第1話:嫁入り支度
「明後日までに荷物をまとめろ。」
珍しく執務室に呼び出されたと思ったら、唐突に、お日頃のお使いの一つのように言い渡された。
「王都にあるシルビオ伯爵家のタウンハウスへ行け。そして二度と子爵家に戻ってくるな。わかったな?」
伯父様は執務机の上に広げられた書状に目を通しながら、業務連絡のように言った。
ここで説明を求めることは許されない。わからないことだらけでも、異を唱えてはいけない。
「承知いたしました。荷物をまとめます」
驚く様子もなく、泣き縋ることもなく粛粛と返答する私に、アルマン伯父様の表情が歪んだ。
業務連絡のように告げられたので、同じように業務連絡らしく返答すべきかと思ったけれど、かえって気に障ってしまったようだ。
「こんな状況でも顔色も変えないとは、つくづく気味が悪い。ようやくお前の身売り先が決まって清々するよ。なんたって、俺から爵位まで盗むような弟の娘だからな。同じ屋根の下で生活してからずっと、いつ何を盗まれるかと気が休まる暇もなかった。これでやっと、家族水入らずで過ごせる。」
でしたらさっさと家から追い出してくださればよろしかったのに、という言葉は、心のなかに留めておいた。
見栄っぱりでプライドの高い伯父様が、体裁を気にして私を飼い殺してきたことは、飽きるほど聞かされてきた話だ。
いつものように、私に嫌味をぶつけてストレス解消する伯父様の趣味が始まった。
伯父様がエストラード子爵家の爵位を継承したのは、10年前。
私のお父様とお母様が二人とも事故で亡くなった後、伯父様は、当時恋仲だった平民の娘と共に子爵家の屋敷へ乗り込んできて、そのまま住み着いてしまった。
当時まだ8才だった私は、両親の死を受け入れることで精一杯。
子爵家令嬢としての教育も始まったばかりで、子供一人では子爵家の爵位や財産を狙う大人たちに抵抗する術もなく、伯父様は周囲の反対も押し切って、半ば強引にエストラード子爵位を継承して今に至る。
「シルビオ伯爵は、前妻の第二王女と死別している。それから長い間、領地の鉱山に籠もっているような陰気な奴だ。社交界にも顔を出さないことで有名だから俺も顔すら知らん。ともかく、今まで後妻も娶らずに領地で山暮らしとは、変わった男に違いないだろう。」
そう言って、伯父様は顔も知らないであろう高位貴族を鼻で笑った。
「亡き王女を想い続ける一途を気取って、王室や若い女から同情でも集めたいのか、枯れた男か不細工か知らないが。ッフン、38才になってやっと後妻を迎えるくらいだ。跡取りを産ませる腹が必要だと、世間知らずで引きこもりの木偶でも気づいたんだろうな。」
顔も知らない、子爵家より高位貴族に対して、随分な言い草だと思う。
伯父様は、私が表情を崩すのを待つかの如く、椅子から立ち上がって私の周囲をゆっくり一廻りして、言葉を止めた。
「向こう数年は遊んで暮らせるだけの金を積まれたぞ。もちろんこっちも、お前の年齢の価値や、その、弟そっくりの憎たらしい顔の良さを売り込めるだけ売り込んで、破格の尊礼金をふっかけてみたさ。そしたら、どうなったと思う?」
伯父様は人差し指を私の顎にあて、上を向かせる。
いつもは、弟そっくりの目でこっちを見るな、気持ち悪いと言うくせに、私を動揺させて傷つく様子を間近で見たいときだけ、こうして上を向かせられる。
「半分冗談のつもりで吹っかけた、馬鹿みたいな金額の尊礼金を二つ返事で受け入れた。信じられるか?お前にそこまでの価値があるとは到底思えんがな。せいぜい、その顔と体で伯爵の役に立つことだ。言っておくが、伯爵家から追い出されても子爵家に戻る場所はないぞ。」
貴族令嬢としての教育は、子爵家令嬢としての生活を失った時から止まったまま。
社交界デビューもしていないし、子爵家の屋敷で使用人然として暮らしている私と、伯爵様が顔を合わせる機会はなかったはず。
人相も性格も知られていない、貴族社会からは存在を忘れられた令嬢のために、言い値でお金を払う貴族などいるのだろうか。
いったい、何のために?
良い想像は浮かんでこないけれど、ここで不安に呑まれて安易な言動を取れば、伯父様を喜ばせてしまうだけ。
伯父様の機嫌を損ねないように、身じろぎもせずにこの時間がすぎるのを待つ。
「金のなる木を手放すのだけは惜しいが。適齢期を過ぎて行き遅れるより、高値で売るのが一番だ。何より、これで完全に子爵位は俺のものになる。」
汚いものを払うように、伯父様は私の顎に添わせた指を乱雑に払った。
バランスを崩してよろけた私を見て、伯父様は鼻で笑ってひらひら片手を振った。
「話は以上だ。いつまで這いつくばってるつもりだ、さっさと俺の視界からも消えろ。不愉快だ」
一礼して、音も立てずに執務室を出る。
色々と考えなければいけないのだろうけれど、窓の外に見える空は薄暗くなってきた。
そろそろ、ヴァレリア伯母様がお茶会から帰宅する頃合いだ。
屋敷の門前に目をやると、丁度子爵家の家門を掲げた馬車が門を抜けたところだった。
今は伯母様のお出迎えに集中しなければと、私は無理やり気持ちを切り替えて、急いで玄関へ向かった。
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