。時には村で採った作物や、狩の獲物、工芸品を町に売りに行って現金に換え、村で手に入らない物資を買わなければ厳しい現状になっていた。
なので、村の者はほとんどが定期的に町には通っている。イオンやコリンとて例外ではない。
「あの……ハーヴェイさん、町に行くんですか?」
当たり前だとわかっているが、確認のためにイオンがハーヴェイに尋ねる。ハーヴェイは振り向かずに答える。
「ハーヴェイでいい。まずは町に行って、必要な物を買いそろえる」
「そう言われても……」
イオンは確か今年で十七歳。対してハーヴェイはそうとう年上に見える。それなりの礼儀意識を持っているイオンとしては、呼び捨てにするには抵抗があった。そんなイオンの気持ちを察してか否か、ハーヴェイが言う。
「俺に対して敬意のようなものは持つ必要がない。この中で一番偉いのは巫女様、次が正式な護衛役のおまえだ。俺は世話役に過ぎん」
「あたしは?」
さっぱり空気を読まずにコリンが言う。
「途中、何らかの事情で同行する者が増えた場合、その者が護衛の下、俺より上になる」
「んー? よくわかんないけど、そういうの、決める意味あるの? 止めない、そういうの」
考え込むような仕草をしながら、コリンが言う。
「そうはいかない。これは村の大事な儀式だ。はっきりしておかなければならないこともある。とりわけ、護衛は大事な役だ」
「……俺は護衛役らしいけど、一応イオンって名前があるんだけどな」
ちょっと意地悪く、イオンが言う。先ほどからハーヴェイが言っている「護衛」というのが、役職ではなく自分を指して言っているような気がしたからだ。
「それはすまない。おまえのことは話には聞いていたが、お互い名乗る時機を逸したな。改めて、俺はハーヴェイだ」
「イオン。ついでに、こいつはコリン」
親指で自分を、次にコリンを指してイオンが名乗る。
「よろしくっ! オジサンっ!」
なぜかコリンが嬉しそうに敬礼する。そんな呼び方じゃ名前を聞いた意味がないじゃないか、と思いつつ、イオンが尋ねる。
「そういえば、俺のこと、話には聞いていたって言うけど、俺はあんたのこと知らなかったぜ。狭い村だ、みんな顔見知りのはずだが……あんた、村の人間じゃないのか?」
「俺は村長の家の跡取りの弟だ。しきたりでな、跡取り以外の子は、あまり家から出してもらえない」
「あー……そうなのか。その、なんだ、ウチの村も、意外と面倒くさい決まりがあったんだな……」
何となく気まずそうにイオンが言う。
「おまえが気にすることじゃない。俺とて今更自分の生い立ちを気にするような歳じゃない。役割がはっきりした生まれ方をした、ただそれだけだ」
相変わらず背中を向けたまま語るハーヴェイ。
「オジサン、意外と前向きなんだねー。あたしはそんな窮屈な人生、信じらんないわ。ところで、オジサンの事情は大体わかったけど、何でイオンが旅に出なきゃならないわけ?」
「その説明は後だ。町が見えてきたぞ」
ハーヴェイの巨体の向こうに、町の門の入り口が見えてきた。
「おー、町だ町だ。って、あたしこの前来たばっかりだけど」
相変わらずマイペースなコリンを無視して、ハーヴェイが巫女に近寄る。
「巫女様、少々失礼します」
そう言って、ハーヴェイは巫女の頭に布を被せた。
「何でそんなことするのか大体想像はつくけど、逆にあからさまに怪しくないか?」
イオンが巫女を見ながら言う。
「全くだな。だが、どの道巫女様は目立つお方だ」
「まあ……」
イオン、コリン、ハーヴェイの三人は今すぐ軽い山くらいなら登れそうな格好をしている。だが、巫女は結局薄い衣一枚のまま連れてきてしまった。生地こそ高級そうだが、屋外で着ていても雨風や暑さ寒さ、何にも耐性のなさそうな格好である。
加えて、美しく長い銀色の髪に、透けるような白い肌。歳はいくつだかどうにも計りかねる顔だが、美しい少女であることに間違いはない。巫女と呼ばれるだけに、どことなく神秘的な雰囲気もある。
「その、何だ、面倒を見る以上の意味で、護衛が必要なんだっけ、この巫女さんには」
イオンがそう言ってハーヴェイに視線を移す。
「ああ、後で話すが、巫女様を狙う輩がいないとも限らない。そのために俺は幼い頃から訓練をされてきたが――それ以上の力がおまえにはある」
「俺に?」
「おーい、門が閉められないから早く入ってくれってさー!」
いつの間にか門番に掛け合って門を開けるよう手配していたコリンが声をかける。
その呼びかけに、やや急ぎ足でイオンとハーヴェイは巫女の手を引いて町の門をくぐった。
*
「ここは活気があっていいねぇ」
呑気にそう言いながら、その辺の露店で買ったお菓子をかじりながらコリンが言う。
「で、必要なものをそろえるって、どこに行くんだ?」
「武器だ。さっきも言ったが、物騒な事態も想定に入れておかなければならないからな」
そう言えば、一行は丸腰だった。正直、武器と聞くとさすがに物騒な気がしなくもないが、丸腰の護衛というのも何だか違和感がある。
ハーヴェイの後に続いて、一軒の店に入る。木造の建物で、そこらの露店よりはしっかりした造りだ。
「いらっしゃい」
初老の店主と思しき人物が一行に気付いて挨拶する。
「武器……斧はあるか?」
ハーヴェイが臆した風もなく言う。
「随分と本格的な物をお求めですねぇ……。ええと、狩猟用や伐採用ではない……ですよね。これなどいかがです?」
店主が奥の棚から布包みを持ってくると、カウンターに置いた。布をめくると、無骨な斧が姿を現す。長さは大人が両手を広げた幅よりやや短いくらい。その先端に、人の頭ほどの大きさの刃が付いている。
「まあまあだな」
「戦場帰りの兵士が置いていった物です。支給品らしいですが、ご覧の通り量産品ではなく手製です」
ハーヴェイが片手でそれを掴み、持ち上げる。
「……少し軽いな……」
「お姿通り、随分力がお強いようで。ですが、それより重い物は生憎……」
ハーヴェイが斧をカウンターの上に戻す。斧の鉄とカウンターの木とがぶつかって鈍い音を立てる。とても軽そうな物が置かれた音ではない。
「いいだろう。これをもらおうか。それと――」
そう言って、ハーヴェイが後ろで見物していたイオンとコリンを見て言う。
「おまえたちも、それぞれ武器を」
「あたしはいいや。これがあるから」
コリンがそう言って、背中からはみ出た物を軽く叩いて示す。それはコリンが狩で使っている弓だった。
対して、イオンは戸惑う。武器など何も使えない。強いて言えば鋤や鍬なら扱えなくもないが、あれは農具であって武器ではない。
「……俺、武器なんて持ったことないぜ」
イオンの答えをある程度予想はしていたのだろう、ハーヴェイは動じることなく答える。
「ならば、これを機会に武器の扱いを覚えることだな。護衛として最低限必要なことだ」
そう言うと、ハーヴェイは店主に向き直り、
「それなりの剣を……そうだな、二振りもらおうか」
「長さは?」
「いや、一般的な物で構わない」
「それでしたら――」
店主が樽に刺すようにして何本も置かれた剣の方へ足を運ぶのを見て、ハーヴェイが止める。
「待て、もう少し上等なのを。こまめに手入れができる保障がないんでな」
「かしこまりました」
店主は引き返すと、今度は棚の方へ向かい、少し背伸びして二振りの剣を取って来ると、カウンターの上に置く。
装飾の少ない、質素な両刃剣だ。
「見た目は同じですが、先の斧と同じく、こちらも手製の兵士の支給品です」
「いいだろう。では清算を」
「ありがとございます」
自分用の武器ならば、自分が払うべきだろうと思ったが、ハーヴェイはさっさと代金を支払ってしまった。合わせて買った皮の鞘に仕舞うと、イオンに近寄る。
「手を上げろ」
突然のセリフに少々戸惑ったが、おかしなことをされることもないと考え、言われた通りイオンは両手を上げる。
ハーヴェイはイオンの傍にかがむと、剣を皮のベルトでイオンの腰に下げる。ずっしりと重いが、ハーヴェイの腕が良いのか、さほど負担は感じない。
「よくお似合いですよ」
見ていた店主が言う。
「なんか、カッコいいじゃん」
感心したようにコリンも言う。
何だか照れくさくなったイオンは両手を下ろすと、そっぽを向いた。
*
「あの、金は……」
店を出ると、イオンがハーヴェイに尋ねる。
「俺も村の金を預かってる。心配はない」
「わかった」
ハーヴェイが空を見る。
「日暮れまでまだ余裕があるな。いや、なるべく土地勘のあるところで野営に慣らした方が良いだろう。食糧を買ったら、町を出るぞ」
「え? もう行くの?」
「それなりに急いでるんだ」
そう言うと、ハーヴェイは市場の方へ歩いて行った。
慌ててイオンとコリンが、巫女の手を引いて着いて行く。
てきぱきと買い物を済ませると、一行は入って来たのと反対側の門から町を後にした。