第一章・4
4.
しばらく歩くと、やがて日が暮れた。町の反対側の街道ということで、イオンもコリンも初めての旅路だった。ハーヴェイも相変わらず慣れた風に先頭を歩いていたが、堂々としているだけで実際は未知の領域なのだろう。
それでも途中枝分かれした脇道もあったが、一本道なので迷うことはなかった。
イオンは焚き火の火を調整しながら、ハーヴェイから聞いた話を整理していた。
この旅が、聖地と呼ばれる各地にあるマナの力が濃い土地を巫女と呼ばれるあの少女に旅させ、その体にマナを蓄積させて帰らせること。彼女には、生まれつきそのような特別な体質的な力があるらしい。そして、力を蓄えた彼女が村にいることで、村には自然の恵みが約束される。
その護衛に選ばれたのが、巫女と同じ日に生まれたイオンだということ。昔から、巫女と同じ日に生まれた者には同じく特別な力が与えられると信じられているという。ただ、前例が記録にないのでイオンのその「力」がなんなのかは村長も知らないらしい。
ハーヴェイは本人が言う通り、村長の家の跡取りの弟、つまり次男であり、生まれた時から巫女の世話係として同じく地下に幽閉され、この旅のためにいろいろな訓練を強いられてきたということ。
大よそそんなことが道中ハーヴェイの口から語られた。
それにしても――。
(あの娘が俺と同じ歳とはな……)
「同じ日に生まれた」とは、どうやら違う年の同じ日ではなく、同じ年の同じ日に生まれたらしい。イオンは十七歳なので、あの少女も十七歳なのだろう。地下で育てられたせいか、およそそんな風には見えない。
イオンが妙な点に感心していると、ハーヴェイが戻ってきた。見れば、木の幹でコリンと巫女の少女が丸まって既に寝ている。その上には毛布――と言うより、もっと丈夫な繊維でできた幌などに使われる布がかけられている。あどけない二人の少女の表情を、焚き火の炎が照らしている。
「もう寝たのか」
イオンが言う。確かに簡単な食事は済ませたので、もう起きている理由もないし、あの二人に見張りをさせる気は元々なかったから別に構いはしないのだが。
「ああ見えて、巫女様はお疲れなのだ。まあ、あの娘はどうなのか知らないが」
そう言って、ハーヴェイも二人を見る。
「コリンは朝が早い生活をしてるから。まあ、単純に子供っぽいってのもあるけど」
そう言ってイオンが苦笑する。自分が大人だとは思っていないが、幼馴染のコリンは特に子供っぽさが抜けてないと思っている。
「腹がこなれているなら、稽古をするぞ」
そう言って、ハーヴェイが棒切れを三本取り出して、その内二本をイオンに差し出す。
「稽古?」
イオンは何のことだかわからなかった。
「おまえは、剣の扱いを知らないのだろう? 昼間、店で言ったはずだ。これを機会に武器の使い方を覚えろ、とな。俺が教えてやる」
そう言って、ぐいと更に棒切れを付き付けてくる。イオンはとりあえずそれを受け取ると、立ち上がる。
何故二本なのかわからないが、ハーヴェイも一本持っているから、これが自分の分なのだろう。そして、二本あるということは、まあ左右の手にそれぞれ持てということなのだろう、ととりあえず握る。
「まずは構えと立ち方から教えるぞ」
そう言うと、ハーヴェイは両手に棒切れを持ったイオンの体の関節のあちこちを手で引っ張ったり伸ばしたりする。ここに力を入れろ、とかここに力を入れるな、と指示してくるので、なるべくその通りにしてみる。
そんな指導がしばらく続くと、やがてハーヴェイが小さく「よし」と言った。
「いいだろう。今度は受け方を教える」
「攻撃じゃないのか?」
ハーヴェイに細かく指示された構え方の体勢のまま、イオンが尋ねる。
「まずは文字通り身を守る方法を覚えることだ。同時に、巫女様も守ってもらうからな。覚えたての初心者が攻めに徹するのは逆に危険だ。それに、防御の方が力の加減が難しい」
そして、ハーヴェイが振り下ろす棒切れを受け止める練習が始まった。明らかに加減しているが、ハーヴェイの打撃は重い。言われた通りに棒切れを突き出しても、力負けしてそのまま頭に一撃を喰らう結果になってしまうことも度々あった。
「なあ、訊いていいか?」
「なんだ?」
「何で、二本なんだ? 俺は初心者なんだから、一本でいいんじゃないか?」
その方が、まだハーヴェイの怪力で振り下ろされる棒切れを受け止められる気がする。全体的な技術も、もっと要領よく覚えられるのではないだろうか。しかし、ハーヴェイは、
「どうせなら左右両手で使う方法を覚えろ。しばらく教えて、おまえにどう見ても芽がなさそうなら、一本で教える」
そう言って、ハーヴェイは片手での受け方を教えると、左右交互に自分の打撃を受けてみろ、と指示した。
「そうは、言っても、多分、俺に、剣の才能なんて、ないし。それに、せっかくだけど、俺は村に帰ったら、もう、剣なんて使うことは、ないと、思うんだが」
言われた通り、一定のリズムで振り下ろされるハーヴェイの打撃を左右交互に受け止めながらイオンは答える。自然と、言葉が途切れ途切れになる。木と木がぶつかる音が小さくこだまする。
「この旅に使うからだ。それほど大人数ではない。複数の下手人に襲われた場合、剣は片手で扱った方が都合がいい」
「なるほど、ね、っと」
ひょい、と、ハーヴェイが今までと違う方向から打ってくるのを、イオンは何とか防御する。さっきより打撃に込められた力も強くなっている。
「単調に、漫然とやるな。一撃一撃、体に染み込ませるつもりでやれ」
「はい、よっと」
いつの間にか、額に汗を浮かべながらイオンは夢中でハーヴェイの打撃を受け流すことに集中していた。
しばらくそんなやりとりが続いた。
「いいだろう。今日はここまでにしよう」
そう言ってハーヴェイが棒切れを下ろした。
イオンは深呼吸する。静かに吹いた風が、体の汗をなでる。
「よかった。思った通り、おまえは筋がいい」
「そりゃどうも。多分、あんたの教え方が上手いんだよ」
「俺の初めての稽古は、始まって十も数えない内に頭を殴られて終わって、気が付いたら次の日まで気絶してたな」
「それは……教える方に明らかに問題があったんだろう」
そんな話を聞かされると、何だか申し訳ない。厳しい訓練を受けてきたにも関わらず、ハーヴェイの指導は手順を踏んでいたし、怪我をさせるようなことはしなかった。それで褒められても、何か違うような気がする。
「ともかく、これからはおまえにはこれを日課にしてもらう。もっとも、時間帯は特に定めないがな」
「まあ、俺も生きて村に帰りたいしな。頑張るよ」
イオンも棒切れを置いて、水袋の水を飲む。
「おまえも寝ろ。見張りの交代はまだしばらくやらなくていい。この辺りではその必要もないだろうしな」
どうせ何を言っても無駄だろう。そう判断したイオンは素直に従う。
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
実際、慣れないことをしたが、それほど疲れてはいない。体力的な消耗で言えば、普段の農作業の方が堪える。
火の傍に寝っ転がる。まだ暖かい季節というのもあって、冷えることはないだろう。特に上に何かかける必要はないと考え、そのまま丸まるように横になる。
しばらくそうして黙っていたが、やはり中々睡魔はやって来ない。火の粉の弾ける音だけが沈黙の中に漂う。
そんな沈黙がちょっと嫌になったイオンが、ぽつりと言う。
「そう言えばさ――」
「何だ?」
他に話しかけている相手はいないと判断したのだろう。ハーヴェイが返事をする。
「巫女さんが喋ってるの、聞いてないんだが……」
道中、ハーヴェイからあれこれ説明を受けてる最中も、コリンの冗談に突っ込みを入れているときも、巫女の少女は楽しそうに笑っていたが、何かを聞いてみても首を傾げるばかりで返事はなかった。
「ああ――」
火の方を向いて寝っ転がっているので、ハーヴェイの表情は見えない。
「巫女様は、物理的に目が見えないが、音も聞こえない。あくまで、マナを通じてしか知覚することができないらしい」
何となく、そんな回答は予想していた。だから、昼間訊くのがはばかられたのだ。
道中、道の曲がり角に大きな樹が立っていた。相変わらず、頼りない足取りでイオンとコリンに手を引かれて歩いていた巫女だが、その樹の前では自分から道を曲がろうとした。もっとも、その方向は反対だったが。
あれは、生命力の高い大樹を知覚していたからなのだろうか。
そんなことを考えている内に、イオンはいつの間にか眠りに落ちていた。




