28.いざゆかん舞踏会
ついに来てしまった。
あの殿下の突撃訪問からあっという間に時は過ぎ、恐ろしい舞踏会が今日行われる。
(胃が痛い……)
姿見の中の自分を睨みつけながらロレーヌはそっと胃のあたりをさすった。
残念ながら返却不可とされた純白のドレス(……まるで花嫁衣装などとは口が裂けても言わない)と、雑誌に特集された国宝に瓜二つに見える宝飾品(イミテーションだと固く信じている。じゃなきゃ手に取れない)を見に纏い、今朝派遣されてきた王宮の侍女の手により人生初の美しさを得たロレーヌだが、その顔は紙のように真っ白だった。
「お綺麗ですよ!メイド長!」
今日だけお手伝いに来ているメイドのメリーがニコニコと見つめるが、当のロレーヌは血の気が引いて逆に色白美人もどきになりつつげんなりとした表情を隠せていなかった。
「……ありがとうメリー。ついでに代わってくれてもいいのよ?」
「いやー私死にたくないので。すみません」
「そうよね……私もよ……」
今日までロレーヌは全力で舞踏会回避を考えていた。しかしあの殿下が逃げ道を残すわけもなく、そして周りの人間が生贄を逃すはずもない中、ロレーヌは国外逃亡までは踏み切ることが出来ずに今日を迎えた。
(どうしよう。あの護衛のガイさん目当てで行くのもいいなぁとか思っていたけど、このドレスと宝飾品を付けたらそれどころじゃない気がしてきた…、これは最終手段奥様にお願いしにいくしかないか……)
「ロレーヌ暗いなぁ」
ロレーヌが俯きつつ考え込んでいると、いつものごとく無断で部屋へ侵入したヴァイスがロレーヌに頬を寄せ鏡越しに見ていた。
「ヴァイス、また無断侵入です」
「またまたー。君と俺の中じゃない。で、どうするの?殿下に囲われるの?」
「言い方!」
ただ確かにそうなのだ。舞踏会でダンスを踊る=婚約者の図式が出来上がっている中のこのこ行くのは自ら囲われに行くようなものでしかない。
「嫌に決まってます」
「じゃあさ!俺が逃してあげるよ」
「……死にたいんですか?」
思わず胡乱な目で見てしまったのも気にも止めずヴァイスはカラカラと笑う。
「いやいや、大丈夫だから言ってるんだって。ただね、その代わりロレーヌを俺に頂戴?」
思わず目線が厳しくなったのも仕方ないだろう。想定はしていたものの結局ロレーヌの進退はあまり変わらない。誰に貰われるかだかの違いだ。
(婿探ししているとはいえ……こんな究極の選択は求めてない!私はもっと真っ当な考えの人と一緒になりたいのよ!)
「……正直助かりますが、対価は変更を求めます」
「だめー。俺じゃなきゃホーランドが出てくるよ?ぐっちゃぐちゃになるんじゃないかなぁ」
「……っく!何という選択肢!」
災厄しか起こさないホーランドとロレーヌを対価に要求するヴァイス。どちらも酷い。
「ね?俺にしといたらお得だよ?」
「ロレーヌ!!」
その時、バン!と叩きつけるように開いた扉に驚いて見れば、正装に身を包んだフリードが毛を逆立てていた。
「ロレーヌ!何を腑抜けている!殿下を出し抜く策は出来ただろうな!ヴァイス!油を売らず仕事しろ!」
「えー、俺仕事ないもん」
「嘘をつくな!母上の言質はとった。お前はロレーヌ救出作戦に参加だ!」
「ちっ。珍しく動きが早かったな」
「珍しくとはなんだ!」
言い合いを続ける2人に唖然としながらロレーヌは言葉を反芻した。つまり……
「……奥様が動いて下さったと……?」
「何を呆けている。母上が理不尽を受け入れるわけはないだろう。……そ、それにお前はまだまだ僕に仕えなければならないんだからな!」
そっぽを向きながら口早に話すフリードに、ロレーヌは思わず深く息を吐いた。強張っていた肩から力が抜ける。奥様が動くならもう大丈夫。
「……ありがとうございます。坊っちゃま」
「坊っちゃま言うな!!」
気負いが晴れた反動かふにゃりと力の抜けた笑みを浮かべロレーヌは頭を下げた。
………………………………………………
「はぁ、フリードも大人になったのねぇ」
「大人ねぇ」
夫婦でティータイムを楽しむラルゴ家当主は、先程まで部屋にいた息子を思い出し苦笑した。
日頃あまりわがままを言わないフリードが頭を下げてきたのは初めてだった。
『ロレーヌはまだ僕に必要です。お願いします』
(これがどんな感情なのか、レティも気付いているとは思うけど、まだ判断するには早いのかなぁ)
「あなた」
「なんだいレティ」
「私、これでもフリードが可愛いのよ」
「ああ、知ってる」
「あの子には幸せになってほしいわ」
「そうだね」
温かな紅茶を一口飲み、にこりと互いに微笑んだ。
お久しぶりです。久々で申し訳ありません。